第8話
「誰もいないの?」
「えっ? いないよ。お母さんは私を産んだ時に蒸発。お父さんは仕事でいろんなところを駆け回ってるの」
「なんか、ごめん」
軽率な質問を詫びると、玄関で僕の帰りを迎えた希はなぜかニヤニヤと笑みを浮かべた。
「幽霊くんって、いい人だったでしょ」
「そういうのって自分ではわからないもんだし、僕は別にいい人でもなんでもないと思う。前にも言ったけど、僕と一緒にいると後悔するよ」
「今の所はだいじょーぶ! さっ、上がって上がって。幽霊くん、お腹空いてるでしょ?」
もてなされるがままにアパートの一室にお邪魔する。どうやら父親が帰ってこないのは本当らしく、決して広いとは言えない一室が玄関からでも見てとれた。
「お、お邪魔します」
「はい、ぶーッ!」
突然、彼女が手を左右に大きく広げ、僕の前に立ちはだかった。ほくそ笑む彼女の意図が分からず、立ち尽くす。
「なに? 突然」
彼女はさらに口角を上げて、僕の腕を掴んだ。ぐいっと引っ張られる。
「お邪魔しますじゃなくて、ただいまでしょ!」
香ばしい醤油の焦げた匂いが鼻をくすぐる。一人暮らしには慣れているようで、彼女は僕を迎え入れるなり、すぐさま台所に立った。
彼女といるとお腹が空くのはどうしてだろうか。いや、人間といるとお腹が空くのかもしれない。なんせ、僕がこの世界に来てから、関わりを深く持った人間は水上希だけだ。
ぐるりと部屋を見回す。彼女の明るい性格に反して、部屋は案外可愛いもので埋め尽くされていた。中でも特にぬいぐるみが目立つ。たくさんのぬいぐるみがテーブルを挟んだ向かいの壁に寄り添うように並んでいる。テレビやパソコンなどは見当たらない。今時のJKはこんな感じの部屋がデフォルトなのだろうか。
玄関から入った直線通路にはトイレと風呂に繋がる扉と、その向かいには寝室に繋がる扉。そして、今現在、彼女が料理をつくっている台所がある。
「ほれほれ、これから住む家の中を見回しても面白くないでしょ。さっ、できたよ! 食べよ!」
彼女はサラダを盛り付けたボウル、大皿に入った焼うどん、そしてマグカップを二つテーブルに置いた。
何か手伝おうと立ち上がろうとすると、彼女がまるでペットに言い聞かせるように「めっ!」と言って拒んだ。
「いっただきまーす!」
「……いただきます」
まだ湯気の立つ焼うどんを一口、
視線が交差するが、彼女は何も言わない。まるで、何かを待っているような。もちろん、何を待っているのかなんて、鈍感じゃないんだからとっくに分かっているのだけど。
「美味しい、です」
彼女は満足したように頷き、箸を手に取った。
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他サイト様主催スターツ出版大賞最終選考作品の加筆・修正版です。
旧名「夏色リバイブ」
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