第三章 元・物語主人公/藍乃夫妻 ~5~
5
計画実行の前日。
僕と
「二人とも待ってたよーっ。ささ、早く入って!」
茨咲さんは玄関を開けると、溌剌とした笑顔で出向かえてくれた。太ももが見えるほど短いデニムのパンツに、肩出しの白いブラウス。クリアネイルが陽の光に反射し綺麗に映った。ドキッとしてしまう反面、彼女の性格を考えると、どこかしっくりきた。
一方原良先輩は、空いていたピアスは外しており、髪も黒に戻っていた。年季の入ったスニーカーに少しダボっているジーパン、ごちゃっとした柄物ではなく、ゆるりとしたグレーのニット。首にはチェーンネックレスをかけており、ダウナーな感じがとても新鮮だ。
僕らは茨咲さんに案内されるまま、家へ入る。
どうやら茨咲家の両親は、どちらとも遠出の仕事(という名目の旅行)らしく今は留守とのこと。
そのため今は、この豪邸を一人と使用人とで切り盛りしているらしい。
流石は金持ちだと思った。住んでいる世界が違う。
茨咲さんに誘導されるまま、一般的な部屋の一・五倍ほど広い部屋に入った。
女性の部屋など小学生以来入ったことがなかったため、少し緊張する。だが、数分もしないうちに慣れた。言っては失礼かもしれないが、女性感があまりないのだ。ベッドにはぬいぐるみが置いてあるものの、部屋には陸上部だった頃に獲ったであろう、優勝トロフィーやメダルや賞状が飾られていた。その他は、勉強するだけの教材や小説などが本棚に置いてある。
どこか中性的な部屋だった。
「お前・・・・・・よくそんな恰好で来れたな」
原良先輩が言うと、僕は視線を下に落とした。
僕が着ている白色のパーカーには『IT`S A SMALL WORLD』と、黒文字でデカデカとプリントされている。どこからとは言わないが、多方面から怒られそうな服を着ていた。
「古着屋で買ったんです。他の服もあるけど、今はこれしかなくて」
「他にももっとこう、あっただろう」
「珍しいですね。先輩がたどたどしくなるなんて」
「お前のセンスのなさに引いてんだよ。一緒にいて恥ずかしい」
酷い言われようだ。
だが裏を返せば、言われるほど仲が良くなったということだ。
「お二人さんっ。はい、紅茶とクッキーね」
お盆をテーブルの上に置きながら、茨咲さんはベッドへ座った。
僕たちは紅茶を飲みながら今後のことに話す。
「それで、一週間過ぎたが計画はどうするんだ」
「そうだねー、計画実行って言っても、なるべく早い方がいいよね」
「だろうな。悠長にしている暇はないし、待ちの姿勢は好機を逃すかもな」
原良先輩はクッキーを食べると、鼻で溜息を吐く。
当初目標として設定していた期限はとっくに過ぎている。事態は好転していないわけではなく、虎視眈々と準備はしてきたのだ。ただしかし、その設定していた期間は準備をするだけで終わった。実行までして目標達成だったのだ。
設定した目標を達成できなかったことで、僕らは少し焦っていた。
時間はまだあるが、気持ちが前のめりに行き過ぎたのだ。
「やるとしても明日か明後日か。時間が過ぎれば、茨咲さんや先輩に仕掛けてもらったタネがバレる可能性が高くなる」
「うちは明日でもいいと思うなー。準備はもう整っているわけだし」
「俺もノアに賛成だ」
「と言うことは、明日決行ということで」
すんなりと話がまとまってしまった。もっと長い議論が展開されると思っていたので身構えていたが、実際そんなことはなかったらしい。
「それよりよぉ、
「なんです?」
「あの
「あっそれ! うちも思った。中々のイケメンだったねっ」
二人の視線が僕へと集まる。
実は言うと、茨咲さんと原良先輩には、木海月刑事と一緒にあることをしてもらった。天宮は僕と対面したときも、まったくではないが信用はしていない様子だった。どこか疑いの目を僕に向け、完璧には信用せずに一定の壁を張っている感じ。その壁を打ち破ることはできないと判断したので、天宮がいる演技指導室を少しばかりイジってもらった。
僕は僕で、あの人たちの生活習慣を観察する必要があった。
そのため、二人には僕抜きで木海月刑事と協力してもらった。
「僕らとは違った路線の同志です。木海月刑事は僕の取調べの担当だったんです」
「その繋がり、だけか?」
「だけです。同志という点が含まれますが」
互いの視線が交差する。親睦が深まったとはいえ、ヨっ友以上友人未満だ。彼もまた、疑いの心を忘れていない。
「でもよくあんなこと思いついたね。現役の刑事さんと一緒にあんなことするなんてビックリ。バレたらうちら全員、お役御免になっちゃうかも」
茨咲さんは眉尻を下げながら唇を尖らせた。
多少の不安は拭えないらしい。
「大丈夫ですよ。何かあってもあの人がもみ消してくれます」
何の気休めにもならないと思うが、言うだけ言ってみた。
「本当にな。刑事を足に使うとか、正気じゃねえ」
「持ちつ持たれつの関係なので。いい人なので、僕らの頼みごとを聞いてくれたんですよ」
「あんなことをしておいて、いい人なんて言うか」
阿保らしいと、口角を上げて鼻で笑う。
その表情を見るに、まんざらでもない様子。きっと楽しかったのだろう。
原良先輩は紅茶を一口飲み、真剣な表情に戻った。
「で、実行するのは兎音、お前でいいんだよな?」
鋭い眼光を受けながら、僕は頷く。
「ええ。皆さんが働いてくれた分、僕も働きますよ」
「本当に大丈夫? 重要な役だけど・・・・・・代わりにうちが、やってあげてもいいよ?」
「お気遣いありがとうございます。でも、僕にやらせてください。絶対成功させて見せますよ」
僕は覚悟を決めて、そう言った。
失敗したら二度目はない。失敗したら二人の将来が潰れる。失敗したら木海月刑事からの情報も途絶える。プレッシャーを跳ね除けるようなメンタルは持っていないけど、やれることは全部やる。そして、藍乃の死の真相に近づいてみせる。
堅く意思を固め、拳を握る。
「それだけの啖呵を切れるんじゃ、大丈夫そうだな」
「だね・・・・・・。応援してるよっ、兎音くん!」
「はい。任せといてください」
「明日のいつ頃に攻めようと思っているんだ?」
ピアスが空いていた場所を触りながら、原良先輩は訊ねた。
「正午です。明日のその時間なら、演技指導室にいるとわかったので」
「ふっふっふ。うちのおかげやね」
「感謝してもしきれませんよ。――あの、すいません。トイレ借りてもいいですか?」
「部屋を出て右に曲がった、階段の先にあるよー」
「ありがとうございます」
僕は立ち上がり、扉を開けてトイレへ向かう。
通路も割と広いし、どこに居ても窮屈に感じない。でも何だか落ち着かない。
ひとしきり感想を抱きながらトイレへ入る。
スマホをポケットから取り出し、僕は木海月刑事へと連絡を入れた。
「木海月刑事。今大丈夫ですか?」
『問題ないよ。どうかしたかい?』
「明日の正午に、
『・・・・・・そうか。失敗はしないように、気張りなよ』
「はい。それで例の件は・・・・・・」
『大丈夫だよ、問題ない。でも信用していいんだよね?』
「はい。間違いないです。絶対あいつらが、
『そうか・・・・・・、相棒バディだからね。信じるよ』
「もしものときは、僕の尻拭いをお願いします」
『やるだけのことはやるさ。君が成果を上げるのを楽しみにしているよ』
僕はスマホを耳から離し、通話ボタンを切った。
覚悟は決まった。
あとは――為すべきことを為そう。
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