「家出は時間通りに!」


 ……余裕はあったはずだ。

 ゆったりとできたはずだ……なのに、どうして慌てて準備をしなければならないんだ!?


 予定では、一時間後に家出をするつもりだった。

 気持ちを新たに、現状にお別れをして、新天地へ向かうように――。けれど実際はばたばたと大きな物音を立てて、忘れ物がないか何度も何度も確認するくらいに焦っている。

 決めた時間なんてずらせばいい、と思うかもしれないけど、長い時間をかけ、やっとのこと、一大決心をして決めた時間をずらすことはできない……したくない。


 迷いと妥協は、残したくなかった。


 だから事前に決めた時間に家出をする……、残り、あと五分しかない。


 こういう時に限って、トイレにいきたくなるのだ……。

 だ、ダメだ、がまんできない……っ、急いでいけば……、クソ、タイムロスだ!


 慌てながらもトイレを済ませ、貴重品が入ったカバンを背負い、部屋の中を最後に確かめる。

 忘れ物はないはずだ……何度も何度も確認したはずだから――大丈夫!


 しっとりと、思い出を振り返りながら、部屋を見渡す余裕もなかった。またすぐに戻ってくるし、と、心のどこかで思っているような去り方で、俺は部屋を後にする――家を出た。


 時計は……、時間、ぴったりだった。


 設定した時間通りに、家出、成功!!



「――そんな大荷物でどこにいくの?」


「…………ちょっと、ね」


 家の前でばったりと出くわしたのは、母親だった。

 俺の大きな荷物を見て訝しむ……。

 顎に指を添え、少し考えた素振りを見せ……、


「まさか、家出?」

「う」


「……あのね、家出をするなら私が帰ってこない時間帯にしなさいよ。こうしてばったりと出会って、家出を止められることを狙ってる? 『自分から戻るのは悔しいから』……なのか知らないけど……、まあいいわ。ほら、今日の夕飯はあなたの好物だから、戻りなさい――悪ふざけでもね、子供に家出をされたら親は悲しいのよ」


「あ、はい」


 母親に、軽く胸を叩かれ、玄関へと押し戻される。


 先に家へ上がった母親が、振り返って言った。



「おかえり」



 …了

 お題「5分後の家出決定!」

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