第95話 エジプトから来た交易商人から貝殻や芋が手に入ってよかったよ

 さて、季節も巡ってそろそろ暖かくなってくる頃だ。


 そして、今日は久しぶりにエリコの街に商人がやってきた。


 そしていつものようにマリアのところに泊まっているらしい商人のもとへと、俺はリーリス、アイシャ、息子と一緒に向かうことにした。


「今日は何を交換するか。

 まあ、石鎌の刃もかけたりしてるし、新しい奴はほしいかな」


 黒曜石の鎌の刃の部分はほぼ単分子なので切れ味はすごいが、ガラス質なので、麦などを刈り取るときに欠けてしまうこともあるしな。


 俺の言葉に頷くリーリス。


「そうね。

 もうすぐ麦なんかの収穫もあるし。

 それに交換の機会がそうそうあるわけでもないし、できれば今回手に入れておきたいわね」


 リーリスの言葉に俺は苦笑する。


「まあ、そうだよな」


 現代ではホームセンターにでも行けば鎌なんて簡単に買えるが、この時代の商人は定期的にエリコに訪れてくれるわけではない。


 地中海の沿岸とかならもう少し商人が来る頻度は高いのかもしれないが、なにせこの時代の移動・輸送手段は徒歩と手漕ぎの船だけだ。


 馬車のようなものは当然ないし現状では馬やロバも家畜化されていないので、それらの背中に荷物を乗せて運ぶということもできない。


  なんで行商のおばちゃんみたいに大きな背負籠に入る程度のものを持って、やってくるのが精一杯なんだよな。


 一方アイシャや息子はワクワクしているようだ。


「なにがあるのー?」


 息子がアイシャにそうきくとアイシャは答えた。


「めずらしいきれいなものとかがみれるんだよ」


「めすらしーの?」


 息子がそういうって俺も見てきたので俺は頷いた。


「ああ、そうだぞ」


 そしてマリアの家の前で商人は様々な黒曜石の原石や石器、そして今回はきれいな貝殻なども並べてニコニコしている。


「さあ、みなさんどうぞ見ていってください」


 そしてアイシャは目を輝かせている。


「いしがいっぱー、それにこれきれーなかいー」


 俺はアイシャの言葉に頷く。


「ああ、きれいな貝だな」


 そして俺は商人に聞いてみた。


「これってどこから手に入れたやつなんだ?」


 俺の言葉に商人はニコニコしながら答えた。


「これは南方のものですね」


「ほう、南方か」


 商人は前回俺が瑠璃つまりラピスラズリを買ったことを覚えていたのかもな。


 ちなみにエリコではナイル川河口の美しい貝殻を装飾品や副葬品として珍重していたりする。


 貝殻というのはたくさん取れ中身を食べる場所では多少美しくてもただのゴミだが、それが希少な場所などでは装飾品や副葬品として珍重されるし、中国やインド、アフリカなどでは過去に宝貝の貝殻が通貨として利用されていたこともあったりする。


 ちなみにこの頃のエジプトはエリコ周辺同様、比較的雨量が多くて現代では砂漠化しているところでもステップとして草が生えているため、野生のノウサギ、ガゼル、オリックスやダチョウなどを狩猟しつつ、野生のソルガムやミレット、ヤムイモなどを採取し、魚や貝類なども食べると言った感じで、麦の栽培や山羊・羊などの飼育が始まるのは8000年前くらいのはずだから、今から1500年ほどは後になるはずだな。


 つまり、この時代のエジプトはサハラ以南の西部アフリカや東部アフリカなどと食生活はあまりかわらないはずだ。


 俺は早速商人に聞いてみた。


「この石鎌はいくらするんだい?」


「そうだな革袋3つでどうだ?」


 ちなみに革袋の大きさは親指と人差指を広げた長さとか大きさはある程度決まってる。


「うーん、まあ石鎌として加工済みならそんなもんか。

 革袋3つだな。

 これをひとつくれ」


 俺はどんぐりの入った革袋3つを手渡して代わりに石鎌を受け取った。


 まあ、石鎌はこれから迎える麦の収穫の季節にはなくてはならない物だし、鎌には黒曜石の刃が3つほどついてるから妥当な値段なんだろう。


「あいよ、ありがとうな」


 にこにこ顔の商人に俺も笑い返す。


「こっちこそ」


 そして貝をじっと見てたリーリスとアイシャが声を上げた。


「とーしゃ、これほしー」


「私も欲しいわね」


「ああ、宝貝は、女性・豊饒・繁栄なんかの象徴とされ子供を無事授かり育つようにと願うものだしな。

 二人がほしいなら買うか」


 アイシャが嬉しそうに返事をする。


「うん」


 そして物珍しそうに石を見ている息子に俺はいう。


「じゃあ、お前さんにはこれを買ってやるか」


 俺は黒瑪瑙オニキスを手にする。


 黒瑪瑙オニキスには潜在能力と運動能力を開花させるパワーが有ると信じられているからな。


「あいあとー」


 ニコニコしながら交易商人が言う。


「では合わせて革袋15個でどうです?」


「わかった、それで買おう。

 あと、南方に行って戻ってきているなら保存が効く食べ物として芋を持っていないか?

 あればそれもどんぐりか麦と交換してほしいんだが」


 俺がそう言うと商人は笑っていった。


「ええ、構いませんよ。

 麦のほうが美味しいのでそちらでしたら一袋で、芋を2つお渡ししましょう」


といって渡されたのは見た目干したようにしなびた芋だった。


「ああ、それは助かる」


 というわけで今回は石鎌以外に宝貝の貝殻とオニキスをお守りとして買ったわけだが、まあ悪くはない買い物だと思う。


 今の時代においては呪術的な影響力のようなものははるか先の未来の21世紀よりずっと精神的に大きいしな。


 これで皆が精神的にも安心できるのであれば安いものだろう。


 そしてヤムイモが手に入ったのもありがたい。


 これもキルベト・クムランで栽培を試してみるか。

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