写楽

裂けないチーズ

第1話

 学校の帰り。電車にガタンゴトン揺られていると隣に座る友人が藪から棒に話しはじめた。こいつが突然喋り出す時はだいたい止まらない。そしてただ吐き出したいだけだから別に聞く必要はない。

「なあ、世界で一番恥ずかしいことってどんなことだと思う。なんも無いところで転ぶとか、授業中に屁をこくとか、実は一日中鼻毛がしゃしゃり出てたとか、他にもいろんなのがこの選手権にエントリーしてくると思うんだ。でも、俺が一番恥ずかしいと思うのは回送電車に間違えて乗り込んで、したり顔で角の席に座ってスマホをいじる事だよ。しかもそれを同じクラスで、たまにごくたまに話すぐらいの女子に見られてるんだ。どうだ想像してみろ。恥ずかしいだろ。口角がぐんぐん下がるだろ。その女子は大人しい性格でクラスではあまり目立たない方だからそのことを言い触らすか、胸にそっとしまうか、分からないんだよ。一日中、誰と話すにしてもこいつは今朝のことを知っているのか、いないのか気になって会話どころじゃないんだ。況してや自分の後ろの席がその子だったらどうする。視線が痛すぎて背中がえらいことになるぞ。もう終わりだよ。これから席替えをするまで俺はどうすればいい。恥ずか死ぬしかないのか。目を閉じるとまぶたの裏に映るんだよ。窓の外でこっちを見ながらニヤニヤしている姿が。俺もう学校に行きたくないよ。」

 言いたいことを言い終えて、友人は息を切らしている。ペラペラ喋っていたけど、要約すると今朝、回送電車に間違えて乗ったところを後ろの席の子に見られて、恥ずかしいと言うことだろう。最初は他人事のように話していたけど気づいたら本人の話になっていた。友人を励まそうと思ったが、もう全て吹っ切れたようだ。全部吐いて、清々しい顔をしている。電車の揺れも、心なしか落ち着いたような気がする。カタンコトンぐらいに。電車が乗り換えの駅に到着して俺たちは下車した。向かい側のホームに移動して並ぶ。すぐに電車が来てキーと音を立てて止まった。ドアが開くが誰も乗り込まない。回送電車なんだから当たり前だ。しばらくして電車が出発した。目的の電車が来るまでボーとしていると、突然友人が振り返った。何事かと思って遅れて振り返ると友人の後ろの席の子が立っていた。

「今度は間違えなかったね」

 そう声をかける彼女はとても楽しげだ。友人は口角がどんどん下がって、赤面を通り越して白い顔をしていた。ほぼ写楽。こいつは明日学校に来るだろうか。

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写楽 裂けないチーズ @riku80kinjo

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