名のない、ものがたり  ー死んだ主人公と語り手のぼくー

白色はとこ

序章  おわり/エピローグ



国民は皆役者であり、物語を紡ぐため、尽力しなければならない


物語の開始、進行、終結に伴い物語と関わりなくしてその進行を妨げてはならない


物語に関わる者すべて、役としての責務を負い、全うしなければならない


物語における役者すべては、物語が終結するまで役を全うしなければならない


各都道府県及び市町村は、物語の展開に合わせた環境、設備を整えなければならない


物語終結後は、期間3カ月以内を旨に、速やかに次の物語を紡がなくてはならない


物語において、■■行為、■■■■行為、■■■■行為を許可する






序章  おわり/エピローグ




『この物語はフィクションではありません。実在する人物や団体などが物語を紡ぎます』


 本来であればこの注意書きは間違っている。

 これでは注意書きでも何でもなく。正しくは、


『この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません』


 これが一般的に知られている正しい注意書きだ。しかし、不思議にも―― 不可思議にも ―― 摩訶不思議なことだが、案外今の世界は前者の注意書きがまかり通るのだ。


 どういうことか?


 簡単に説明するのならば、現実に物語は存在する。そして主人公とその他キャラクター が物語を進行するために動いている。小説家ジョン・バースは『誰だって、自分の人生という物語の主人公なんだ』という言 葉を残している。素敵だ、一歩を踏み出す勇気をくれる。個々人によって人生のスタート やゴールは違うし、ゴールに至るまでのプロセスも十人十色。世界人口約七十九億人それ ぞれが違う人生を歩んでいる。自身の人生、己が主人公だ。そう強く想わせてくれる。力強く背中を押してくれるような、そんな言葉。しかし現実に物語が存在している以上、己の人生は物語のためにあり、主人公は依然変 わりなく物語の主役が担当する。


 つまり?


 今を生きる人は役を演じるキャラクターであり、ほんの一握りの者だけが物語の主要人 物となれる。選ばれなかった者は端役として、その人生を歩む他ないということ。残酷で無慈悲で非情なことだが、これが現実だ。 そんな世界で、また一人。物語の主人公が生まれた。


『物語名:不明/なし』

『主人公:藍乃英雄あおのえいゆう


 物語史上、一番あっけなく。衝撃的で。期待を裏切り。あってはならない。最悪な終わ りを迎えた物語。・・・・・・いや、訂正しよう、これは物語ですらない。 そんな物語ですらない物語を――


『語り部:水扇兎音 すいせんとおと

 

 この僕に語らせてほしい。






 事が起きたのは私立英雄譚しりつえいゆうたん高等学校。何気ない日常の中、校内中に響いた―― 重々しく、鈍く、砕けるような音が事件の始まりだった。


 主人公が自殺したのだ。今までの歴史の中でありえなかったこと。

 あのときのことは鮮明に覚えている。


 窓の内から外を眺めていると黒い影が真下に落ちてきた。最初は鳥だと思った。一直線に急降下する鳥。しかし音と共に鳥でないことを直感で理解した。とてもじゃないが下を覗く勇気も度胸も、僕は持ち合わせていなかった。下を見てしまったら、何かが終わる気がしたから。だが窓側に座っているクラスメイトが下を覗き、絶句しているのを僕は見た。直後に女生徒の甲高い悲鳴が教室に響き渡る。女子生徒は涙を流しながら頭を抱えている。先生は女子生徒の傍に近づき、窓とカーテンを閉め、外を覗かぬよう注意した。しかし興味を持った男子生徒は、カーテンの向こう側に広がる光景を目撃すると、近くのいる人にそっと知らせた。


「生徒が飛び降りた」


 事を理解するには十分すぎる情報だった。それと同時に嫌な予感もした。それは僕にとって唯一の―― たった一人の友人である藍乃英雄のこと。


 それは昨日の出来事。


 藍乃は顔色、声色はいつも通りだったが、表情や瞳の奥は絶望という名の二文字に浸りきっていた。あのときは気のせいだ、そう思い普段と変わらず話していたが、やはり違和感はあった。想像も、思いも、考えたくもないが、もし下に落ちた生徒が藍乃だとしたら、昨日の言動の真意も理解できる。


「なあ、ひょっとして、あれって主人公の藍乃さんじゃないか?」


 先生が呟く生徒を窓側から引っぺがし、大声で注意する。


 僕は勢いよく教室を飛び出し、先生の声を無視し、ただ一直線に屋上へ向かう。屋上に到着したときには既に彼女の姿はなく、フェンスの傍には靴と鞄―― そしてペンダントが置いてある。それを見て僕は、本当に藍乃が自殺したのだと確信した。


 何故ならそのペンダントは、昨日僕が主人公になった藍乃にプレゼンしたものだから。


 僕はゆっくりと鞄に近づき、座り込み、呆然とした。鮮明には覚えていないが、過去の思い出に浸り、楽しかったあの頃の日々を思い出していたのかもしれない。そして後方から扉の開く音が聞こえた。僕は振り返ることなく、抵抗もすることなく取り押さえられた。



 ここからは、主人公の物語。

 物語が始まる前に幕を閉じた主人公の物語。

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