第四章  語り部/経験者 ~3ー2~



「ん? 取引だ?」


 僕は頷き、上着の内ポケットからリモコンを取り出す。


「これはカメラの操作リモコンです。遠隔で停止と開始を操作できます」

「それでなんだ? 次は撮影した映像をネットにでも公開するのか?」

「いえ、それじゃあ映像の価値がなくなります」

「ならなんだ」


 僕はリモコンの停止ボタンを押し、撮影を一旦ストップする。


「撮影を一旦停止しました、今からはオフレコです」

「・・・・・・そうか、取引と言っていたね」

「はい。僕の条件をのむことができれば、撮影した映像を先生にお渡しします」

「その言葉を信じることはできないのだがね」

「信じなくてもいいです。それなら物語特別対策部の刑事に売ります」


 天宮あまみやは小さく舌打ちをした。もうエレガントな天宮は存在しない。

 今この場にいるのは、小汚い欲に負けた二人だけだ。


「わかった。で、条件とは」

「先生、あなたは藍乃あおのとラブホテルへ向かいましたよね?」

「・・・・・・いや、何のことだかさっぱり――」

「先生? 別に取引したくないなら、そう言ってもいいんですよ?」

「・・・・・・・・・・・・肯定する」


「わかりました。では、どうして藍乃とホテルへ行ったのですか? 学生に、それも未成年に手を出すことの犯罪性を、主人公だったあなたが理解していないわけがない」

「もしかして、兎音とおと少年。君は嫉妬しているのか?」

「はい?」


 天宮はいやらしくも笑顔を浮かべ、白い歯を見せた。

 僕の顔が少し歪むのがわかる。なんとも気色の悪い笑顔だ。


「君は私と英雄えいゆう少女の関係に嫉妬しているんだろ? 羨ましいんだろ? 自分にはできないことが、私にはできることが。違うか」


「あのですね、僕はこの話を聞いてから幾日か経っています。やっすい挑発に乗るほど馬鹿じゃないです。とっくにその事実は受け入れています。僕が知りたいのはあくまでも真実であって、事実じゃない」


「ッチ! わかったよ」

「改めて訊きます。藍乃は理由のない行動はやらない奴だと僕は知っている。あの日、あのとき、何があったんですか? 正直に答えないと、また罪が増えちゃいますよ」


 天宮は口を噤み、僕は話すまで待った。

 不本意そうに、天宮は重い腰ならぬ、重い口を開いた。


「依頼されたんだ」

「依頼? 誰に」


「英雄少女の両親、藍乃白白あおのしらしろ藍乃巴あおのともメだ。その二人から多額の金で、英雄少女を経験者として手ほどきしてほしい。そう依頼をされ、私はその申し入れを受け入れた」

「もっとましな嘘を言ってはどうです?」

「本当だ! 藍乃夫妻に確認してみればいい! 嘘をつくなら、私はもっともらしい嘘を君に話していたさ」


 たしかに、嘘にしては常軌を逸している。

 だが確信も持てない。

 ひとまず、この件は直接藍乃の両親に訊くとしよう。


「わかりました、ではもうひとつ。あなたは警視庁やその他マスコミやメディアとの繋がりは? あなたの息のかかった人にこの映像を渡したとき、色々厄介なので」

「ほーう。刑事のようなことを言うのだね、兎音少年は」

「憧れているので」


 実際、憧れているのは本当だ。しかし、天宮は鼻で笑う。


「繋がりはあるが、私を守る者はいないだろう。〈主人公喪失事件〉と私に深い関わりがあると相手側が認識すれば、私との関係性よりも目先の利益を奴らは選ぶ。それほど、私との関係性は淡白なものだ。例えるなら、大学のゼミで仲良くなった〈知人以上友達未満〉の友人と言ったところか」

「ふーん」


 わからん。大学とはそんなものなのか? もっと明るい感じだと想像していた。


 もしかして、僕が知っている大学生活とは思っているよりも、楽しくないのだろうか。そう考えると進学するより、就職し社会人となって経験を積む方がよほど有意義なように感じてきた。それなら奨学金という善意に似せた借金を背負わなくて済むしな。


 まあ、それは一旦置いといて。

 情報を各メディアに流しても、握りつぶされる心配はないらしい。

 すべてを信じるわけではないが、すべてデタラメではないだろう。


「わかりました」

「もういいか? 条件はのんだし、上に仕込んだカメラを渡してくれ」

「うーん・・・・・・ヤダっ」

「は?」

「訊きたいことを、訊きだすための嘘なので。無理です」

「はあ?」

「なんだったら録画を停止なんてしてませんし、ずっとRECです」

「はあぁ!」


 流石の天宮も怒り心頭らしい。

 甘いフェイスは怒りと皺で崩れ、激しく怒号する。最後は何を言っているのかまったく聞き取れなかったが、相当頭にきているのがわかる。


 やりすぎたみたいだ。


 天宮は僕との距離一メートル圏内まで侵入してきたところで、頼りになる二人が助けに来てくれた。茨咲いばらさきノアさんと、原良桜道はららおうみち先輩だ。


 勢いよく開かれた扉に注意が向いた天宮を、原良先輩が膝に向かって勢いよくローキックをかまし、天宮は体制を崩す。膝をついた天宮を次はノアさんが、頭部めがけて中段蹴りをお見舞いする。二人の見事な連携により、天宮はダウン。軽い脳震盪を起こしたのか、膝をつきそのまま倒れ、気を失っている。

 まるで漫画のワンシーンのようだった。


「お二人とも凄いですね」

「凄い声が聞こえて扉を開けたら、兎音くん襲われているんだもんっ。びっくりだよ!」


 茨咲さんは可愛らしくぷんすか怒っているが、どうだろう。

 あの様子を見たあとじゃあ、変に冗談が言えない。


「本当にびっくりだぜ。兎音さ、何言ってあの温厚な天宮を怒らせたんだ?」


 涼しい顔で、原良先輩は訊ねる。

 まるで何事もなかったように話す二人が、少々怖い。


「約束を守ると言って、それを破った感じかな。最初っから」

「そりゃそうだよっ。だって天宮先生は、決め事とか約束とか平然と破る人のこと凄く嫌っていたし。兎音くん、逆鱗に触れちゃったんだね」

「まあ、情緒を上げ下げさせないと喋ってはくれないと思ったから」

「うわー悪意ある行動じゃんっ。兎音くんってやっぱりクレイジーだよね?」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「だって、もしあのまま先生に襲われてたら、兎音くんただじゃ済まなかったよー」


 それはそう。でも、二人を信用しての行動だ。


 僕一人じゃ絶対にこんなことできなかっただろうし、途中で詰んでいただろう。二人いてくれたからこそ、あんな大胆な行動を取ることができた。僕が連絡した通り、部屋の外側に待機してもらって本当に良かった。


「俺らに不法侵入させたり、壁ぶっ壊したり、カメラ仕込ませたりの汚れ作業させた野郎だからな。元々ぶっ飛んでるんだろうよ」

「なんか、原良先輩には言われたくないような気がします」

「んだと? 天宮みたいにぶん殴るぞ?」

「すいませんでした」


 僕も天宮のようになるのは御免こうむる。

 ただでさえ鍛えていないのに、あんな蹴りを食らったらひとたまりもない。僕の筋肉は思っている以上に骨を守っちゃくれないし、骨はサバ缶の骨並みに脆い。一撃でも食らったらノックアウト、病院で手厚い治療を受けているだろう。


「で? 天宮はどうするんだ?」

「今、木海月きくらげ刑事に連絡しました。近くにいるらしいので、もう向かっているらしいです」

「なら、どうしよっかっ? 一応、天宮先生のこと縛っとく?」

「その方が良さそうだな。目が醒めて暴れられても困るし」

「それはそうとノアさん。天宮が犯人だったことにショックとかは・・・・・・」

「うん、まあ――信じたい気持ちもあるけど、あの様子を見たら流石にね・・・・・・」


 多くを語らないが、やはり恩師のあの姿を目の当たりにして、茨咲さんも信じることを諦めたらしい。


 その表情は、裏切られたことへの失望と落胆が見受けられる。信じる気持ちが強いほど、裏切られたときの絶望とのギャップは受け入れ難いものだが、その想いが強かろうが弱かろうが辛いものは辛いだろう。

 気持ちの整理がつくまで、そっとしておこう。


「なあ兎音。天宮はお前を襲い、俺らは今こうして天宮を拘束いるわけだが、ちゃんと訊きだせたんだろうな?」


 部屋の外に置いてあった鞄を持ってきた原良先輩は、ロープを取り出し縛っている。

 手首の次は足を縛り付けながら、僕へ質問を投げかけた。


「上のカメラが物語ものがたりますよ。でもそれは、木海月刑事が確認し終えてからです」

「てことは、成功したんだな」

「肯定する」


 僕は一言呟き、二人は頷いた。






「原良先輩、ノアさん。ここを任せてもいいですか?」


 数分ほど時間が経った。

 原良先輩は天宮を縛り終え、ノアさんは天宮のディスク周辺や奥の部屋に、何か藍乃の死の原因に繋がるモノはないか物色していた。奥の部屋から戻って来た茨咲さんは、ファイルが置いてある棚の場所まで移動すると、僕の問いに答えた。


「木海月刑事さんのところへ行くの?」

「いえ、天宮と話してわかったことがあるので、そこへ行かないと」

「おいおい。学校を抜け出すのか? とんでもない悪だな」

「まともなこと言わないでくださいよ。先輩の方が抜け出してそうな顔しているのに」

「人を見た目で判断すんなよ。ひっぱたくぞ」

「はいはい、喧嘩しないのっ。でも、どこへ行くの?」

「それは、まあ。・・・・・・追々話します」

「ちぇー今でもいいのにー」


 話してもいいのかもしれない。でも、ここで話せば二人とも一緒に来そうなので教えない。少なくとも二人には、木海月刑事が到着するまでこの場に残り、事情を説明してもらいたいのだ。


 腐っても天宮は主人公だった人物。

 二人いないと対応できないほど、腕っぷしが強いかもしれない。

 僕はこの場に残っても戦力にはならないし、僕が藍乃家へ向かった方がいい。


「すいません。でも何かあったらすぐ連絡しますんで」

「言ったかんね? 絶対だよ」

「勿論、約束は守ります」

「天宮先生への約束は破ったのに」


 うわ、グサッと刺さる。綺麗に論破されてしまった。


「も、もし電話で四回コールかけても出てこなかったら、何かあったと考えてください」

「LINEじゃなくて電話の方がいいのか?」

「僕、気づかないこと多いんで」

「たしかに、既読つくのすんごく遅いよねっ」

「わかった。電話で四回コールでも出なかったらな? そんときゃ、木海月刑事にでも知らせるさ」

「ありがとうございます」


 そう言い残し、僕は演技指導室を出た。

 目指すは藍乃の家だ。

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