第7話 干しレンガの長方形の家というのはこの時代だと最新鋭の住居なんだよ

 さて、マリアに羊毛のソックスも贈れたし、ずっとなんやかんやで乳搾りをしつつそれに並行して、毛刈りやら毛糸への加工をしていて流石に疲れた。


 しかし、毛皮を脳漿で鞣したときと同様、しばらくしてマリアが履いている毛糸の靴下の話を聞いて集落の他の女子が俺に言ってきた。


「あのね、マリアに作った奴。

 私にも作ってくれないかな?」


「え、ああ、いいけど。

 どうせなら作り方を教えるから一緒に作らないか?」


「え、それならその方が助かるけど良いの?」


「ああ、基本的に服とかを作るのは本来女の役目だよな」


「そうだね。

 君は乳搾りや服作りとかやってるけど」


「あー、まあそうなんだよな」


 というわけで俺が集落の女子へ毛糸の編み方や靴下の作り方を教えると、また他の女子が噂を聞いて俺のところへやって来るということをしばらく繰り返した。


 まあ、こうなるよなとは薄々思っていたけどな。


 裸足にサンダルよりも靴下があったほうがずっと温かいし、女性は脂肪が多い分体温が下がると体が温まりにくい。


 そしてマリアからの驚きの発言が有った。


「いつまでも交易客人用の家を使いっぱなしなのはまずいので、今日から私の家で過ごしてください」


「え?」


「ああ、勿論部屋は別ですよ」


「あ、ああそりゃそうだよな」


 というわけで俺は黒曜石や岩塩などを運んで来る交易客人が寝泊まりするためのゲストハウスからマリアの家に移り住むことになった。


 まあ、マリアに色々許可をもらうにもそのほうがいいのだろう。


 俺には特に個人的な荷物はないので、そのままマリアの家に寝床を移動すれば済むしな。


「今日はゆっくり休ませてもらいたいんだけどいいかな?

 たまにはゆっくりしてもバチは当たらんだろ?」


 この時代には休日という概念はないからな。


 麦や豆、野菜の栽培のために大雑把な暦のようなものはあるようだけど。


「はい、そうですね、では部屋に案内します」


 俺は干しレンガを積み重ね、泥で隙間を埋め固めてある、マリアの大きな家の奥に案内された。


 この時代ではこの地域の住居はもっとも進んでいると言っていい。


 エリコは集落ではあるがその面積は広く、おおよそ4ヘクタール(40000平方メートル)で東京ドーム約1個分もあり、この中に200人ほどは住んでるらしい。


 しかもこの時代の他所の地域は円形の竪穴式住居だったり洞窟などにすんでいる人間が多い。


 だが、エリコではレンガをつかって長方形の家を作っているだけでなく、中は壁で仕切られて、部屋分けされているし、小さなポプラや柳で作られた木枠の窓もある、屋根を支える支柱は集落の中にもたくさん生えていて軽量で軟らかく加工がしやすいヤシの木が使われ、屋根はヤシの繊維と川に生えているアシとを織り合わせそれに泥を塗って補強している。


 干しレンガにせよ、泥による接着や屋根の補強にせよ雨が殆ど降らない乾燥した場所だからこそ、そういう方法は発達できたわけでもあるけどな。


 杉はこの時代貴重なので建材としては使われず、川をわたるのに必要な船の船体として使われる。


「では、こちらを使ってください」


 俺が案内された部屋は案外広かった。


 一人で住むには広すぎな気もする。


 ここにも寝藁が敷かれている。


「了解、ちょっと横にならせてもらうな」


 マリアはニコリと微笑んだ。


「ええ、ゆっくり休んでください」


 マリアは結婚しているわけではなさそうだが、いいのかね


 男を一緒の家の部屋にすまわせても。


 まあ、おそらく使用人みたいな感覚なのか、逆に俺は神の使いであるということを真面目に考えていて、自分で面倒を見ようと考えてるのかもしれないが。


 何れにせよ、この時代のエリコは建物に関して言えば他所の地域よりかなり進んでいるのだな。


 その他にも亜麻を使った織物や縄、衣服、ヤシの枝を用いた入れ物としての籠(かご)や笊(ざる)、穀物やナッツをすりつぶすための石皿と磨石、料理と暖房を行うための炉、穀物や野菜などを貯蔵するために籠を吊るす天井から吊るされた木のフックもあるが、これは食料をネズミなどの害獣・害虫から守るためのものだな。


 装飾品の首飾りには木製のビーズなども用いられている。


 まだ石器時代ではあるのだが、案外加工するための石器の道具の種類は豊富だし、住居の作り自体は実は現代の中東の農村とあまり変わらなかったりする。


 家は中庭を取り囲むように、四角になっており、中庭から家のどこからでも自由に行き来ができるようになっている。


 これは後のギリシャやローマ、エジプトなどでも同じ様式になる。


 炉のある台所、普段使う居間、食料の倉庫やヤギや羊の飼育の部屋もあり、全体としてはかなりでかい。


 飼育部屋には5頭のヤギがいて、そのうちの3頭は生まれたばかりらしい子どもだ。


「なるほど各家で山羊を飼ってるのか」


 まあこれなら揉めることもなさそうだな。


 水は、公共のオアシスから革袋で汲んで来て、これまた天井から吊るしたフックに引っ掛けておく。


 こうすることで革袋の水が溢れることもなく、革袋の中の水が蒸発することによって気化熱が発生し、夏でも部屋は意外と涼しいらしい。


「まあ、王様だ奴隷だとか戦争だとかうるさい時代じゃなくてよかったぜ」


 この地域はもっとも古くからから戦争が有った地域でもあるしな。

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