不正解で大成功
「たた――大変ですっ、
どたどたどたッッ、と廊下から激しい足音が聞こえてきたと思えば、ノックもなしに扉を開けて入ってきたのは、仲が良いアシスタントディレクターだった。
目立つ赤い服、キャップの帽子を反対に被って……、ぜえはあと息を切らしながら――おいおいどうしたんだ? と、俺は身を起こす。
仮眠を取るつもりだったが……まあ、少しくらい話を聞いてやろうか。
「炎上? あぁ……知ってるよ。酷い荒れ方をしてるよな……さっきから通知が止まらねえ。あまりにもうるせえから切っちまったぜ。SNSだけじゃねえ、切り取り記事も多く出てるな……、まあ、悪い方に曲解して書いていないだけマシだが」
「お、落ち着いていますね……、意外と慣れているんですか……?」
慌てる時代はとっくのとうに過ぎた。慌てたところで俺にはなにもできないし……、今回は『悪い』から炎上しているのだろうけど、『良く』ても炎上するのがネットだ。こんなことで一喜一憂していたら、常にストレスが抜けないだろう。
「番組内で『コメンテーター』なんて紹介されているが、俺の本業は俳優だ。素人目線の意見を言えば、そりゃ叩かれるに決まってる。炎上するなんて目に見えてたことだ……、炎上して慌てるほど、俺の意見が正解だとは思っちゃいないよ」
「そう、ですか……気にしていないならいいのですが――ですけど、批判コメントには、二階堂さんの人格を否定するようなコメントも多数ありまして……。育ちが悪いとか、一般常識がないとか……、度が過ぎてるアンチコメントも出てきていますが……どうしましょう……?」
証拠はばっちりと保存しています、と言いたげに、スクリーンショットを見せてくる。
ただ、今回は大丈夫だとは思うが、コラ画像に引っ掛かったりするなよ?
過度な批判コメントの捏造画像は、いくらでもあるし……。
情報提供者こそ疑え、だ。
「保存してくれたのか、悪いな……けど、どうするってのは、訴えるかどうかって話か? いいよ、そんなことしなくて……放っておけ。人格批判のコメントは切り捨てていい、気にすんな。探してほしいコメントは別にある――俺の狙いは、そこじゃない」
「狙い、ですか? え? もしかして炎上は想定内だと……?」
「想定はしていたが、実現してほしいとは思っていなかったが……だが、俺への人格批判コメント以外のコメントを見てみろ……、興味深い意見が多数あるんじゃねえか?」
彼がスマホを操作する。画面をスクロールさせ、気づいたようだ。
「……そうですね、二階堂さんの意見を否定する意見が多数あります。中には、二階堂さんの意見を下敷きにした、別方向への意見もあって……」
ああ――それだ。
「見て分かる不正解が大々的に発信されれば、手軽に意見できる媒体があれば、匿名も相まって、誰もが意見を言いたくなるもんだ。不正解があれば、じゃあそこから右へ、左へ、舵を切ることができる……、不正解があれば、少なくともそれ以外の意見は、正解に近いってことだろう? 多数の、千差万別の意見が集まれば、俺の素人意見から最も遠い意見が、取り上げた問題の正解ってことになるんじゃないか?
……視聴者は簡単には参加しない。だが、叩ける人間がいれば、手をつけるはずがなかった話題に手をつけ、考えもしなかっただろう正解を導き出そうとする……、俺の意見を柱として、人が群がり、『ああなんじゃないか』、『こうなんじゃないか』って討論が起これば、俺の役目は終わったも同然だ。それに、実際に正解が出なくとも構わねえんだよ。無関係の立場で知らんぷりする人間を舞台上へ引き込めるなら、いくらでも叩かれてやる」
コメンテーターなんて、誰もが嫌がる仕事をわざわざ引き受けたのだ、ここに狙いがなければ俺だってやりたくない仕事だ……本業にだって影響が出るしな……。
だけど、俺は今回の仕事を受け入れた。起きた問題に、シンプルに質問をすれば、答えてくれる人は少ないだろうけど、間違った意見をさも正解のように言い切ってしまえば、それを訂正する勢力が必ずいる……、それを利用すればいい。
人ってのは、他人が先に間違えていれば動きやすいもんだ。既に間違えている人、失敗している人がいるから安心できるのかもしれないな……、誰かがセリフを噛んだ後、気が楽になるみたいに……。
少なくとも、俺はやりやすい。
「俺はサンドバッグでいい――というか、そういう狙いがあって、素人コメンテーターの俺を、番組に抜擢したんじゃねえのか?」
「いえ…………、そういうつもりは……ないとは思いますけどね……」
どうだかな。
彼が知らないだけで……彼より上の連中は、周知の事実なんじゃないだろうか。
俺なら。
最悪、いなくなっても問題はないだろうしな。
「ま、プロデューサーの胸の内を知るのは本人だけか……」
…了
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