第68話 みんな船でプカプカ水の上、しかしやがて来るであろう大洪水はどうやって乗り切ろうか
さて、本格的に暖かくなってくるとヨルダン川が氾濫してエリコの周辺は水浸しになる。
俺は冬毛から夏毛に生え変わる前にヒツジの毛を刈って羊毛を蓄えるようにするが、エリコの他の住民にも同じようにヒツジの毛を刈って羊毛を蓄えるように勧めておいた。
「なんでそんなことをするんだい?」
「ヒツジの毛は糸にしてやればすごく温かいからなんだ。
特に妊娠中の女の冷えは大敵だからお腹を温められるようにするだけでも違うと思うぜ。
まあ、亜麻よりも長さが短いからそんなに多くは作れないけどな」
「なるほど、じゃあ俺たちもそうするとするよ」
とまあ、ぼちぼち羊毛を刈って蓄える家はあったようだ。
ただまあ薬効を持つハーブほどには意味がわかってもらえなかったせいか全部の家でやってもらえたわけではなかったようだが。
それはさておいて、エリコの街の周りの掘られた濠や積み上げてある石や土塁は危険な動物や敵対的な他の集落に対しての防衛より街の中に水が入ってきて浸水しないためのものだ。
そしてヨルダン川の水が増水して毎年土地を潤すことで、塩害を避けそこそこ肥沃な状態を維持できているわけだな。
そしてエリコはおそらくあと100年ちょっとで一度放棄され無人となるのだが、その理由はおそらく大洪水により街が水に飲まれたからだと思う。
ナトゥフなどの西アジアの文明だけに限らず大きめの川のそばに築かれた街というのは天災的な大洪水が起こると甚大な被害をうけるのは古今東西変わらない。
エジプトは水源が熱帯方面なのでそこまでひどい被害は受けなかったようだが、メソポタミア、インダス、黄河、長江などに関して共通して大洪水の記録があるのは上流にある氷河が融解し、氷河湖が形成されて、それが崩壊したことで、一気に水が流れ出した時に大きな被害を受けたからだろう。
その他にヨーロッパや南北アメリカ、シベリア、朝鮮や台湾、中国南部、東南アジアやオセアニア、アフリカなどにも洪水神話や伝承は存在する。
その洪水発生の理由について、創造主(神)がそれまでの人類の罪悪を怒り、罰として洪水を起こしたという形式のものが多いが、東南アジアやオセアニアの洪水神話の大部分はそうではなかったりもする。
また、中国南部から東南アジアにかけては、洪水を生き延びた兄妹が結婚し、人類の祖になるという形式で一致していることも少し不思議だったりもするな。
それはともかく、大洪水が起こってしまった際に周りを水から防ぐために土などを積み上げて壁を作ってしまったため、街の中はなかなか水が引かず、干し煉瓦を積み上げただけの家は水に浸かればすぐに崩れてしまうから、そりゃ街も放棄せざるを得なくなったのだろう。
幸い家畜がいるから家畜と一緒にすぐに船で逃げ出せばなんとかはなったとは思うけどな。
「うーん、いまからどうにかしておきたいんだがどうしたものかな」
腕を組んで将来のことに思いを馳せてる俺にアイシャが話しかけてくる。
「とーしゃ、どちたのー?
おかおこわーい」
ニパッと笑って言うアイシャに俺は答える。
「あ、ああ、すまんな。
もし街の壁を超えて水がはいってきたらどうするかって思ってな」
「ならおみずはいってこないようにたかくするー?」
たしかにアイシャの言うことには一理ある。
「なるほど、壁や街の高さを高くしたりすればいいのか、
アイシャは賢いな」
「あいしゃかちこーい」
バンザイして喜ぶアイシャだが、あんまり壁を高くしてしまうと今度は出入りが大変だったりするんで、街の土地の高さ自体も上げていったほうがいいんだろうな。
「うむ、偉いぞ」
俺はアイシャの頭を撫でる。
「あいしゃえらーい」
うん、アイシャがご機嫌になってくれたのは何よりだが、船の上ではおとなしくしてような。
「とりあえず魚も捕れたし戻りましょうか?」
リーリスは息子をあやしながら、俺がアイシャの相手をしている間に魚を網で捕ってくれたようだ。
「ああ、すまん、ありがとうな」
笑いながらリーリスは言う。
「いいえ、アイシャの相手をしてくれたから大丈夫よ」
このころのエリコはテル・エッ・スルタンと呼ばれる場所にあり、テルは丘を意味するアラビア語だが、紀元前7370年頃に一度放棄され紀元前7220年頃までの100年ほど無人となっている。
まあ日本の鬼界カルデラの破局的噴火では火砕流は当時住んでいた早期縄文時代の縄文人の生活に大打撃を与え、その後、1,000年近くは九州は無人の地となったらしいからそれに比べればまだ被害は小さいかもしれないが。
その後にも紀元前5850年頃に再び放棄され、街が再構築されたりするのだが、そのたびに雨ざらしにされて崩れた建物の上に日干しレンガで街を作り上げていったので丘のような遺跡になるため遺丘と呼ばれているのだな。
街の放棄の原因は大規模洪水だったり、土器や金属器の使用に伴う森林資源の消滅による付近の砂漠化だったり、騎馬民族の攻撃だったりと様々だが、大洪水に備えて水が引くまで避難できる高い避難場所を作った方がいいかもとマリアに提案してみようか。
葦舟をパドルを漕いで街の方に戻しながら俺はそんなことを考えていた。
問題はそんなに労力の掛かることが本当に必要になると信じてもらえるかなんだがな。
翌日俺はマリアのところに行って、もしものために避難所になる高い場所を作る事を提案してみた。
「もしも壁を超えてエリコに水が入ってきたらここの街を捨てないといけないかもしれない。
でも、できればそうならないようにいざという時に避難できる丘みたいなものを作れたらいいと思うんだがどうだろう?」
マリアは首をひねっていた。
「今までそういったことはなかったようですが」
「まあ、たしかに今まではなかったとおもう。
でもこれからもそうならないという保証もないと思うんだ」
マリアはう~んとうなったがその後に続けてこういった。
「では、他の家の方々とも話をしてみましょう」
オレはマリアに頭を下げる。
「すまないがよろしく頼むな」
とは言え誇大妄想狂と思われるだけかもしれない。
しばらくしてマリアから戻ってきた返答は他の家の人々はそんな必要は無いと笑って却下されたということだった。
「すみません、皆さんにはわかってもらえませんでした」
「ああ、いや、そうなるのも仕方ないよな」
なにせ紀元前8350年頃にはエリコに人は住んでいて、千年近くもの間そんなことは起こらなかったのだろうから信じられるわけもないよな。
大洪水が起きたら家畜も船に載せて逃げろと粘土板か何かに文章として書いておくべきかね。
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