犬と猫をめぐる冒険
へーるしゃむ
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00-00 恋煩い
◆
黒い木々はあざ笑うようにざわめいていた。見上げた枝葉の隙間から見える空は赤紫に滲んでいる。遠く向こうに沈むのか昇るのかわからない太陽の気配。薄明だ。夜が来るのだろう。……あるいは、朝だろうか? 今が明け方なのか、それとも日没前なのか、もうわからない。
ここがどこなのか、どのくらい歩いたのかも、わからない。けれどまだ歩かなければいけない。どこに向かっているのかも曖昧なまま、それでもまだ続けなきゃいけない。
探さないといけない、見つけないといけない。もう一度、声を聞くために。
不意に風が吹き抜ける。ざわめく葉擦れの音が駆け抜けていく。この暗い森のなかで、自分のからだはどうしたって心許なく、頼りない。
あと何歩、あと何時間、と、果ての決まっている道ではない。どこにたどり着けば終わるという、そういう道でもない。どこにもないかもしれないものを探している、そういう自覚はあった。
森の道が開けた。眼の前には、枯れた噴水。その縁に、女がひとり腰掛けていた。目につくのは、その白い肌、その白い服。そして、真っ赤な口紅。
彼女はわたしを見てにっこりと笑い、
わたしは思わず身震いした。
その口紅が上下に裂けて、「可哀想に」と、そう言った。
あなたは誰ですか、とわたしは訊ねる。質問の仕方を間違えたと、すぐに分かった。わたしは、「誰」ではなく、「何」と訊ねるべきだった。
あなたは、何ですか?
けれど、きっと、どちらにしても、彼女は答えなかっただろう。
彼女は、その白いからだを静かに揺らした。
綺麗な幽霊みたいだと思った。
「ずいぶんと、遠くまで来たのね」
そういって、彼女はわたしを手招きした。
「あなたは、あの子をさがしているのね。彼に取り憑かれた、可哀想な子。……あの子は、このままじゃ、死んでしまう」
死んでしまう。
きっと、そうなのだろう。
どうしたらいいんですか、と、わたしは訊ねた。
どうしたら、もう一度、会えるんですか。
まだ、間に合うんですか。
嘘でもよかった。
なんでもよかった。
「ルールがあるのよ」と、彼女は言った。
「この森のルールは、彼がつくった。でも、予想はつく。きっと、重要なのは、そう、あの日、あなたも覚えているあの日、何人が森に入って、何人が森から出ていったか、ということ。わかるかしら。森に入った人数より、森から出ていった人数は、必ず少ない。……ああ、これは、増えた分は別よ。わかるかしら?」
「数……」
そう、だからね、と彼女は言った。
「たぶん、彼が決めたルールは、こう。あの日、森から出られる人数は、森に入った人数より、常にひとり少ない。どういうことか、わかる?」
わたしは、ただその声を聞いていた。
「数を、合わせればいいのよ」
枯れた噴水、黒い森でざわめく木々のなか、
わたしは、白い、白い女に出会った。
彼女は神様だろうか。
それとも悪魔?
これは夢?
それとも幻覚?
「誰かが、この森に残らなきゃいけないの」
もう、何でもいいと思った。
「……手伝ってあげましょうか?」
彼女が悪魔でも、神様でも、これが夢でも、幻覚でも。
わたしはもう一度、彼に会いたい。
だから……。
数を、合わせなきゃいけない。
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