恋に落ちた瞬間まで

だぶんぐる

くそ幼馴染も知らない私

「夕暮れ、教室で、恋に落ちた瞬間まで、」


私は目の前で優しく微笑む彼に恋をしている。


「3、2、1、キュー!」


恋をしている! 恋をしている恋をしている!


「しゅしゅしゅきです……!」

「はい、カーット! どへたー! シュシュしゅきです! ってんなこと今聞いてないんだワ!」


んなこと言われても!


と、言いたい気持ちをぐっとこらえ飲み込む。

私が悪い。

テイク20をぶちかます私が。


「ご、ごめんね、新田君」


優しく微笑んでくれていた新田君はさっきと変わらない微笑みで、


「ううん、気にしないで。それより、北条さんの気持ちが出来上がるまでオレは待つからゆっくりで大丈夫だよ」


おおう、イケメンオーラが眩しい。

流石、主人公役にクラスで男子も含め満場一致で決まった読モやでえ。

それに比べて……。


「お前はほんとに何をそんなに気取ろうとしてんだよ。お前の本性なんてバレバレなんだからもっとスパーっとやれよ! 台詞通り言えばいいんだよ!」


クソ監督がよお。

幼馴染だからってなんでもかんでも分かった気になりやがって、こんちくしょうが。


「は! 監督だからってなんでもかんでも分かった気になってるんじゃあないですかあ?」

「こちとら小さい時にテメエの全裸もおもらしも見てるんだが?」

「う、うそつけぇええ!」


そんなはずはない! だって、見られたのは半裸までのはずだし!

おもらしはバレてないはずだし!


「……おう、嘘だけど?」


くわあああああああああああああ!


こ、こ、こいつぅうううう!


はらたつぅううううう!


そう、この嘘吐き男は、何を隠そう、いや、何を隠せなくてもこの事実だけは隠したい私の幼馴染だ。小さい頃からお芝居が好きで、今は映画監督を目指している。

そんな男の野望に振り回されたのが我がクラス。


文化祭の出し物を映画にされみんなで撮影中なのだが。


「監督~、今日もう日も沈み始めたし、終わりにしようぜ。残りワンシーンだし」


主演女優の私が足を引っ張り超キュンキュン告白シーンを残すのみとなってしまった。


「あー……そうだな、まあ、明日で終わらせればいいか! じゃあ、かいさーん! おつかれー!」


大森監督(くそ)の号令でみんなが去っていく。

私は……。




「ねえ、なんでいるの?」


一人残って練習しようと思ったのだが、くそ監督が流されずに残っている。


「超絶負けず嫌いで気にしいのお前なら残って練習するだろうと思って」


くそ監督はすごいな。


「どーも。じゃあ、練習付き合ってよ」

「いいけど、練習になんないぞ」

「なんでよ?」

「……まあ、やれば分かる」




「好きです、あなたの事が」


くそ監督に向かって私は愛の言葉を吐き捨てる。


「俺相手だと緊張しないじゃん。っていうか、もっと恋する乙女の顔しろよ。イヤなかおすんなイヤなかお!」


くそ監督の言う通りだ。くそ監督だと緊張しない。


「ったくよお、新田相手に緊張するなら立候補しなきゃいいのに」

「でも! だって、そしたら、あんたの映画のヒロインを他の子がするってことでしょ!」

「だぁかぁらぁ! この、傷は気にしなくていいんだって! お前のせいじゃない」


くそ監督の顔には大きな傷がある。

それは、私を庇って出来た傷だ。

だから、嘘つきくそ監督はまた嘘を吐いた。


腹が立つ腹が立つ腹が立つ。


嘘を吐くコイツにも出来もしないのにコイツの力に少しでもなろうとして出来てない自分にも。


「辞退してもいいんだぞ!」

「うっさい! やるったらやるの! あんただってちょっとは私をドキッと緊張させなさいよ!」

「はあ~」


大きな溜息に、私は思わず背を向ける。

背を向けたって無駄なのに。コイツには全部バレバレなのに!


カッカッカッ……!


チョークで黒板をかく音が聞こえる。

何をかいているんだろう。

気になるけど、まだダメだ。涙が引っ込んでくれてない。

止まれ止まれー!


「よーし、振り返って良いぞ」


くそ監督はそう言う。だが、これはくそ監督に従う訳でなく、タイミングが偶然重なっただけだ。

出来るだけ腫れた目が分からないように前髪で隠して振り返る。

そこには黒板一杯の。


『好きだ!』


「どうよ? ちょっとはドキッと……」


ドヤ顔くそ監督が私を凝視する。驚くな。こっち見んな。見んな。

慌ててまた背を向ける。

もうほっといてほしいのにくそ監督は声を掛け続ける。


「……お前の好きそうなシチュエーションなんていくらでも知ってるのにな。そんな表情出来るなんて知らなかった」


うるせえ、私も知らんかったわ。

あんたにこんな気持ちの自分が居たなんて。


「かわいかった、ぞ」


うるせえ、嘘吐き。


「と、好きだぞ」


コイツの言う事は嘘ばっかりだ。


「俺は、お前のこと」


嘘ばっかりだけど。


「好きだぞ」


人を傷つける嘘は絶対言わない。


だけど、


「うおっ、い、いってぇええ! 勢い頭突きかよ! は、はは、あははは!」


夜の教室で、恋に落ちる瞬間まで見られた私はもうほぼ素っ裸みたいなもんなんだが、責任取ってくれるんだろうか、この男。

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恋に落ちた瞬間まで だぶんぐる @drugon444

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