貴方の話を聞かせて
あおいそこの
貴方の話を聞かせて。
昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんの夢はおばあさんになることでした。
反対におばあさんの夢はおじいさんになることでした。
そんな2人が惹かれ合って、結婚して、愛を生み出して、子供が生まれました。
その子供には「百太郎」と名付けました。
百を超える楽しいこと、辛いこと、怒りたくなるようなこと。とりあえずいろいろ。
経験して、経験して、経験して、打ちのめされてはまた立って。
名前を付けたその時はそんな深い意味を考えてはいませんでした。
けれど大体はそんな意味で、「百太郎」とつけたのです。
その百太郎も元気な大人になり、家を出て行きました。
今では立派な社会人です。きっと大切な人もできたことでしょう。
帰ってこないことを毎日のように寂しく思います。
でもおじいさんもおばあさんも忙しいことをちゃんとわかっています。
母親の顔、父親の顔をしながらいつでも帰ってきてもいいように玄関のかぎを開いていました。
田舎なので。夜は閉めます。流石に。危ないので。
自分の家の畑で育てている野菜や、果物、簡単に食べられる保存食など。
たくさんの仕送りをすることも2人は楽しみになっていました。
「届いたよありがとう。」
(食べている写真)
「久しぶりに帰りたいな。」
忙しい中仕送りをするたびにその一言が送られてきます。
たまに電話もかかってきます。
その連絡も嬉しくて何度も読み返していました。
その電話の時間をこれ以上ないほどに大切に思っていました。
おじいさんの通う習字教室の怒りんぼの山先生にしばかれに行くことも、そういう楽しみで帳消しになりました。
古い型でそろそろ新しいのを買うべきか、先は短いしな、と悩むけれど凄まじい頻度で故障する洗濯機を修理してもらっている間にこいんらんどりーに行くことも笑い話が増えた、と思えるのでした。
平和な日々を過ごしている時に百太郎から連絡がやって来ました。
「今度、大切な人を連れて帰るね」
2人しかいない家の中は大騒ぎ。
どんな子だろう。百太郎のどんなところが好きなんだろう。どんな子なんだろう。
その日の服装まですでに決めていました。
どんなお茶菓子を出そうか。いいお茶を開けちゃおうか。
一大行事なのです。
寡黙な百太郎を好きになる物好き、いえ、運命と思えるような相手がどんな人か。
興味しかなかったのです。
「お母さん、お父さん、ただいま」
予定があう日と答えたその日程通りの日に百太郎はやって来ました。
久しぶりに会った百太郎はなぜか肩を小さくしていました。
「ちょっと、びっくりするかもしれないんだけどね」
そのことわりのあとにひょっこりと姿を現したのは同じく肩を小さくしている子でした。
髪の毛がきれいなさっっっらさらロングで、お人形さんのような顔をしている子でした。
目のところに大きなあざがある子でした。それを長い前髪で隠している子でした。
「はじめまして。百太郎さんと、お付き合いさせていただいている参念音太郎です」
「驚いた?」
「どうして驚くの?いらっしゃい音太郎さん。どうぞ上がって」
「美味しい茶菓子もあるよ。ばうむくうへんは好きかな?」
「大好きです!」
笑顔になった音太郎と百太郎は手を繋いで家の中に入っていきました。
音太郎はおじいさんと話が合い、お酒を飲んで、顔を赤くしてゲラゲラと笑うほど距離が近くなりました。
「百太郎、良い人に出会ったね」
「うん!」
一番最後にその笑顔を見たのは一体いつだったか、と思うほどに懐かしい笑顔を見せてくれた百太郎でした。
その顔を見て思わずその場にいた人たちの涙腺が緩んでしまいました。
音太郎もこの日から家族の一員になりました。
その日の夜のことでした。
2階にある元々百太郎が使っていた部屋で2人は眠っています。
おばあさんはおじいさんに打ち明けました。
「私は、君になりたい」
おじいさんも驚きながらおばあさんに話しました。
「わたしは、あなたになりたい」
ちゃんと書き直しましょう。
『おばあ』さんは『おじい』さんに打ち明けました。
「私は、君になりたい」
『おじい』さんも驚きながら『おばあ』さんに話しました。
「わたしは、あなたになりたい」
おじいさんは名前が「おじい」なだけの百太郎のお母さん。
おばあさんは名前が「おばあ」なだけの百太郎のお父さん。
お互いが、お互いになりたいのはとっても大好きだから。
お互いの一部になりたい。もしくは全部でいたい。
ただそれだけなんです。
名前とか、名前とか、名前とか。
生きるためのただの記号でしかないもので人を判断することはできません。
その漢字1つひとつも、元となって象られたものも最初は意味なんてなかったんです。
後付けの意味がどうにか、こうにかなっちゃって偉大になっちゃっただけなんです。
最初から意味があったものなんて何もないんです。
意味を生み出していくのは、意味を付与していくのはいつだって生きている人間なんです。
おじいさんも、おばあさんも、百太郎も、参念音太郎も全員そうです。
名前が偉大だとか、年齢がどうとか、関係なく恋に落ちて大切にしあってきたんです。
とても尊いことです。愛すべきことです。美しいことです。
先入観で、人の素晴らしいところを見落とさないように。
百太郎が参念音太郎に恋をしたのは1人の人間として向き合ってくれからです。
参念音太郎が百太郎に恋をしたのは外見だけにとらわれず、中身や自分のこんぷれっくすまでを愛してくれたからです。
お互いが好き同士になれたのは認められないこと、譲れないところをたくさん話し合ったからです。
話し合って、対話をして、話に耳を傾け合ったからです。
妥協できるところ、それでも絶対にいや!というところ。
ちゃんと分かり合えるまで話そう、という姿勢が大事なんです。
貴方の話を聞きたいです。
そう思えることが大事なんです。
どのくらい稼いでるかとか、顔がたいぷだとか。
全部必要な要素です。でもそれが全てじゃありません。
愛を生むきっかけならいいです。それ全てが愛になることはないように。
全て含めて貴方だと。
【完】
あおいそこのでした。
From Sokono Aoi.
貴方の話を聞かせて あおいそこの @aoisokono13
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★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 3話
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