死と饅頭

OnnanokO

死と饅頭

日が沈み。街の明かりがぽつぽつもつき始める頃。私はぽつりぽつりと愚痴をつぶやきながら街を眺めていた。

この場所は街から少し離れていて、高い山の上にあるから街も見渡せる絶景のスポット。だが、神社のため誰も夜は近寄らない。お化けなどが出たらどうしようと冷や冷やなのだ。無論、私はお化けなどは信じておらずただ日頃の世間への愚痴を缶ビール片手に街にぽつりぽつりと吐きにきているのだ。

この私の愚痴は誰に向けられているものでもない。この愚痴に矛先があるならそれはもう武器になる。武器ということは人が傷つくということだ。傷つけるのは良くない。だから私はこのマイナスな言霊をぽつりぽつりと空中に浮かべている。

きっとこの言霊はふわりふわりと空を漂い雲の中に紛れてそれが浄化され雨となって降り注ぎ海に流れていくと信じている。

今日も雨の元を口からぽつりぽつりと吐いている時に横に誰かが座った。黒いローブを着ていて手には大きな鎌を持っている。


「あのー」


そのローブが私に声をかける。

「なんでしょうか?」

「私はどう見えますか?」

「暑そうです」

「暑そうですか?」

「はい。暑そうです。とても」


それはそうだ。この夏の暑い日。いくら日が落ちた後でも蒸し暑さは健在だった。腕組みしてここを退かないぞと一点張りで蒸し暑さが残る。押しても引いてもびくともしない。頑固な暑さだ。そんな時に黒いローブを着ている人を見れば暑そうに見える。見ているこっちも暑くなるからぜひ、脱いでいただきたい。


「それ以外には何か?」と黒いローブが効いてくる。

「辛気臭い」

「辛気臭いですか?」

「うん。黒いローブだし。陽気ではないね」

「はぁ」

「死神っぽいね。うん」

「まぁ死神なんでね」

「あーそうなの。え!?」


飛んで驚いた。漫画だけだと思っていたあの驚き方。飛んで驚く。去年亡くなってしまったおじいちゃんがよく話していた。

「飛んで驚くことなんてない。あれはギャグだ」と。遺言なんじゃないかと言うくらい言っていた。今度お墓参りの時に教えてあげよう。

「おじいちゃん、僕飛んで驚いたよ」って。


「死神なんです。はい」と黒いローブが言う。たしかに顔は人間だが、手には大きな鎌を持っている。死神の可能性はぐんと上がるが信用はできない。


「こんなにハッキリ見えているのに死神とは信用できない」

「じゃあこれで」と死神は財布らしきものから免許証を取り出して見せてきた。

名前の欄に死神とある。


「死神も運転免許とかあるんだね」

「最近取ったんですよ」

「どこで?」

「地獄です」

「地獄で取っても免許証の写真ってブルーバックなんだね」

「地球もなんですか?」と聞かれ、財布から免許証を出して見せる。

「あれ?別人みたいですね」

「こういう写真は写り悪いからね」と言い、2人で笑う。盛り上がってはいるが死神ということは信じてはいない。


「人生に絶望していますね」


と死神が言う。


「絶望していたという表現が近いかも」


とまた死神が言う。


「絶望していたとしたら何?」と私が言うと死神は小さな木箱を取り出した。

「これは何?」と聞くと木箱を開けて見せた。中にはお饅頭が一つ入っていた。


「お饅頭?」

「普通のお饅頭ではないです」

「じゃあ何?」

「死を練り込みました」

「死?」

「そうです。死です。あなたは少し前死にたがっていました。今もギリギリのところにいます。そんなあなたに差し入れです」という死神の顔はローブでよく見えないが楽しそうに見えた。

「これを食べればいいの?」

「いえ、どちらでも大丈夫です。私は差し入れに来ただけなので」

「これを食べれば死んでしまうの?」

「死にはしません。ただ死の味がします」

「死の味?」

「気になるでしょ。でもおすすめはしません。これは決して美味しいものではないからです」


と言われると食べたくなるのが定説。現に私も食べたくなった。

私はここ数ヶ月の間自分を終わらせようとしていた。何度か自分を殺そうと試みたが失敗に終わった。失敗してしまうことに苛立ちを感じ、できない自分に失望し、どうしようもない日々を過ごしていた。

そんな探していた死が目の前にある。そして饅頭となり固形になっている。これは食べるしかない。

私は木箱から饅頭を取り出し。口に入れた。




これは。








後悔の味だった。ただ濃い濃い後悔の味がした。死ということは後悔の何ものではないと悟った。

「これは一部の味です」と死神が言った。

「死は積み重ねたもので味が変わる。後悔という臭みがとれた死は本当に美味しいです。ぜひ、あなたはそうなってください。その時は私が食べに来ます」というと先ほどまで死神と会話していたかどうかも定かではほどにぼやけた記憶になった。

ふと周りを見るといつもの街が見えた。私は口の中にほんのり残る後悔の味を噛み締めながら明日への歩みを進めることにした。


それにしても苦い。

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