第20話 ダンジョン5Fへ

――SIDE.明都院 割美




 ホヨヨちゃんが呼び出しを受けてから十数分ほど……ほっぺに摘まれた跡をくっきり残した姿で戻ってきた。何事かと訊ねてみたが、「話相手にほっぺをモチモチされた」とだけ答えた。う~む、深くは詮索しないでおこう。

 さて、今日も今日とてダンジョンだ。昨日と違って両名共にちゃんと武装している。これなら入学式前に確認を怠っていたの有無を調査できるだろう。早速ホヨヨちゃんに今日のプランを説明する。


▽ワルミ

「…と言う訳で、今日は【フジヤマダンジョン】の5Fに行って

 【転移ポータル】の痕跡を調べてみますわよ」

▽ホヨヨ

「ポータル! あのお店でも使ったものですか!

 見つかるとよいですね~」


 【鈴風商店】では確かに機能していた【転移ポータル】。固定ダンジョンなら入口とそこから5Fごとに設置されている……のだが、入口のポータルは色々探し回ってみたが見つからなかった。

 冒険者学園の図書室やギルドの資料室などでも色々調べてみたが……転移ポータルについての情報は一切無い。そもそも階層ワープなんて便利機能があったら周りの冒険者達はもっと快適にダンジョン探索を行っていてレベルも数段高いはずだ。

 貴族が情報を制限している……という線も無いだろう。貴族は入口の行列こそ特権でパスしているが、その後は他の冒険者と同じく徒歩で往復している。レベルが飛び抜けて高い訳ではない、というのも証拠だ。


▽ワルミ

「………ですがその前に!

 ホヨヨちゃん、あなたは冒険者になって2日目なんですから

 戦いの基礎を最低限身に付けてもらいますわよ

 2Fの【ゴブリン】を相手に戦い、勝ってごらんなさい!」

▽ホヨヨ

「はゎゎ! 戦の時来たれりなのですよ~!」


 【ゴブリン】とはダンジョン低層に登場する代表的な【アクティブ】型の魔物だ。体長80~100cmほどで緑色の表皮と尖った耳と牙、角ばった顎が特徴の人型で、粗末な腰蓑や木製の棍棒などを装備している。

 同レベルの冒険者でも体格や力で負ける事はほぼ無いが、それでも人間の子供程度はパワーがある為、あまり油断は出来ない。人型なので攻撃に躊躇してしまいがちなのも事故に繋がる。

 そして2Fの【ゴブリン】からやっと魔石やアイテムをドロップするようになる。ここからが冒険者のスタート地点なのだ。

 ちなみに2Fに出現する魔物は【Lv2:ゴブリン】と【Lv3:ゴブリンチーフ】、レア枠に【Lv3:ゴブリンプラス】。レベルや装備こそ若干違うものの、どれも戦闘能力自体はそこまで変化が無い。ここでレベル上げをするならチーフやプラスをオススメする。


▽ワルミ

「さてさて………通路のやや奥に【ゴブリン】、1体ですわね

 真正面からぶつかっていきますわよ!」

▽ホヨヨ

「吶喊! 吶喊! 吶喊!」

▽ゴブリン

「………!? ギギッ! ギャギャギャギャ!!」


 【ゴブリン】の目の前に躍り出て対峙する。今回戦うのはホヨヨちゃんだけだが……いつでもサポートできるように剣は抜いておこう。私は後ろ側で腕を組み後方彼女面をしておく。


▽ゴブリン

「………? ギギ……?」


 ……ん? 何やら【ゴブリン】の様子がおかしい。棍棒を構えたはいいが、前の方にいるホヨヨちゃんと私を交互に見て何か考えて……


▽ゴブリン

「………ブフッ ギャギャギャギャギャーーー!!」

▽ワルミ

「………は!? ちょちょちょ! お待ちなさ……なんでですのー!!」

▽ホヨヨ

*棒立ち*


 あっ!? コイツ……ホヨヨちゃんをしたぞ! なんで! なんで遠くにいるはずのに襲い掛かってきますの!? いてこましますわよワレェですわ!!


 その後も数回ほど【ゴブリン】と戦わせようとしたが……そのすべてがホヨヨちゃんを無視して私の方に襲い掛かってきた。これは………【敵対心ヘイト減少】効果が働いているな?


 【敵対心ヘイト】とはバトル中に魔物がどの相手を最も狙っているか、というステータスには表示されない隠されたパラメータだ。魔物の知覚圏内に最初に入る、攻撃でより高い累計ダメージを与える、挑発したり存在感を薄くしたりして敵対心を操作するなど、様々な要因で断続的に変化していく。複数人でパーティーを組む際に、この敵対心操作は非常に重要な戦術の一つである。耐久力が高い【タンク】が魔物からの敵対心を集めて攻撃を引き受け、攻撃役が安全に攻撃できるよう注意を逸らし続ける事でバトルを有利に進めるのだ。


 さて、先程の事象に戻ってみよう。【ゴブリン】はホヨヨちゃんを先に発見し、敵対心はホヨヨちゃんに向いている……しかし後から来た私にターゲットを変更し襲い掛かってきた。私もホヨヨちゃんも敵対心を操作するスキルを使っていない。では何が原因なのか?


 ……そうだね、【★天魔特異点】だね。恐らくこのブラックボックスに【敵対心減少】の常時発動効果が含まれているのだろう。ほんと何なんだこのアビリティ。


▽ワルミ

「………仕方ありませんわ 次は……一人で行きなさい」

▽ホヨヨ

「あい~~~」


 そう、ソロなら敵対心もへったくれもない。自分しか攻撃対象がいないからね。


▽ゴブリン

「………? ギギッ………」

▽ホヨヨ

*棒立ち*


 改めて【ゴブリン】と対峙するホヨヨちゃん。私は物陰からそっと見守るストーカー彼女面をしている。敵対心操作は起こらないようだ。


 あまりにも見事な棒立ちのホヨヨちゃん。【ゴブリン】もその堂々たる隙だらけの佇まいに若干戸惑っている。本来は見つけた瞬間に大声をあげ全力で突撃してくるはずだが、警戒しているのか棍棒を前に構えてゆっくり近付いていく。そして【ゴブリン】の棍棒の間合いに……なろうとしたその時! 突如ホヨヨちゃんの姿がブレたと思った瞬間、【ゴブリン】の側面に回り込み、構えたスティレットで側頭部を深々と突き刺していた! あまりにも華麗で、躊躇の無い……洗練された動き。


 【ゴブリン】は声すら上げず一瞬で黒い光となり、【魔石】を落とす。【魔石】はこの世界において最も重要なエネルギー資源だ。冒険者の収入はこの魔石や魔物素材をギルドや武具店などでの換金が主である。【Lv2:ゴブリン】の魔石は…1個十数円程度。最も安い。


▽ワルミ

「………あの、ホヨヨさん? あなた本当に魔物との戦いは初めてでして?」

▽ホヨヨ

「…え? そうですけど………やっぱり難しいものですね~」

▽ワルミ

「えっ………あ うん…そうかな………そうかも………

 でもこれならもっと上層に行けそうですわ 早速向かいますわよ」


 3F。ホヨヨちゃんは【Lv3:ゴブリンチーフ】も難なく制した。数体に囲まれた時はさすがにマズいと思ったが……次々と革鎧の隙間を刺して急所を穿ち、一撃で倒していった時はちょっと怖いと思った。この子ステータス的には近接攻撃より魔法の方がずっと強いはずなの。でもまだ魔法を一度も使ってないのよ……


 4F。【ゴブリン】より動きは遅いが身長1.5~1.8mほどと大柄で筋力と耐久力が格段に高い【Lv4:ホブゴブリン】が登場する。たかがゴブリンと舐めてかかり、その腕力から繰り出される太い棍棒の一撃で即死する冒険者が月に数人出るほどだ。この辺りから魔物の強さが一段階上がり危険度は増す。


 でも……ホヨヨちゃんはそんな【ホブゴブリン】でさえも一撃で沈めてしまった。背後から一気に死角へと滑り込み、防護の甘い横腹に向けてグサリとスティレットを刺し込む。そしてそのまま《マジックアロー》を唱え、武器の先端……そう、体に刺し込んだ部分から放ち、ボンと体内から爆砕し体を真っ二つにしたのだ。躊躇無く。本人はいつもの調子で「やりました~」ってふにゃりと笑ってるから余計に怖い。


 あまりにも素早く安定したバトルばかりだったので……言う事が無い。まるで幼少から徹底的に実戦武術を叩き込まれているような動きだった。ホヨヨちゃんの家族は一体どんな人達なのだろうか。ラブたんREの資料集にも載っていないので何も分からない。


 そんなこんなで寄り道しながら2~3時間ほどダンジョンを探索し、ついに5Fに辿り着く。メインストリートは相変わらず出店や自動販売機、レストランにホテルなどの施設で充実しており、冒険者の数もまだまだ多い。


 5Fの魔物は上位種ゴブリンのオンパレードで、Lv5のジョブ持ちゴブリンや【Lv6:ゴブリンリーダー】、ダンジョン奥の【ボスエリア】には【Lv8:ゴブリンロード】というボス級の魔物も現れる。【ゴブリンロード】は戦闘時に特殊なスキルによって定期的に取り巻きを呼ぶ為、同等レベルの冒険者数人程度では討伐が困難である。それによる死者も【ホブゴブリン】の比では無いのでボスエリアは特定危険区域として立ち入りを制限している。


 ラブたんでの【転移ポータル】は……メインストリートから6Fに向かう階段の逆方向、外れて少し奥に進んだ安全地帯にあった。マップを頼りにして、同じように進んでいく……冒険者の姿は全く無くなり、周囲で戦っている者もいないようだ。原作と同じ地点に到着した……が、周囲には何も無い。やはりこの世界にはショートカット手段が無さそうだ。


▽ホヨヨ

「………あっ!! ワルミちゃん! 見てくださいこの壁!

 よ!!」

▽ワルミ

「なんで?????」


 とある突き当りの壁をペタペタと触っていたホヨヨちゃんが……突如壁の奥に吸い込まれていった。何事かと私もその部分に触れ……られない。この一部分だけポッカリと穴が開いていて、ホログラムのような壁面で塞がれている。周囲からは死角になっていて、すり抜けている場面を他人に見られる事はないようだ。意を決してその中に入ってみると………




 一辺10mほどの空間、その奥に【転移ポータル】の石碑が鎮座していた!




▽ワルミ

「………いや、

 それでも数十年あって一度も見つけられていないのは………

 さすがに無理がありましてよ?」


 他の冒険者には見つけられない何かがあるのだろうか? 或いはホヨヨちゃんに特別な力が……どちらにせよ今回の目的は思わぬ形で達成される事となった。ポータルに魔力を流し、ポイントを登録……完了。正常に使用できる。

 【鈴風商店】にあるものとは違い、ダンジョンのポータルは。自分自身でそれぞれ活性化していく必要がある。つまりこの1ヶ所を登録しただけでは意味が無いという事。複数個所のポータルを起動し繋げる事で初めて利用可能となるのだ。

 これならさらに上層……直近では10Fにもポータルがある可能性が高い。しかし今の私達でそこまで潜るのは非常に危険だ。どうしたものかと考えていると、同じくポイントの登録を終えたホヨヨちゃんがさらりとこんな事を言った。


▽ホヨヨ

「このカタチのポータルならホヨの家にもありましたね~」




 マジか。

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