旅人書房と名無しの本(宝石編)

Kurosawa Satsuki

宝石編

旅人書房と名無しの本(宝石編)



目次

1、ガーネット

2、ルビー

3、エメラルド

4、オパール

5、アメジスト

6、ラピスラズリ


あらすじ:

旅人書房宛に届いた茶色の小包。

しかも、六つもある。

また、星空出版社からだ。

いつも通り、封を開けて中身を確認する。

今度は、単行本くらいの大きさの本だ。

本の表紙には、種類が違う手のひらサイズの宝石が、一つずつ埋め込まれていた。

表紙はどれも全体的に黄ばんでいて、

刃物で故意にきずつけたような傷が幾つもある。

もちろん、前回と同様に、

著者の名前は何処にもない。

著者の仕業なのかは分からないが、

恐らく、これらは全て同じ人間が書いたものだろう。

とりあえず、これらを読んでみることにする。



ガーネット:

金木犀の香りが辺りに漂う季節、

私は、コンビニで買ってきたロコモコ弁当を意地汚く頬張る。

父は今日も帰って来ない。

母は熊の胸の中にいる。

無造作に転がっている女物の下着。

私は、母の不在に安心する。

我儘な母の面倒を見るのはもう嫌だ。

汚い部屋で食べる弁当は不味い。

食べた物をトイレで吐く。

やがて、食べることすら億劫になる。

アレを見た日から、

ずっと過食と拒食を繰り返している。

アレを忘れるために、アレから逃れるために、

色んな手段を使って自分を傷付ける。

ドラッグストアで購入した薬瓶の中身は、

一晩で空になった。

何かに縋りたいが、

縋れるものを未だに見つけられずにいる。

最近は、全然眠れない。

目を閉じる度に、アレが脳裏をよぎる。

ここまで来るのに、多くの代償を支払った。

嗚呼、いつになったら終わるんだ…




ルビー:

目を覚ますと、見慣れない天井があった。

右腕には、点滴用の針が刺さっていて、

ここが何処であるかは直ぐに分かった。

どうやら、私は失敗したらしい。

とりあえず、これまでの経緯を振り返ってみる。

……

最初に自分が普通じゃないと知ったのは、

小学四年生の夏。

母親に連れられて、小さな病院に行った時だ。

医師から言われたのは、

自閉スペクトラム症という病名だった。

発達障害の一種で、病気と言っても生まれつきの特性だから、本人の努力で良い方向に変えられると、担当医に淡々と説明された。

身も蓋もない話だ。

どうにかなってないから、ココに来たのに…。

それから、こんな私が変われる訳もなく、

学校でも、相変わらずクラスに馴染めないまま孤立した。

自分への心無い言葉が飛び交う中、

私は、ただ黙って聞こえない振りをすることしかできなかった。

両親に本音を言っても分かって貰えず、

そんな両親は私の事で喧嘩するばかり。

二人とも心に余裕がないんだと思う。

きっと、私のせいだ。

そんなんだから、いつか限界が来るわけで、

私は、まともに食事を取らなくなって、

食べ物を口に入れても直ぐに吐いてしまう。

どこからともなく、

私への悪口も聞こえるようになって、

そして、気づけばココにいた。

昨日までとは打って変わって、

ココでの生活は平和だった。

私を傷付ける人は一人もいないし、

廊下でよく会う他の患者さんも、

面倒を見てくれる看護師さんも、

みんな優しかった。

担当医と何度も会話を重ね、

二日後に、

自律神経の乱れによる統合失調症と診断された。

しばらく入院しないといけないと言われた。

私は、担当医の言葉に黙って頷いた。

時々打たれる注射は嫌だけど、

外の生活よりは遥かにマシだった。

私にとってココは、初めて貰えた居場所だった。



エメラルド:

何処に居ても差別はある。

何年経っても無くならない。

形を変えて言葉を変えて、

胸ぐらを掴まれる。

復讐劇は終わらない。

百年経っても睨めっこ。

睨み合っても、互いにやってる事は同じ。

だから、いつまで経っても変わらないんだ。

勝手に比べられる辛さを、

私は誰よりも分かっている。

笑いのネタにされた憤りを、

私は誰よりも感じている。

侮辱されたあの日々は、

今でも鮮明に思い出せる。

狂ったように涙を流して、

そうやって生まれた憎しみがそれを物語る。

割り切ればいいのか?

仕方ないと諦めるか?

戦争が終わってからも、

アイツが悪いコイツが悪いと、

罪を擦り付けあって勝者が正義を語った。

その後の時代に生まれた子供達が、

言われのないことを言われ、迫害を受け、

そうやって育った中で自分が恨む側になり、

憎しみがやがて戦争の火種となった。

それだけじゃない。

子供の虐待とか、凶悪犯罪とか、

世の中が平和になっても不幸にする人間や不幸になる人間が必ずいて、

結局、どの時代でも終わらない悲劇ばかりを見る。

正義の元に、私たちは人を傷つける。

正義というのは、この世界で一番便利な言葉だ。

学ばないとかの問題じゃない。

これは、人間の本能なんだ。



オパール:

私は、透明が好き。

無個性な私にはピッタリな色だから。

実家を飛び出して一人暮らしを始めてから、

透明な家具や食器を買い集めて、

それらを眺めながら癒される。

洋服も、パステルカラーやアイシーカラーを基調としたものを好んで着ている。

透明色にハマったきっかけは、

透明をコンセプトにしたBARだった。

「いらっしゃい」

お淑やかな声に歓迎され、

カウンター席に腰を下ろす。

客は、今のところ私しかいないようだ。

辺りを見渡すと、椅子やテーブルのみならず、

壁や天井も白一色に染まっていて、

全体的に明るい雰囲気で私は一瞬でこの空間が好きになった。

マスターの後ろにある棚には、

透明水彩のような色とりどりの瓶が、

横一列に置かれていた。

マスターは年配の女性で、

初対面だというのに、酔い潰れていた私に温かい水をくれた。

「少しは落ち着きましたか?

さぁ、今夜は何にしましょう?」

水色のメニュー表を開くと、

カクテルの他に、アロマキャンドルをプレゼントしてくれるサービスもあるようだ。

私は、一番最初に目に付いたオパールというカクテルを注文する。

限界まで磨かれた埃一つないグラスに注がれて出てきたのは、

鉱物のオパールをモチーフにした透明な液体。

シンプルな名前だが、

中の銀箔が舞っていて、

その名に相応しいほど神々しい。

「気に入って頂けましたか?」

「はい、とても」

私は、グラスの中身を一気に飲み干した。

すると、口の周りが仄かにラベンダーの香りに包まれて、幸せな気持ちになった。

そうこうしているうちに、終電の時間が迫っていることに気づき、大慌てで帰り支度をする。

お会計は七百円。

オリジナルカクテルにしては値段が安かった。

サービスで貰えるアロマキャンドルは、

ラベンダーの香りがするものを選び、

私は急ぎ足でBARを出た。

…………………………………

私は今、廃ビルの最上階にいる。

楽しい妄想は、これでおしまい。

制服姿の女子高生が、

こんな人気のない所にいたら、

間違いなく変な奴に襲われる。

けど、もう関係ない。

今から私は、全てを捨てるのだから。

「なんだ、先客か…」

振り返ると、スーツ姿の男が一人。

襲われるかもと思ったけど、

どうやら、そういう事ではなさそうだ。

「お前もか」

「…」

私は、俯きながら頷く。

「悪いが他を…」

私は涙を堪えきれず、その場で泣き崩れた。

色んな想いが、忘れようと努力していた思い出が、頭の中を一気に駆け廻る。

笑えもしない日々が、嫌というほど鮮明に蘇る。

「そうだよな。

君は十分頑張った。

ボロボロになるまで戦ったんだ」

私は、男に優しく抱きしめられた。

男からは、下心を感じなかった。

男の瞳から涙が零れた。

この人もきっと、苦しかったんだ。

誰にも言えない事や言っても理解されない事が沢山あって、それでも、周りからは強さを求められて、独りで泣いて、独りで戦って来たんだ。

子供の私以上に、きっと過酷な日々を生きてきたんだ。

「悪いが、死ぬなら他をあたってくれないか?

俺は、ここがいいんだ」

私は頷き、立ち上がる。

この場所は、男に譲ろうと思う。

私はまた探せばいい。

そうだね。

もう少しだけ、生きてみようか。



アメジスト:

日に日に、足取りが重くなる。

周りの雑音が、私への誹謗へ変わる。

息苦しい。

消えたい。

逃げ出したい。

そういう言葉が、頭の中で反芻する。

子供の頃とは違う仲間はずれ。

大人特有の残酷な一面。

正義の元に、弱い者を蹴落す。

助けてなんて言えない。

「自己責任だろ」

どいつもこいつも、心無いやつばかり。

余計な事を考えながら、私は満員電車を降りた。

私はふと、職場の前で足を止める。

この先にはアイツらが居る。

深呼吸して、また歩き出す。

「おはよう…ございます…… 」

事務所に入り、力のない声で挨拶をする。

誰も私に目もくれない。

私は、安堵のため息をつきながら自分のデスクに向かう。

パソコンを起動し、

いつも通りにタスクをこなす。

恐らく、今日も残業する羽目になるだろう。

大丈夫、私はまだ頑張れる。

自分に喝を入れて、再び画面に向き直る。

気づけば、午後二時を過ぎている。

昼食はまだ食べていないけど、

お腹は空いていないから、このまま続行。

「これじゃ駄目、やり直し。

お前さ、何度言ったら分かんの?

子供じゃないんだから、いい加減仕事覚えろよ!」

「すみません…今日中に直します…」

「お前さ、周りに迷惑かかってんの分かってる!?」

「はい、すみません…」

昨日から徹夜して完成した企画書は、

憎たらしい上司によって破られた。

それでも私は、深々と頭を下げる。

泣きそうになるのを堪え、

上司の怒号に必死で耐える。

私の後ろで、同僚たちの笑い声が聞こえる。

私が全部悪いのか?

私さえいなければみんな幸せなのか?

私が生まれたのは間違いだったのか?

私さえいなければ。

私さえいなければ。

そこからの記憶はなく、

いつの間にか、自宅の玄関の前にいた。

手が震えて、鍵穴に上手く鍵を差し込めない。

自分の意思を無視して頬が引きつる。

笑いたいわけじゃない。

地面に溢れ落ちる涙。

その場で崩れ落ちる私。

悔しい、ただただ悔しい。

こんなはずじゃなかったという思いが、

私の脳内を一気に埋め尽くす。

私は、私は、私は、私は……。

嗚呼、やっぱり私じゃ駄目だったのかな?



ラピスラズリ:

人間を辞めて、猫になりたい。

猫は良い。

私よりも自由だから。

無条件に愛されるから。

やっぱり、飼い猫よりも野良。

飼い猫の方が幸せなのかもしれないけど、

毎日のように飼い主のご機嫌を取るのは嫌。

確かに、野生の世界では常に恐怖と隣り合わせ。

弱肉強食で、弱いものから居なくなる。

けど、それは人間社会でも同じ事。

私は、誰かの思い通りな生き方はしたくない。

どんなに孤独でも、

どんなに生きるのが苦しくても、

私は私として、自由でありたい。

…………

キーボードから手を離す。

時計の短針は、数字の二を指している。

外は真っ暗で、静寂に包まれている。

涙が、ゆっくりと頬を伝う。

虚しさで心が締め付けられる。

震える手で、安酒を一杯。

必死で生きたあの頃を懐かしみながら、

またキーボードに指を置き、物語の続きを書く。

何やってんだ私は。

こんな薄っぺらい綺麗事を書いて、

なんの意味がある?

とか言いつつ、夢中になって書いている。

これが最後だ。

そう思いながら書いても、

しばらくしたら、また続きを書いている。

私は、野良猫のように自由になれただろうか?

話す相手もいないから、

こうして自問自答を繰り返す。

お酒が足りない。

またコンビニに行かないといけない。

今の私に、そこまでの気力はない。

今度は、冷蔵庫にあった缶ビールを開ける。

これで最後、これで最後。

飲酒も、創作も、人生もこれで最後。

でも結局、寝て起きたら振り出しに戻り、

また同じ事を言ってる。

吐いても、吐いても飲んでいる。

コレがないと私は……

\ピンポーン/

自傷用のカッターを取り出そうとしたところで、

私の部屋のインターホンが鳴る。

玄関の前で耳を澄ませるが、返事は帰って来ない。

イタズラか、私の勘違いだろうと思いながら、

覗き穴で確認すると、

首から上がないスーツ姿の男がいた。

私は、なんの躊躇いもなくドアを開ける。

なんなら、襲われてもいいとさえ思った。

「初めまして、相談員の樋口(ひぐち)と申します。

寒いので、中へ入れて貰えませんか?」

「要件は?」

「貴女の今後について話したいのです」

私は、相談員と名乗る男を無言で招き入れる。

昔ながらのちゃぶ台を挟み、

互いに向かい合って座る。

「それで、何処から来たの?」

「あの世から来ました」

「何それ?」

「単刀直入に申し上げますと、

今日中に、生きるか死ぬかを貴女に選んで頂きたいのです」

男はそう言いながら、一枚の黒い紙を私の前に差し出す。

紙には、白いインクで書かれた質問事項が、

上から下までびっしりと載っている。

「私に死ねというの?それでもいいけど」

「ですから、

その黒い紙に貴女の意志を示して下さい。

今まで通り生きるか、

このまま死ぬかは、その後決めます」

「分かった」

相談員の癖に、要求ばかりしてくる男に呆れながらも、男の希望通り、黒い紙にある空欄を埋めていく。

そして、書き終わった黒い紙を男に渡す。

「そうですか…」

黒い紙を両手で広げ、

低い唸り声を上げながら首を傾げる男。

私の回答に不服なのか?

「分かりました。

では、診断結果は後日お知らせします。

今日は、ありがとうございました」

それから三日後、

あの男から一通の手紙が来た。

見た事ある黒い紙には、白いインクで、

“二年後に交通事故で。” とだけ書かれていた。

来世は、自由な猫になれるだろうか?

私は、嬉しくて笑った。





END


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旅人書房と名無しの本(宝石編) Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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