青い契約

「勝手に話を進めんな。お前みたいな不審者とコンビを組んだら命が――」


「命は……拒否しても足りないかなぁ?」


 ケラケラと嘲りが響く。瞬間、グレンは少女を見失った。


「クソッタレ!!」


 瞬きの間も、予備動作さえなく先手を取られ、半ば反射的にスレッジハンマーの引き金を振り絞る。


 ――放電。グレンは自分もろとも周囲一体に紫電を迸らせた。


「命を心配するわりに自爆すんのかぁ!?」


 素っ頓狂な少女の声が背後で響く。グレン自身は雷撃による僅かな火傷を伴いながら、体の芯を突き抜けていく雷撃を吸収し、加速した。


 瞬間的に地面を蹴り込み、身を翻して殴打を遠心力に任せ振るい薙ぐ。


「うむ。及第点あげちゃう♡」


 少女は笑みを浮かべ鋭い打撃を容易く潜り避けると、そのまま深く屈み、グレンのブーツを手繰り寄せ一瞬で体勢を崩してみせた。


「ッ――――!」


“可哀想”


“ご褒美でしょ”


“もっと際どいの見たいです。25000L”


 なんとも思ってないような言葉が流れていく。屈辱を噛み潰して、グレンはベルトポーチからナイフを取り出そうとしたが。


「ふん、スパチャ助かるぞぉ? ほら、褒美に色付きの便利屋が馬乗りになってやろう」


 有言即実行。ぽふんと、グレンの腰部に乗っかってマウントポジションを支配。首元に拳銃を突き向ける。


「色付きを自称するだけの実力はあるんだな……」


 嫌味を吐き捨てた。


 本物であれ偽物であれ、とうとう運がなくなったらしい。実力差は歴然としていて、……だがまぁ、この世界ではよくあることだろう。


“頑なに色付きって認めないじゃん”


“アズレアちゃん久々に少し攻撃喰らった?”


“特定した。クライスラーE.雷鎮鎚。お値段は24万L。エーテル電光との協力商品で引き金を絞ると本人が蓄えている電気を放出できる。電気がなければ周辺電子機器から電気を吸収する”


 少女と触れる距離にいる所為で不快で他人事の言葉が流れていく。挙句に視聴者とやらは、持っている武装の性能やら値段を告げ口し始めていた。


「死なない選択肢もあるぞ? 我はなぁ、君のその、俺が一番不幸ですって感じの目がとても気に入ったんだ。一目惚れかもしれない。いや、きっと前世に借りを作っていたなぁ? ……嘘。嘘です。行かないで視聴者さん。今日お風呂配信してあげるから」


 滑稽な理由ばかりを羅列した後、銃を突きつけたまま、依然として緊張状態であるにもかかわらずアズレアは必死にカメラに呼びかけた。


“詫びスケベください”


“性癖歪んじゃうよ~”


“BSS”


 コメントから卑猥な催促を受けて、自称色付きがプライドもなく腰を押し付けてくる。生身でないにも関わらず、生きているような熱と柔らかさが衣服越しに擦っていた。


「…………っ、それであんたは何がしたいんだ? こんな場所に来て、異界道具も特異点技術の残骸も探さずに、出会った男を押し倒して腰を押し付けるのが色付きの所作なのか?」


「ちが、なんでそんなこと言うんだぁ!?」


 ヘラヘラとした嘲りが消えて、恥じるようにぎゅっと睨まれる。青い髪が電光を反射して煌めいていた。


「自分の動画見ればわかるんじゃないか?」


“言葉のナイフ”


“生命配信者なんてしてるやつに倫理観をといても無駄でしぃ”


“焦ゼアちゃん”


 突きつけられた拳銃が光を収斂させていく。


 ……企業技術ではないだろう。


 理解外の力、異星や異界の流出品――異界道具だ。


 感情が昂り共鳴しなければ使うこともままならないはずだが、こんなふざけた態度でも彼女は問題ないらしい。


「ダンジョン探索は続けるとも。けど今は例外。イレギュラーで、我は君の才能を買っている。特にいち早くここを見つけた情報力だ。我は金に物を言わせただけだが、君は違うだろう?」


 ふん、と人形の体だというのに鼻息を鳴らして、ふんわりと尋ねる。


「……確かに金は使ってないが。誰が見てるかもわからない場所で言うつもりはない。せめて配信を切って欲しいんだが。そうすれば貴方には教える。だから殺さずに見逃してくれないか?」


 グレンは苦い表情で取引を持ちかけた。


“プレミア配信のみでお願いします”


“は?”


“死んでもアズレアちゃんの名前呼ぼうとしないじゃん”


 野次が飛び交う。不快なので可能な限り視界に入れないようにした。


 自称アズレアは取引を持ちかけられるや否や、待っていましたとばかりに頬を吊り上げた。爛々と瞳が光輝していく。


「いいだろう。けど我(われ)が本物のアズレア・ファリナセア……すなわち、青の色付き【青契(ジョウケイ)】だって証明できたら配信も切らない。アシスタントにもなってもらう」


「随分な自信があるんだな。……彼女の知り合いか、友人か? 俺は生憎、色付きの奴らには詳しいほうなんだよ。少しでも齟齬があったら断る。……まぁ、この状況で拒否権があるとも思えないが。……口約束がペラッペラだったら、配信者としての動画映えは損ねるんじゃないか?」


 言葉を口にした途端、周囲に青い火が浮かんだ。それはか細くつらつらと、得体のしれない文字を刻み始める。


 やがて青い火はグレンの心臓、そしてアズレアの身体のコアとなる部位を灯し、触ることのできない不可解な鎖で結びつけた。


 ……非科学的な事象の連続。異界道具が行使される。


「誓え。――«青き番犬(ロスト)の禁章(・ファーディア)»」


 アズレアが唱えると同時、グレンの肌に火文字が刻みつけられていく。僅かな痛みよりも、その効力を理解するように眼が見開いていった。


“誓った瞬間おわったわ”


“奴隷確定”


“自分を購入しなきゃいけないならもとから奴隷では?”


「ッ……これは」


「我のことを詳しく知っているならわかるだろう? 【青契】の名前の通りだとも。誓約(ゲッシュ)を我と君に履行した。破れば心臓を炎が燃やし尽くす」


 【青契】が所持していると言われていた異界道具。少なくとも自称アズレアは、口だけではない。


 見せつけられた証拠を前に、引きつった表情は段々と口角を上げていった。乾いた笑い声。


「本物なら……むしろこっちからお願いしたいぐらいなんだが。……どうして俺なんだ?」


 もう偽物とは思えなくなってしまったからこそ、グレンには理由が皆目検討もつかなくて困惑するしかなかった。困ったように尋ねると、アズレアは真摯な表情でグレンをじっと見詰めた。


「ずっと君を探していたんだ。……言っただろう? 君の前世に借りがあって、君に一目惚れをしてしまいそうだとなぁ」


 真剣な表情は一瞬にしてニヘラァと蕩けてしまって。彼女は真意を語ろうとはしなかった。


 グレンは釈然としなかったが、妖しさに釘付けにされるように沈黙して、ただ見つめ返した。青い髪が揺れて、蛍光する双眸。ギィ、ギィと。軋む人形の体躯。


“堕ちたな(確信)”


“これもう人形機体の宣伝だろ”


“このままイクとこまで配信してほしい”


 流れていくコメント群も彼女がそういうキャラ付けをしていると認識しているのか、いちいち指摘することさえなく適当なことばかりを呟くばかりだった。何も使える情報が流れてこない。


「……それで。俺はどうすればいいんだ?」


「ひとまずは君をもっと知りたい。動画的にも改めてな。お互い元々の目的を果たそうではないか。見つけた異界道具やスクラップは全て君がもらっていい。どうかね?」


 すっとアズレアは立ち上がり、グレンに手を差し伸ばした。話が本当なら手を拒絶する理由もない。嘘なら……力ずくで叶わない以上どうしようもない。


「……はぁ、そういえばここ、危ない場所だったな」


 手を取る恥じを誤魔化すように、薄暗い静謐を見渡してぼやいた。

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