儚い君は花を吐く

餅餠

第1話儚い君

 今考えてみればあれは運命の出会いというやつだったのかもしれない。

 真夏の教室。つまらない数学の授業を横耳に外を眺める。窓から吹き抜けて来る風が頬を撫でる。俺は脳裏に染み付いて離れない儚くも美しい彼女の事を思い出していた。





 今から一年前。俺は自分の生きる意味を失っていた。

 俺には特筆した才能が無かった。勉強もスポーツも得意でもなければ苦手でもない。人並みにはできるレベルだった。言ってしまえば平凡でつまらない人間だったのだ。変わった部分と言えば親から貰ったさざなみ蓮斗れんとという名前と子供の頃に大やけどを負ったこの右腕だけ。それ以外には何も無かった。

 やりたい事もなく、才能もない。俺はそんな自分に嫌気が刺していたのだ。

 いつしか俺は自分の命を軽んじるようになっていた。生きていても誰かに貢献できるわけでも無ければ希望すらも持ち合わせていない自分など、と愚かな考えの元に。

 自ら命を断つ事も考えた。だが、自分の中に残っていた恐怖心と両親への申し訳無さに踏み切ることは出来なかった。いわゆる『死にたいけど怖いし、迷惑かかるし出来ない』とかいう情けない状態に陥っていたのだ。

 そんな俺の前に突如として現れたのが彼女、七瀬ななせ綾華あやかだった。

 



 彼女は去年の夏に転校生として都会からやってきた白髪美しい少女だった。滅多に人などやってこないのような田舎に都会から転校生が来たというものだから彼女の噂は学校中に広まった。

 都会には何があるのか。なぜ白髪なのか。休み時間になるとすぐさま彼女の回りには人だかりが出来ていた。

 そんな彼女に俺は関わろうとも思っていなかったのだが、転機はすぐに訪れた。

 ある日の昼休み。基本的に一人が好みな俺は人気のない屋上で空を眺めながら昼飯を食べていた。

 夏ということもありしばらくは屋上の手前の階段で食べていたのだが、その日は珍しく気温が低く、夏らしくない天気だったため、久しぶりに屋上に出ていた。そんなのうのうとした空気を引き裂くように扉が開かれる音が俺の耳朶を打った。


「あ、いた」


 音のした方に目を向ければそこにいたのは見覚えのある白髪の彼女だった。


「も〜探したよ〜蓮斗くんどこに行ってもいないし、誰に聞いても分からなかったんだから」


「…なぜ俺の名前を?」


「そりゃクラスメイトだし?覚えてて当然じゃない?」


「…なんでここに?」


「?…蓮斗くんと話すためだけど?」


 当然のように答える彼女に俺は不信感を抱いた。人間は基本的に陽にいる者と陰にいる者に分かれているが、俺は後者だ。根暗な俺などと話したい人間など一人を除いて今まで見たことがない。いるはずがないのだ。

 そんな感情が顔に出てしまっていたのか七瀬が俺を指さして言った。


「あ、その顔信じてないでしょ?ほんとだからね?」


「…そう言われても信じがたいんだが」


「まぁまぁ。とりあえず隣失礼するね」


 そう言うと七瀬は俺の隣にちょこんと座った。座っても尚俺より少し低い背が目立つ。

 隣に座った七瀬は俺のことなど気にせずに話始めた。


「教室だと人が多くってさ〜人気者は困っちゃうよね。あっちでも最初はそうだったな〜」


「…思い出話か?」


「そ。ちょっとだけ付き合って」


 退けようとしても無駄だと判断した俺は彼女の話に耳を傾けた。都会での事。あっちでは友達がたくさんいた事。昔は体が弱くて困っていたことなど色々な話を聞いた。

 昔から現在に至るまでの話を聞いたところで彼女は最後の最後に驚愕の事実を残した。

 




「私さ、余命半年らしいんだよね」






「…は?」


 さらっと言った一言に俺は唖然としてつまんでいたいちごを地面に落とした。

 ひどく混乱した俺を置き去りに七瀬は話を続ける。


「ある日急に口から花びらが出てきてさ、びっくりして病院に行ったら『花吐き病』っていわれてさ」


「花吐き病?」


「そう。そのまんまだよね」


 そうではないと言いたい所だったが、混乱した俺にそんな余裕は無かった。


「なんでも花を口から吐いちゃう病気らしくてさ。未だに医療方法が見つかってない奇病なんだって」


「…」


「そのせいで髪の毛もこんなに真っ白になっちゃってさ。昔は真っ黒だったのに…」


「…ちょっといいか」


 ようやく混乱の最中から戻ってきた脳を働かせて俺は七瀬に問いかけた。


「何?」


「なんでその…花吐き病、だったか?俺に伝えたんだ?」


「う〜ん…ピンときたから?」


「なぜ疑問形なんだ…」


 まるで他人事のようにぴっと人差し指を立てながらそう言った彼女を見て俺はため息を吐いた。いろいろツッコミどころが多すぎる。


「そもそも余命なんて赤の他人にバラすようなものでもないだろう…」


「バラすかバラさないかなんて本人の自由じゃない?それに、もう”他人”じゃなくて”友達”でしょ?」


 そう言われた俺は言葉を失った。今まで人と関わることなど家族以外には数える程しかない。そんな俺は友達の定義が分からなかった。今思えば、彼女が俺の最初の友達だったのかもしれない。

 俺が言葉を失っている間に七瀬がむせ始める。


「けほっ、けほっ、…ちょっとごめんね」


 俺に見えないように反対の方向を向いて咳をする七瀬。再びこちらを向いたとき、彼女の手には黃藤きふじの花が乗っていた。


「ほら、出てきた」


「さっきの話マジなのか…」


「当然でしょ。私嘘つかないもん」


「でも普段は吐かないじゃないか」


「いや?隠れて吐いてるよ?全然バレてないでしょ?」


 誇らしげにそういった彼女を俺は目を丸くして見ていた。口から花が出てくる。そんな話が本当にあるのだと。

 口を閉ざした俺に七瀬は提案するように話しかけてくる。


「さ、私の話はここまでにして…人の聞いておいて自分の事を話さないのは不公平だと思うんだよね」


「…半ば無理矢理話しておいてそれはズルいだろ…」


「聞いたほうが悪いんだよね?さぁ、蓮斗くんの事を話し給え!」


 意地悪そうに微笑んだ彼女に俺は質問攻めを喰らった。

 自分の事など話すつもりはさらさら無かったが、話さないと彼女は離れてくれなさそうだったため、俺は仕方なく彼女の問答に付き合った。この事が半年で俺を変えることになった最初のきっかけだった。

 それからというものの七瀬は昼休みになると毎日俺の所に来るようになった。正直うざったいと思っていたがそんな俺の事など彼女は気にもせず隣で延々と話を聞かされた。



 今思えば、俺は彼女が眩しかったのだと思う。

 余命が半年と決して長い時間とは言えないものでも明るく振る舞い、前向きな彼女の姿が生きる意味もなく彷徨っている自分と重ねてしまったのだ。

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