終末のダンジョン配信 ~終末の世界で神話生物の遺跡やら企業の廃墟を探索する美少女人形と金欠の便利屋の話

アンドロイドN号

一章:青色の契約

配信者とのエンカウント

 墜落してひしゃげた船内は薄暗い。


 金属の壁が無機質に伸びていて、ときに潰れていて。生存者なんてとっくにいないのに、イカレた警備ロボットと人食いの宇宙生物だけは残っていて。


「うわあ……。最悪ッ! 配信いままで着いてなかったのかぁ。すまんなぁ。ええとな? 現在地はーJ14区エスコエンドルフィア外郭の赤い荒野……つまりは都市の外側の、ダンジョンもとい、企業の廃墟を探索中って感じだな」


 ……危ない場所なのだが。


 ポップな電子音を響かせて配信がどうだとか、ちゃらけた言葉を口にする無警戒なイカレ女がいた。


 幼い少女の声。青く長い髪。頭上に浮かぶ機械仕掛けのウサギ耳は五感強調ラビットサイトとかいう補助モジュールだ。


 少女は端末で誰かと話していていたが、通路の角で身を潜め、様子を伺っていたグレン・ディオウルフには対話相手が誰かは見えなかった。


 少女の後ろ姿を注視しながら、警戒を張り巡らせるように武器(スレッジハンマー)を握る手に力がこもる。


 幸い、近くに怪物(モンスター)の気配はない。


「今回探索してる企業の廃墟はクライオニクス社の星間倉庫船だぞ? 外から見た限り大きさは軽空母一つ分ぐらいで……え? 軽空母わからん? そうか……海がない地域のほうが多いし、あっても見る機会が――」


 ペラペラと、少女は独り言のようにおしゃべりを続けていた。そのうち、ふわりと立ち上がると、動きを映し出すように青白い光のハイライト。


 それで初めて目視できた彼女の足元は、怪物の死体だらけだった。


「カメラに変なのが映ってる? ああ、それは我を襲ってきた宇宙アメーバの死骸だな。話を戻すと、クライオニクス社は知っての通り星間交易品の保存管理をする衛星冷凍庫を――――」


 ギィ、ギィと人が動くには不自然な軋む音。くるりんと、こちらに向き直ったのでグレンは咄嗟に顔を引っ込めた。少女は歩き、近づきながらここにはいない誰かへとお喋りし続ける。


「……だが船は原因不明の墜落。我は企業連中が来る前にこぎつけてやったわけだなぁ? 倉庫を見つけて金目のもの、特異点技術を回収していこうというのが今回の企画じゃな?」


 ――最悪だ。……同業者らしい。配信は置いておいて、根本の目的はスカベンジのようだ。


 グレン・ディオウルフは最悪、交戦状態になることを覚悟するようにツバを呑み込んだ。


 気配も、呼吸さえも押し殺して少女との距離を正確に耳で捉え続けた。段々と、小さな足音がこちらに迫る。


 ……鉢合わせるより前に、不意に立ち止まり、黙り込んだ。


 限界まで緊張の糸が張り詰める。不快な静寂のなか、へしゃげた壁からコードが危険な紫電をまき散らしていた。遠くで、怪物の喘鳴が微かに耳に入る。


「…………君も話しかけてくれればいいじゃないか。ああ、可愛い可愛いお嬢さん? 名前を教えて欲しいなぁってさ」


 退屈そうなぼやき。とっくに気づかれていることを確信し、グレンは反射的に重々しい殴打を振り下ろそうとしたが。


「ッ――!?」


 一瞬で目と鼻の距離にまで肉薄された。小さな手が肩を掴んで、目と目が合う。凛々しい青い眼差しは警戒心の欠片もなくて。


 同時、もう一方の手に拳銃を突き向けられた。向かう白い銃口に収斂する光が放たれる。


 高出力の光熱が眼前を過ぎて頬を横切った。掠めた金属壁を溶かし貫いて背後に着弾すると血肉が崩れるような音が響いていく。


 振り返ると、不定形の怪物が倒れ痙攣していた。グレンは唖然とした様子で撃ち抜かれた怪物と、少女へ交互に視線を向け、武器を持つ力を緩めた。


「主ぃ、一つのことに気を取られるタイプだな?」


 呆れた声が響く。どれだけ緊張の糸を巡らせても、くぐるように少女は平然と歩み寄った。グレンの顎を持ち上げ、青い瞳が見上げる。


「なんと、我が一番乗りに訪れたはずのダンジョンに先客がおったぞー。おい、ちゃんとカメラを見ろ。たわけ」


「おい、勝手に撮るな。カメラはそもそもどこにある」


 グレンは怪訝な表情で少女を見据えた。


 ギィギィと軋む球体関節の手脚。造り物のように整った相貌……いや、ようにではない。少女の体は足先から頭のてっぺんまで、全て造り物だった。


「カメラはここで、配信画面はこっちだよ?」


 宙に電子的なノイズが走ると周囲に完全に同化していた撮影ドローンが視界に写った。少女は、警戒心の欠片もなくグイと、グレンを手繰り寄せるとタブレット端末の画面を見せつける。


 端末には少女とグレンの姿と、先程仕留めた怪物の死体が映り込んでいた。


“自己紹介よろ”


“どこの義体? 所属もなさそうだしフリーの便利屋?”


“アズレアちゃん以外映さないで欲しい”


 無秩序な文章が流れていく。それでようやく、彼女が生命配信者であることを理解した。そのうちカメラは物珍しいものを映すように、グレンだけにフォーカスを合わせていく。


 今更顔を隠しても遅いなぁという諦めの表情。側頭部から生えた一本の角。片目だけが爬虫類のように瞳孔を細める。片腕の義手。


 握りしめた無骨なスレッジハンマーは機械仕掛けで、今すぐにでもトリガーを絞ればカメラぐらいは壊せるが。


「……あんたは誰なんだ?」


 壊さないことを選択した。怪訝そうに尋ねる。


「我はなー。廃墟化した企業の建造物から外郭の向こうに存在する異星の神話生物の遺跡、果てに異界と繋がる次元の裂け目や黒い海の深くまで。いわゆる、ダンジョンと呼ぶに差し支えないハイリスク・ハイリターンな場所を探索、配信する元超エリート便利屋のぉ、アズレア・ファリナセアだ~ぞ!」


 シュバっと、ダブルピース。青い瞳が爛々と光輝する。


 ……名前は偽名だろう。


 本当のアズレア・ファリナセアは都市を支配する企業と、個人で対等でいられるほどの力を持った便利屋……色付きで、――他の色付きと抗争になって死亡したはずだ。


 こんなおかしなところで、顔も見せない視聴者相手に扇情的にひらひらとスカートを揺らす奴な訳がない。


「おいたわけ。我に自己紹介をさせたんだから主もせい。視聴者も待ってるじゃろ」


 自称アズレアが虚空を撫でると周囲に無数のホログラムが広がっていく。


“そうだよ(自己紹介)”


“私の予想だと彼はエンドルフィン外地探査隊の迷子です”


“それより早く施設の内部データをスキャンして欲しい”


 不快なことに、先程まで画面に収まっていただけのコメントが視界を妨げ始めた。


「あーーー……グレン・ディオウルフです。こういう廃墟とか遺跡に残ってる機械やら異界道具を集めて、金にするのを目的としたフリーの便利屋です。目標は、俺自身を買うことで。今はまだ、エーテル電光に所持されている缶人(デザイナーベイビー)です」


「ほーん……」


 自称アズレアは聞いておいて、聞いてるんだか聞いてないんだか曖昧な返事をして、考え込むように数秒黙り込んだ。


「実力は……鍛えればなんとかなりそうだな。おい、ルーキー。ちょっとアシスタントをする気は? 金ならあるぞぉ? 我、元超エリートだからな」


 人形のような身体のくせに、満面の笑みを浮かべると鋭い牙が並んでいた。

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