my midnight with cat

裂けないチーズ

第1話

 俺は猫だ。いつもマンションの一室のベランダに居る。春には桜、夏には花火、秋には紅葉が見えるとてもいい場所だ。冬は、まあ、雪が降ったらキレイだ。滅多に降らないけれど。今はちょうど紅葉が見える。まさにレッドカーペットといった感じだ。俺もいつか歩きたい。部屋には男が一人住んでいる。男は時々窓を眺めるが決して、外を見ない。だから、俺とも目が合わない。いい事を思いついた。今からレッドカーペットを歩きに行こう。いつかと言わず今から行こう。今日は帰りが遅くなりそうだ。


 仕事の帰り。街灯がポツポツと照らす薄暗い道。私は昔のことを思い出していた。

 ある科学者に憧れていた。さまざまな発見や発明をして、自由に科学を楽しむ姿に引き込まれた。私も彼のように私だけの発明や発見をしたいと机で藤壺のようになって勉強をした。結局彼のようにはなれなかったが。

「ガチャッ」

 少し噛み合わせの悪い鍵を回して私は家に入った。明かりをつけて玄関からすぐの小さなキッチンで鍋に水を入れ、火にかける。長年のデスクワークのせいで凝り固まった肩をさすりながら、私は部屋へ向かった。何年も続けているルーチーンワークであるから、沸騰するタイミングは完璧に掴んでいる。部屋を明るくして時計を見ると短い針が二十五時を刺す。今日はもう少し遅くなると思っていたが案外いつも通りの時間に帰ることができた。しかし、明日も朝の六時には家を出なければいけない。夜更かしは禁物だ。早く帰れたことに安心しつつ、私はスーツを脱いで鏡を見た。目が合わなかった。目を真っ黒に曇らせ、その上薄気味悪い笑みを浮かべている男がそこには立っていた。私のはずがない。私でいいわけがない。学生時代を全て勉強に注ぎ込んでその後もずっと机に縛られてきた私がなんでこんな目に合っているんだ。私は自分の姿に絶望した。

 ガタガタ、ガチャ、ゴポゴポ。

「自由になりたい。明日のことも、誰かの視線も気にせず。自由になりたい」

 ガンッ。

 ベランダで幸せそうに寝転んでいる。猫と目が合った。

 

男と目が合った。初めて目が合った。静かに近づいてくる。男が恐る恐る差し伸べてきた両手に俺は食らいついた。

 バリ、ボリ、ガリ、ゴニュ、グニュ、クチャ。

 骨も爪も垢も気にせず俺は男の手を喰らい尽くした。

 俺と男とは夜通し踊った。

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