第10話 川の水が引いたら乾燥に強い牧草や暖かい時期に育てる作物の種まきをするぜ

 さて、俺は窯で水瓶を毎日のように焼いて作り続けて各家に行き渡るようにした。


 やはり皮の水袋だけでは水の量も確保できないしな。


「これのお陰でオアシスから水をくんで来るのが楽になりましたよ。

 ちょっと重いのが欠点ですけど」


 マリアは笑ってそういう。


 俺も笑って答える。


「まあ俺が焼いた瓶が役に立てたならそれに越したことはないな」


 水瓶に入れてある水は気化熱によってある程度冷たいままで、家の中を潤してくれるというメリットも有った。


 さて、春になればヨルダン川の雪解け水による洪水で街の周りの畑は水の中に沈む。


 氾濫といっても日本の川のように急に水位が高くなって、急に低くなるということはないからそれに飲み込まれたりするやつはほぼいないけどな。


 まあ、エジプトのナイル川流域ほど長くは水につかってはいないにせよ、この洪水によって大地に水と栄養がもたらされるわけだ。


 エリコが同年代の他の集落に比べても比較的大きく多い人数の住民を抱えられるのも、比較的平地が広くこの洪水によって大地が潤うからだ。


 街の周りが水の中に沈んでいた時は魚を捕る漁業がメインであったが、一ヶ月も経つと水も引くので、ここからは放牧と狩猟が主な食糧確保の手段になる。


 まあ、ヨルダン川まで魚を取りに行くこともできるけどな。


「では、水が引いてちゃんと牧草が生えてるか見に行きましょう。

 生えていない部分には種を撒かないといけませんし」


 マリアに言われて俺は頷く。


「ああ、分かった」


 マリアは牧草の種の入った亜麻の袋を俺は石鍬を持って向かう。


 水が引いた後には詰草(クローバー)や苜蓿(アルファルファ)などのマメ科の牧草やネズミムギやチモシー・グラスのようなイネ科の乾燥に強い草がこれからの季節の山羊や羊たちにとって大事な食べ物だ。


 これ等の牧草はもともとヤンガードリアスの寒冷化した時にオークのドングリなどが取れなくなって其れに変わる食べ物として小麦などとともに栽培をしたが人間にとってあまり価値はなくても山羊や羊にとってはとても栄養のある食べ物だったわけだ。


 小麦とともにこういった牧草が栽培されるようになったからこそ山羊や羊の家畜化も進んだわけだな。


 現状エリコの農耕の作物のメインは一粒小麦やエンマー小麦、大麦、ライ麦などの麦類やレンズ豆、ひよこ豆、そら豆、えんどう豆などの豆類で、麦類は主に粉にしてパンにされることが多い、ちなみに一粒小麦と行っても本当に穂に一粒しかならないということはないぞ。


 まあ、この時代では品種改良もさほど進んでいないので、実際そんなにたくさんは実らないけどな。


 食べ方は麦粥でもいいのだが米と違って麦は粥だとうまくないので麦粥はあまり好まれない。


 ちなみに麦や豆は基本的には秋にまいて春に収穫する作物なので今は収穫した麦や豆が各家にたっぷりある。


 だがこの地域は夏はほとんど雨がふらないので川に比較的近くてそこまで乾燥しない場所には乾燥に強く湿気に弱いひよこ豆やレンズ豆やごま、亜麻など、その他の場所にはクローバーやアルファルファ、ネズミムギやチモシー・グラスのような牧草の種をまく。


 このほかに主食となるものとしては春先には野生の麦の穂を熟して種が落ちる前に採取したり、秋には樫(オーク)の木の団栗(ドングリ)やピスタチオ、アーモンド、クルミ、ヘイゼルなどのナッツの採取も行う。


 現状ではまだ農耕だけで完全に間に合うほど収穫は安定していないんだ。


 で畑においては土地の掘り起こしや脱穀など力がいるものは男がやり、種まきや収穫は主に女性が行う。


 俺は一度水に浸って結構柔らかくなった土を石鍬でゆっくりと掘り返していき溝を作っていき、そこにマリアが豆などの種を適当にばらまいていく。


「あー、マリア適当にばらまかないである程度間隔を開けて種を蒔いたほうが多分いいと思うぞ」


 マリアは目をパチクリとさせている。


「そうなのですか?」


「ああ、お互いの距離が近いと水を取り合ったり影になったりするだろ?

 そうならない程度に間隔を開けたほうがよく育つはずだぜ」


「ではそうしましょうか」


 俺達はそんな感じでさらに油を取るためゴマや着るための繊維作物として亜麻なんかの種をのんびり蒔いていく。


 基本的はある程度湿ってる川の近くにだけ豆やごま、亜麻は植えていく。


 これ等は育つためにある程度暖かさが必要だが土がカラカラに乾いてしまうと流石に枯れてしまうからな。


 カラカラに乾きそうな場所は繁殖力の強い牧草の種を適当に巻いていく。


 あくまでもこの時代の農業は採取などの補助に近い。


 なのでそこまで必死になって畑作業などを行うわけでもないのだな。


 その他果樹ではイチジク、ザクロ、ブドウ、ナシ、リンゴなどが別の場所で作られてる。


 ブドウを革袋で発酵させるワインもあるぜ。


 貴重なんであんまり飲めないけどな。


 香辛料はクミンやコリアンダーくらいならあるようだ。


「まあ種まきが終わったら暫くの間はのんびりするか」


「まあ、そんなに焦らなくてもすでに麦や豆はいっぱい取れていますしね」


 俺がここに来て、洪水が起こる前くらいに女性陣は麦やえんどう豆、そら豆の刈り取りをやっていたらしい。


 まあ、俺は革の鞣しやら毛糸を編んだりとかしていた時期だな。


「なんか刈り取りとか脱穀とか手伝わなくてすまなかったな」


 マリアは笑って答えた。


「いえ、あなたの作ってくれた皮は暖かくなってきても嫌な匂いもしませんし助かっていますよ」


「まあそう言ってもらえると助かるぜ」


 俺の作ったものが役に立っているならそれに越したことはないもんな。

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