石ノ橋叩き過ぎ崩落事件


「あ、見えてきましたね……この橋を渡った先に次の町があります――結構大きな都市なんですよ。それに、とっても美味しい名産品があります!」


「それが目的なんだろ? それにしても……うっひゃー、深い谷だな……底が見えねえ。頑丈な石橋とは言えだ、こりゃ渡るのが怖ぇな……」


「大丈夫ですよ、一日に何百、何千人と行き来していますし。重い荷物を運ぶ業者も頻繁に出入りしています。巨大な竜の死体を分割して、分けて荷台に乗せて渡ったこともあるそうですから……、分割していても一度に運んでいます。なので竜、一頭分の重量が乗っていても壊れることはない、ということでしょう?」


「そりゃまあ、説明されたら、大丈夫なんだろうとは思うが……、気持ち的には叩いて確認した後に渡りたいところだ。手で叩いた程度で壊れることはないだろうから、確認に意味なんかねえだろうけど……」


「女剣士なのに気にするんですね、普段は未知の魔物にも先陣を切って飛びかかって襲う人ですのに……」

「女剣士『なのに』ってなんだよ、関係ねえだろ。そういうオマエは不安じゃないのかよ……あっ、もしかしてあれか、魔法があるから崩れても自分だけは助かるから大丈夫とか――」


「違いますよ! 失礼ですね……、仲間を見捨てて自分だけ助かろうとか思いません! まったく……加入したばかりとは言え、そんなことを言われるなんて……。確かに魔法で多少は速度を抑えることはできるでしょうけど、私は回復魔法に特化した魔術師です、だから『お二人』は私を仲間に誘ったのでしょう!?」


「………………」


「ちょっと騎士様! あなたも黙っていないでなんとか言ってください! 素顔を見せない兜面のままじゃあ、今のあなたが考えていることがまったく分かりません! あなたは私とジョアさんの意見、どっちにつくんですか!?」


「……確認するか」


「ヴァン? 確認って、どうすんだよ……橋の全長は長いし、横幅も広い。確か百年かけて作られた石橋だったはずだ……。即席で作られたヤワな橋じゃねえってことは分かる。アタシらで叩いたところで、頑丈さの証明にはならないと思うぞ?」


「分かってる。だから、魔法を使う」

「私ですか!?」

「回復魔術師に出る幕はない……俺がやろう」



 兜面をつけた全身鎧姿の男が、石橋の前に立つ。

 魔術師と女剣士は、彼がなにをするのか分からないまま、「危険だから」という理由で後ろに下がっていた。



「(あの、ジョアさん……騎士様って、魔法を使えたんですか?)」


「使えないことはないだろ? 役割分担をしているから、使う機会が少ないってだけで……アンタが知らないところで使ってるだけだ。敵を麻痺させる魔法はよく使ってるしな。それに、アイツのメインは重力魔法だ。山道でよく落石に遭うのはアイツの魔法のせいだし……おかげとも言えるな。落石で魔物を一網打尽にしたことが何度もあるだろ?」


「それは……確かに、……というか重力魔法!? え、すごくないですか!?」


「重力魔法だけど、強くはないぞ? だからアイツは常に魔法を使用し、魔法発動から実際の落石までのタイムラグを最小限にしてるんだ。そういう調整が必要なんだよ。使いたい時にすぐに使える便利な魔法じゃあないが、多少のラグに目を瞑れば、強力な攻撃手段になるとも言えるな――あれで本職は騎士で、剣術がメインウェポンとか言うんだぜ? 嘘吐けって思うだろ?」


「なるほど、普段から重力魔法に頭のリソースを割いているから、日常会話の受け答えがふわふわしているんですね……無口なのもそういう……」

「いや、元からじゃないか? 魔法のせいもあるだろうけどさ……」


「でも、山道でないと、重力で引っ張れる岩なんてないじゃないですか。いえ、重力魔法の使い道が、意図的に落石を呼び寄せる一本道しかないわけではないですけど……」


「アイツが常に引っ張り続けているのは……空の上だよ……もっと上か――宇宙の話」

「宇宙……え、もしかして……」


「分かったか? 想像通りだよ……――隕石。あれだって落石じゃねえか」


 兜面が空を見上げた。

 上空、雲を切り裂き落下してくるのは、赤く染まった隕石である。


 大きさは石橋に収まる程度の小ささではあるが、当然、人間に当たれば即死だ。

 鎧も意味はない。人間には耐えられないが、建造物なら破壊されるか、耐えられるか……想像できる破壊規模の隕石である。


 さて、この石橋は、どっちだ……?



「小型の隕石だ。これを受けて耐えるなら、この石橋は渡るに値する」



 ――結果を言えば、壊れた。


 完膚なきまでに全壊である。

 崩落した橋は、底が見えない真下へ落下した――


「き、騎士様!? なにしてくれてんですかッ、もう渡れなくなっちゃったじゃないですか!」


「おーおー、すげえな。綺麗さっぱり、あのでっけえ石橋が崩れてる……、建築百年……だったよな? それが一瞬で……っていうかこれ、物資とか運べなくないか? 周りは全域谷で、唯一の入国手段がこの橋だったはずだ……」


 兜面の男が女剣士を見て、じっと、数秒止まったまま……ゆっくりと動き出した。


「……しまった」

「しまったじゃないですよ!」


「しかし、渡らなくて良かっただろう? 渡っていれば崩れていたはずだ」

「今のレベルの隕石が降ってくればですけどねえ!! 私たちが渡ったくらいでは壊れなかったですよっ、まったくっっ!!」


「で、どうすんだ? これじゃあ町に入れねえじゃん。飛んでいくこともできるが……ちょうどよく『大鳥オオトリのおとおり』が通りかかるわけもねえしな……」


「……仕方ないです、諦めましょう。絶対に寄らないといけない町ではなかったですし……。この町でしか食べられない名産品を食べ損ねましたけどね!」


「すまない……だが、名産品なら、出張露店でも売っているかもしれん……知り合いに聞いてみよう」


 鎧の内側から取り出したのは、タッチパネルがついた小型の端末だ。人物と距離は限られるが、遠くにいる知り合いともこれで連絡が取れる……――とは言え、通話は無理だ。今の技術でできるのは140字程度のメッセージのみ。


「ないですよ、ここが唯一の売店だって言ったじゃないですかっ、だからわざわざ遠回りしてまできたのに……」

「いや、悲観するのはまだ早いぜ、コイツは顔が広い……表向きには売っていないが、『世界の名産品』を、特別に譲ってくれる知り合いがいるかもしれねえ」


「だとしても、無料ではないでしょう? それで無茶ぶり高難易度のクエストをやらされるんですよね……、分かりますよ、短い付き合いですけど濃密に何度もありましたから!」

「いいじゃねえか、美味しい思いをしてきただろ……慣れろ、新参魔術師っ」


「私の名前はピークローズですっ! いい加減にその『魔術師』って呼ぶのをやめてください!」




「二人とも。連絡を取ってみたら、あるそうだ……、ここから北の町にいる友人に会いにいく――ついてこい」

「はいよ」

「……見つかったんですね……」


「すまないな、現地で食べるとより美味しいのかもしれないが……」

「いえ、そういうのは気にしませんが」

「ああ、そうなのか……こだわりがあるのかと思ったが……ただ食べたいだけか?」


「はい。正規の手段で手に入れ、食べたいんです!」

「どちらかと言えば潔癖なのか」



 すると、兜面たちの背後、荷物を運びにやってきた業者が止まった。


「うぁっ、なんだこれ!? ――石橋が落ちてるだと!?!?」


 続々と、配達業者がやってくる。

 兜面たちは根掘り葉掘り聞かれないように、静かにその場を離れた。


「……後ろで騒ぎになっていますね……あの橋をまた架けるのは……また百年後になるのでしょうか……」

「どうだろうな。しかし、二回目だ。一回目の時よりはノウハウがある……意外とすぐに作れてしまうだろう」

「それでも五十年はかかりそうだけどな」


 それでも充分、早い方だろう。


「次、いつくるかは分からないが……次こそは、隕石に耐える石橋を作ってほしいものだ……でないと町に入れん」


「また試すつもりですか……? 隕石の落下に耐えられる石橋なんて作れませんよ――」


 今回は小型だったが、きっと彼は、もっと大きな隕石で試すことも考えられるだろう。

 時折見せる慎重さは、やり過ぎだ。


 小型ならともかく、中型、大型――それらに耐えられる石橋となると、永遠に作れない。


 だって――



「隕石は、この星さえも破壊してしまうんですから」



 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る