双子の猫娘姉妹をお世話する話

田舎の人

猫娘姉妹襲来ッッ!!

 田舎から上京して2年が経った。

 特にやることもないので、今はベッドの上で漫画を読み耽っている。


「明日から仕事かぁ……」


 今日は日曜日。憂鬱な日曜日だ。

 仕事が嫌いなわけではないが、明日からまた5連勤が始まると思うと溜め息が漏れる。


 一昔前のバトル漫画を熟読していると、唐突に部屋中へ呼び鈴が鳴り響いた。

 俺は漫画を机に置いて、ユラユラと玄関へ向かう。


「はいー……」

「居たぁ!」

「この声……間違いないです……!」

「だよねぇ!」


 扉の向こうから聞こえてくる無邪気な声。

 あぁ、きっと危ない人が訪ねて来たのだろう。早く追い返そう。


「ちょっと心当たりないですねぇ……」

「覚えてないのー!? タマだよー!?」

「シロです……! ご主人様……!」

「タマ……シロ……?」


 俺はその名を必死に記憶の中から探る。

 だが、知り合いにそのような名前の人物は居なかったはずだ。


「あっ……!」


 いや、居た。人間ではないが、確かにその名前を持つ生物と関わった記憶がある。

 去年の正月に実家の近くで遭遇した野良猫にそんな名前を付けた気がする。


「本当にタマとシロなのか……!?」

「うん!」

「そうです……!」


 何かが起こっている。俺の想像を遥かに超える出来事が目の前で起こっている。

 俺は震える手で鍵を開け、ドアノブをゆっくりと捻った。


「うおおおおぉ!」

「近所迷惑だから叫ばないでくれぇ……!」

「そうですよ……! お姉様……!」


 早く2人を中へ入れないと苦情が来てしまう。

 静寂と喧騒の境目にあった壁が一気に取り払われた。


「マモルウゥッッ!!」

「ご主人様……!!」

「うおぉ……!?」


 その瞬間に押し入ってくる見たこともない見目麗しい2人の少女。

 俺はその波によって居間まで流されてしまった。


「会いたかったぁ! ねね! 何する!? 何して遊ぶ!?」

「会えて良かったです……! あれから色々あってこんなことになっちゃったんですけど……!」

「鬼ごっこしたい! めちゃくちゃ楽しいんだよ!? 私強いよぉ!」


 黒いセーラー服に身を包んだ少女達に捲し立てられる。

 彼女達の美しい白髪が黒い制服の上で際限なく揺れている。


「ちょっ……ちょっと待って……!」

「ん! どうしたの!」

「タマとシロ……なんだよな……!?」

「はい……!」

「私がタマ!」


 ドンッと胸を張って太陽のように眩しい笑みを浮かべるタマ。

 黒メッシュが混じった短い白髪に蒼色の丸い瞳がとても可愛らしい。


「頭に黒い水玉模様があるからタマって名前にしたんだったな……」

「うん! 水玉じゃなくなったけど!」

「そうなると……君がシロ……?」

「あ、はい……シロです……」


 一点の曇りもない真っ白な長髪が目の前で垂れる。

 蒼色の右目と紅色の左目を携えた双眼が俺をジッと見つめてくる。


 シロは少し引っ込み思案な所がある子だった気がする。

 どうやら今でもそれは変わらないらしい。


「どうして人の姿に……?」

「いつの間にかなってた!」

「目が覚めたらこの姿に……」

「なるほど……原因は分からないってことか……」


 一体どうしたものだろう。

 俺は低く唸りながら天井を見上げた。


「あの……ご主人様……」

「ん……? どうした……?」


 冷蔵庫を夢中で漁っているタマを横目で捉えながら、シロはバツが悪そうに口を開いた。


「ここに住ませてくれませんか……?」

「ここに……?」

「はい……」

「2人を……?」

「そうです……」

「狭いよ……? 我慢出来そう……?」

「構いません……」

「それならいいけど……」

「あ、ありがとうございます……!」


 ちょうど人肌恋しいと思っていた頃だ。

 それにここまで頼まれてしまっては断るわけにはいかない。


「はひはほぉ!」

「うん……いいよ……」


 タマはロールケーキを頬張りながら居間へ戻ってきた。

 後で食べようと思っていたロールケーキがタマの餌食になってしまっている。


「すいません……ご主人様……」

「真守でいいよ……ご主人様なんて柄じゃないし……」

「じゃあ……真守さん……」

「うん……それがいいかな……」

「分かりました……」


 深く頭を下げるシロと、黙々とロールケーキを食べているタマの前へ俺は手を伸ばした。


「それじゃあ……これからよろしく……」

「は、はい……!」

「ふもっ!」

 

 初めて2人と熱い握手を交わす。

 絹のように柔らかい感触が俺の手を優しく包み込んでくる。


「困ったことがあったら何でも言ってくれ……」

「はい……!」

「お腹空いたぁ!」

「何が食べたい……?」

「えっとねぇ! これ!」


 机の下からパックに入った秋刀魚を取り出すタマ。

 それを見たシロは申し訳なさそうに目を泳がせている。


「じゃあ……半分ずつにしようか……」

「え〜!」

「あ、私は大丈夫ですよ……」

「あ、そう……?」

「はい……お腹減ってませんから……」

「それじゃあ……お握りでも作ろうか……」

「お願いします……」


 シロはタマに気を遣っているようだ。妹なのだから仕方がないのかもしれないが、少し不憫に感じてしまう。


 そんなことを思いながら昼食の支度をしていると、タマがニコニコと微笑みながら後ろから抱き付いてくる。


「マモルー!」

「どうしたぁ……?」

「撫でてぇ!」

「よしよし……」


 艶のある鮮やかな白髪に掌が柔らかく埋もれていく。

 タマは瞳を閉じて気持ち良さそうに頭を振っている。


「ん〜……!」

「ほら、昼飯作るから向こうに行っててくれ……」

「分かったぁ!」


 タマは子供のように純粋な笑顔を振り撒きながら居間へ戻っていった。

 天真爛漫で明るい所がタマの長所なのだろう。そんなことをふと思った。


「よし……出来たぞぉ……」


 焼き上がった秋刀魚と、拳ほどの大きさのお握りを小さな机の上へ並べる。


「いただきまぁす!」

「いただきます……!」


 タマはフォークを使って秋刀魚を頭から貪り始めた。

 それに対してシロはお握りをチビチビと齧っている。


「骨危ないぞ……」

「ちゃんと外してるよー!」

「ならいいけど……」

「ほらぁ!」


 その瞬間、まるで吹き矢のようにタマの口から小骨が連射される。

 白い弾丸は全て皿に命中し、心地良い音を醸し出した。


「行儀悪いぞぉ……」

「えへへぇ!」

「褒められてないです……お姉様……」


 昨日まで静寂に包まれていた家がほんの少しだけ賑やかになった。

 彼女達の為に俺も明日から頑張ろうと思う。


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