第1話 エウフェミア

 「止められなかったわ……」


 元魔王メイナードの派閥の中でも古参に近い者たちは、主君が変わった後もメイナードの志を継ごうと奮闘していた。

 だがそれでも、現魔王の勝手気ままを諌めることは出来ずに今に至る。


 「こんな時、姉上がいれば話は別なのでしょうけれど……」


 メイナードの腹心、エウフェミアは大きなため息をついた。

 それに合わせて狼を思わせる耳も、ペちゃんと倒れた。


 「ヴァレリアのクソッタレはその大恩を忘れ閣下を裏切りおった。その名前を出されると妾は不快になる」


 真祖の吸血鬼ファジュラは胸元が大きくはだけた服を着直しもせずに、不機嫌そうな表情を浮かべた。


 「勿論、私も姉上をこのままにして置くつもりはありません。でも今の私に出来ることなど何も……」


 メイナードが追放された後、その派閥を懸命に纏めて来たエウフェミアも最早、限界が近づいていた。


 「お主、閣下のいる場所はわかっておるのじゃろ?」

 「そ、それはもちろん。閣下は今、人族の辺境におられます」

 

 エウフェミアの言葉にファジュラは、何が面白いのか笑いだした。


 「狂姫とまで呼ばれた戦狼族のお主が、魔王一筋で魔王の身体に探知魔法まで刻んでおるとはな……いやはや面白い」

 「そ、それは……!!」


 エウフェミアは否定することが出来ず、顔を赤らめるばかり。

 

 「……だって……片時も離れたくないじゃないですか……それに他の娘に取られたくないですし……」


 人族を何度も窮地に立たせてきた戦狼族の中でも抜群の戦闘センスを持つエウフェミアの今の姿は、まるで恋する乙女だった。

 少しばかり度が過ぎるのは置いておくとして……。


 「ならば、お主は閣下の元に行けばいい」

 「他の者達をおいて私一人で行くことは出来ません!!」


 今もなお派閥に残っている魔族たちは、誰もがメイナードを帰還を信じていた。


 「もしも閣下の身に何かあったとして、惜しくも身罷られたとき、妾たちは何処へ参ればよいのじゃ?」


 頑なに派閥の仲間と行動を共にしようとするエウフェミアの背中をファジュラはそっと押した。


 「何もお主は抜け駆けするわけではない。皆の希望を、居場所を守るために行くのじゃ!!」

 「ファジュラ……貴方の分まで私は閣下を愛します」


 せっかくの感動的な雰囲気は、その一言でぶち壊しだった。


 「やっぱり今のは無しじゃ!!お主、抜け駆けするつもりじゃろう?」

 

 ◆❖◇◇❖◆


 「バージル殿、貴殿は腕の経つ回復術師だと聞く。これから我が領軍は国を守るべく最前線へと向かう。戦場では多くの者が傷を負うだろう。すまないが、同行してもらえないか?」


 魔王軍による人族国家への侵攻が始まってから数日、俺は診療所のある辺境、ヴュルムの領主であるベッフィンゲン伯に呼び出されていた。


 「軍医殿ではダメなのですか?」


 軍隊には医務を専門とする軍人が在籍していて、それは領軍も同じはずだった。


 「アレはアテには出来ない、というのが本音だ。それに兵たちにはできる限り、傷を負って欲しくない。だが今回は状況がそれを許さない。だからこそ貴殿の手を借りたいのだ」


 魔王軍の実力派、俺自身もよく知るところであり、何より戦争になったのは玉座を守り通せなかった俺の責任でもあるわけで……。


 「そうであれば引き受けないわけにはいきませんね。やれるだけのことはやらせてもらいましょう」


 領主がわざわざこうして俺に頭を下げている以上、断るわけにもいかず―――――


 「本当か!!いやはや有難い!!」


 ベッフィンゲン伯は俺の手をむんずと握ると、ブンブンと上下に振った。

 どうやら人族の握手は強引なものらしい。


 話が一段落したタイミングで、部屋の外が騒がしくなった。


 「な、何をするか!?」

 「その女を通すなぁ!!」

 「退いて!!【拘束バインド】!!」

 

 扉越しに聞こえた声は、以前までよく聞いていた声だった。

 ドカンッ!!と蹴り空けられた扉の向こう、フードを目深に被った腹心がいた。


 「陛下、エウフェミアは陛―――――もごもご……何するんですかぁ!?」

 

 咄嗟にエウフェミアの口元を手で押えたが、もう遅かったか……?

 シーンと静まり返った室内――――疑いの目が向けられた。


 「なぁ今、エウフェミアって聞こえなかったか?」

 「エウフェミアって……あの狂姫か……!?」

 

 これは手遅れか……。


 「陛下の手が私の口元に……もうコレ間接キスなのでは!?ぺろぺろ……」


 何で俺の居場所がバレてるんだよ……という疑問は一旦置いておいて、この状況はマズイな……。

 

 「エウフェミア、お前は自分がおかれた状況分かってんのか?」


 顔を赤らめながら、俺の指に舌を這わせる変態エウフェミアに俺の言葉は届いていないらしい。

 

 「聞いてくれ。コイツは怪しい女じゃない」


 こうなったら適当に言い逃れるしかない!!


 「俺はここに来る前、魔族と人族との領境にいた。コイツはその時に救った女だ。そしたらこのバカは、一生俺に仕えるとか言い出してな陛下って呼んだのはその頃の名残だ。ちなみにコイツの名前は、エウレミアって言うらしい」


 多少、早口になっていたかもしれないがそれっぽい言い訳にはなったんじゃないか?

 チラリと周りの様子を覗うと、居合わせた面々はホッと胸を撫で下ろしていた。


 「だそうだ、お前たちは持ち場に戻ってよし!!」


 ベッフィンゲン伯の一言でようやく、事態は収拾したのだった。

 

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元魔王の英雄ライフ~追放された"元"魔王を追いかけてきたのは、ちょっぴり愛の重たい獣耳娘でした~ ふぃるめる @aterie3

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