終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~

アンドロイドN号

 一章:ド・マリニー時空管理会社と便利屋

乖離

 壁、天井、床。どれも白一色に統一された部屋だった。家具は最低限のテーブルに椅子。そして金棚に置かれた脳みその缶詰。緑の魔力液(エーテル)に浸かっており、よく見ると脈動している。


「キミに頼みたいことがあル。レイル・ヴェイン」


 掠れた声が響いた。それは人の言葉を話していたが桃色掛かった海老のような胴に蝙蝠の翼を生やす怪物だった。いくつも蠢く肢。茸の傘のように膨らんだ肉っぽい頭から反響するみたいに声を出している。


「理解している。依頼があるから俺は来た。それが便利屋だからな」


 レイルと呼ばれた彼も骨格こそ人間だったが全身に黒い装甲を纏った機械だった。声も合成音で感情のない。それでも視線を向けていることを証明するようにのっぺりとした顔部の装甲が瞳のあるべき位置で薄く蒼く蛍光してみせる。


「我々の技術を盗んだ輩がイる。それを放置する訳にはいかなイ」


「殺害依頼か?」


 コクリと。ぶよぶよとした頭部で怪物は頷いた。この世界では何ら珍しくもない出来事だ。



 一章:ド・マリニー時空管理会社と便利屋



 今日も変わらない朝が来る。少女は自分で嫌になるくらい華奢で弱っちい手足を伸ばしてベッドから身体を下ろす。大きな欠伸をして、鏡と向かい合う。蒼い寝ぼけ眼を掻いて、長い白銀の髪をブラシで撫でる。


 自室から出てリビングで険しい表情を浮かべる父を一瞥しながら、幼い子供みたいに窓へ駆けて外を眺める。――晴天。空を貫くような摩天楼。道路は渋滞。満員電車が今日も動いている。時折耳に入る烏の鳴き声。


「ねぇパパ? まだ私は外に出れないの?」


 少女は深いため息をつきながら瞳に父の姿を映す。栄養失調みたいに痩せ細った身体。皺だらけの白衣。七三に分けられた黒くワックスで固められた髪。一ミリだって似合わない金の指輪がゴツゴツとした指に嵌められている。


「……ソラ。言ったはずだ。ソラはちょっと前までずっと寝てたんだから。手足がまだ弱ってるんだ。身体が負担に耐えられるようになるまでは無理をさせるわけにはいかない」


「私はもう普通に動けるよ? いつまでもいつまでも……なんで私だけ外に出られないの?」


 ソラと呼ばれた少女は怪訝そうに父親を睨んだ。重苦しい沈黙が張り詰めて、それでも父親は強情だった。無言のまま首を横に振ると話を切り替えるように朝食の用意をしていく。


「他の皆は学校とか遊びに行ったり働いてるのに私だけずっと何もしてない。なんで私だけダメなの?」


 何度もおこなった同じやり取り。どうしたって父は絶対に外に出ることを認めてくれない。外に出る扉には鍵がかかっていて自分には開けられなくて、諦めるしかないとは理解していた。がくりと項垂れるみたいに肩の力を落としてため息をつく。


「……わかった。大人しくすれば――――」


『ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ――!』


 言葉を阻むように父の携帯電話が鳴り響いた。それはいままでになかった出来事で、ソラは物珍しさに電話が鳴るのをぼんやりと見詰めていたが反して父の表情は一瞬で凍り付いた。


「……嗚呼。嘘だろ……!」


 頭を抱えて顔を俯ける。いつまでも外に出してくれない父親のことは気に食わなかったが、どこか胸騒ぎがしてソラは歩み寄った。父の無骨な手を取ろうとして、けど直前に両肩を強く掴まれる。そのまま抱き締められて、思考が停止しかける。


「ちょっと……! 心配してたのにそういうこといきなり――……」


 身体が強張って、けどすぐに恥ずかしさやら反抗心が燃え上がり父親を引き剥がす。距離を取った。勢いのままに怒鳴ろうとしたが言葉が思い浮かばなかった。父の深刻な顔つきに気圧されて身動きが取れなくなる。


「ソラ。よく聞くんだ。今からパパは仕事をしなきゃいけなくなった。すぐに戻るけど何かあったときのためにこれを渡しておく。今すぐ自室に戻りなさい。絶対に鍵を開けたらダメだ」


 そう言って朝食べるはずだったシーチキンと桃の缶詰と一緒に、父は指輪の一つを渡してソラの手に嵌めた。サイズは合っておらず滑稽なくらい緩かった。


「パパ待って。意味がわからない。なんで携帯電話が鳴っただけでそんなに慌ててるの? それに指輪渡されたって……」


「急げ!!」


 耳鳴りがするほどの怒号。説明もないまま力任せに突き放される。数秒、思考が宙ぶらりんになったが親切を無下にされたことやら意味が分からないまま怒鳴られた理不尽さが納得できなくて。


「わかった!! 部屋で大人しくしてる! それでいいんでしょ!?」


 怒鳴り返した。地団駄みたいに歩いて力任せに扉を閉める。言われた通りに鍵もかけた。


「……怒るつもりなんてなかったのに」


 悪い事はしていないと言い聞かせたけど胸を締め付ける罪悪感と異様な空気の所為でなんとなく不安に思えて、その場でへたりこみながら扉に聞き耳を立てる。


「ス・アーラ、エスペル。仕事だ。今すぐ応答しろ。便利屋が来た」


 電話の声かと思いかけたが違う。ソラは確かに足音が重なっているのを聞き取った。――家にはパパしかいないはずなのに。疑問が過るが、息をするのもつらいほど剣呑とした空気が行動を妨げた。今すぐにでも部屋を出て問いただしてやろうと思い勢いよく立ち上がったるも、結局鍵を開ける勇気はなかった。


「ドルス様。侵入の状況と人数を教えてください」


「既に一階の警備員が全滅した。空間は許可がなければ入れないはずだからド・マリニー時空管理会社の輩だ。異界道具の反応もある。侵入者は殺して構わない」


 耳に入る言葉の意味が何も理解できなかった。けど冗談の気配もなく全滅しただとか、殺して構わないだとか。父の発言にそんな言葉があったのが怖くなって扉から離れた。


 ――ガタン!


 慌てて躓いて音が響いた。扉の向こう側の声が途絶える。視線が集まる感覚がして、肩を竦ませて部屋の隅まで逃げた。


「なんで私だけ――……。みんな普通に暮らせてるのに」


 訳が分からないまま気分だけが暗くなって、窓の場所に行く余裕もなくて膝に顔を埋めた。

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