夜行性

ラジオ・K

よるはやく

 つくつくほー、つくつくほー、つくつくほー……

 寒蟬が告げる。


 PiPiPiPiPi…………!

 PiPiPiPiPi…………!!

 PiPiPiPiPi…………!!!


「んぅ……」


 俺はアラームに従い目覚める。

 節電のため、視界は外と同じく真っ暗で、命守るため唯一エアコンが唸り続けている。

 スマホには19:07、とあった。

 これなら遅刻回避に成功するだろう。

 

 横にはカノジョがすやすやと寝ていた。俺は正社員、カノジョはバイト。出勤時間はほぼ同じ。起こさないと。

 ゆさゆさと揺らす。


「起きて。ほら、もう夜始まっちゃうよ」

「んぅ……あとごふん……」

「だーめ」


 心を鬼にして布団を勢いよくひっぺ剥がす。露になる雪のような柔肌。薄いシャツのみ纏っている。薄布は捲れ、鼠径部から下の足が……ハッ、いかんいかん。

 抗議とも歓喜とも言える血流が下半身に集中するが、これを完全無視とする。そんなことしている時間はないのだ。


「脱がせてー」

「はいはいおひめさま、っと」


 バンザイの格好をするカノジョ。シャツを脱がせるとちょうどよい大きさの性の象徴がマグニチュード2ぐらいの震度で揺れる。素晴らしい……が、これも無視。無視だ頑張れ、俺。


 猫のように目を擦りながら散らかった床に手を伸ばすカノジョ。やがてその手には淡い海色の水着が。sexyなビキニタイプだ。へそが眩しい。

 いい加減に目が覚めたのか補助を必要とせず着ていく。

 おれも散らばる薄布の山からオーソドックスな海パンを身に着ける。全裸で寝るとこういう時便利だ。

 干されたスルメイカのようにだらしなく縦に寝そべるネクタイを適当に首に巻き付ける。あとちょっとで白人と同等となる程の肌色に紺色というのは少しばかり似合っていない……気がする。



 

 つくつくほー、つくつくほー、つくつく…………

 

 …………ミーンミーンミーンミーーーーーーン…………


 蝉が変わった。

 完全に陽が沈み、月が降臨。すなわち出勤時間だ。


 味気ない栄養補充ゼリーをふたパック程飲み干し、念のためにビジネスバックの中を確認。そして外出時のマナーと汗拭きを兼ねたタオルマントを羽織る。一辺に留め具があり、首周りに巻き付け固定できるので便利だ。


「じゃー行ってくるわ」

「うん。帰りは?」

「んん、多分6時かな」

「晩御飯なにがいい?」

「なんでもいいよ」

「わかった、いってらっしゃーい!」


 額にいってらっしゃいのキスを貰い、やや浮かれながら外に。

 扉を開けると、すぐ前にまた扉。天井から殺虫剤が噴霧される。一瞬で終わるが、やはり臭いがちとキツイ。いい加減マスクも常備するべきか。

 そんなことを考えながら第二扉を開ける。


 この時代、どの家庭も二重扉を標準装備としている。窓もまた然り。



 ミーンミーンミーンミーーーーーーン…………ミィーーーーーーンミンミンミン…………ミーンミーンミーンミン……

 蛁蟟の鳴き声を運んでくるのは38度の熱波。そこには湿度が80程含まれており一瞬で不快指数を上限値まで引き上げる。

 いつものように汗を拭きながらアパートの階段を降り、道路に出ると





 のビジネスマンがちらほらと見えた。

 つまり、水着だ。男も女もそれ以外も皆等しく。

 頭上には月が輝く。

 駅に向けて歩き出す。




 これは温暖化がちょっとだけ進んだ世界の、一辺を描く短いおはなし。

 生態系が夜行性となった世界のおはなしである。

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