見落とす私と見落とさない私

シャクガン

彼女は見落とす

彼女はよく見落とす。

今現在私の目の前でその見落としで頭を抱えて嘆き苦しんでいる。


「なんでぇ!!!チケットの申し込み期限が昨日までだなんて!悲劇!惨事!災難!不幸せだよぉ!!」

「でも、それ先行申し込みなんでしょ?まだ一般があるんじゃないの?」


机に突っ伏した彼女の頭に向けて呆れ気味に呟いた。

途端に彼女はガバッと顔を上げて私の目の前に人差し指を立てて左右に振った。


「チッチッチッ。わかってないなぁ!これはファンクラブ先行と言ってだね。ファンクラブ会員限定で行われるチケット先行申し込みなのだよ。普通のサイトの申し込みより先に行われる為ステージ近くが当たる確率がグンと上がるんだ!」

「そうなんだ…」


左右に揺れていた人差し指をビシッと私に向けて熱く語る彼女に引き気味に答える。彼女もとい栞(しおり)とは小学校からの幼馴染で昔から重要な部分を見落とす事が多い子だ。学校で必要だと言われた持ち物、提出物そんなのはしょっちゅうあった。だから私は毎日のように必要な物を事前に知らせてきたし忘れ物が無いように注意はしてきたけれど、流石に最近ハマったらしいアイドルのチケット先行までは気にしてなかった。


「まぁ、まだ二次先行あるだろうからそっち申し込めばいいか。じゃぁ、帰ろうか」

「うん」


気持ちの切り替えが早い栞は携帯をカバンに入れて宿題を終えたノートを机にしまった。

放課後の教室。他の生徒は部活に向かったか下校したのか教室には誰も残ってはいない。

2人で残って教室で宿題をするのは高校に入学して同じクラスになった時から始まった。宿題を忘れないようにその日出された宿題はできるだけ放課後残って一緒にやっている。


2人並んで通い慣れてきた通学路を歩いていると見慣れない車が止まっていた。近くに立っている看板には『クレープ』の文字が書かれていて移動販売のキッチンカーだと気づくと、美味しそうな甘い匂いまで漂ってきていて夕飯前のお腹には強い誘惑に誘われていた。


「お!クレープ売ってるじゃん!食べていこうよ!」

「う、うん」


栞は楽しそうに看板前まで早足で近づいていって何にしようか選んでいた。その隣に並んで私も看板を眺めると意外と種類が豊富で美味しそうだった。チョコバナナかイチゴホイップ…どっちも美味しそうで悩む。


「あたしチョコバナナにしようかな!沙織はイチゴホイップにする?イチゴ好きでしょ?」

「じゃ、じゃあそうする」


シェアしようねと栞は笑って店員さんに「チョコバナナとイチゴホイップください!」と注文をしてくれた。

再び看板に目を向けると看板に手書きで書かれたプレートがくっついていて『一個増量すると二個目無料!!』と書かれていた。

栞の制服の裾を引っ張る。


「ね!栞」

「ん?」

「これ!」


プレートに指をさすと栞が目で追い、すぐに表情がパッと明るくなって「ホイップ増量で!!」と店員さんにすぐ追加注文をした。




「さすが!沙織!見逃さないね!ちょっと得しちゃったよ」


2人並んで近くのベンチに座ってホイップが増量されたクレープを頬張った。

酸味のあるイチゴと増量されたホイップの甘味が口の中に広がって美味しい。栞の方を見ると美味しそうにチョコバナナクレープを食べていて口の端についていたホイップを舌でぺろっと舐めていた。

私の視線に気づいたのか振り向いてチョコバナナのクレープを差し出してくる。


「こっちも美味しいよ?」


栞がまだ齧ってないホイップがたっぷり乗った側を差し出してきて一口齧ればチョコとホイップとバナナの王道の美味しさがクレープの生地と一緒に口の中いっぱいになった。


「うん。美味しい!」

「でしょー。他のも美味しそうだったけど勉強の後はやっぱり甘い物だよね」

「じゃあ、私のもどうぞ」


イチゴホイップのクレープを栞の口元に持っていく。栞はクレープを見て口をニヤッとさせ、私が齧った部分を口を大きく開けてパクッと一口齧った。私が齧った部分を上書きするようにクレープは栞が齧った口の形になっていた。


「イチゴも美味しいね」


栞はふふっと笑ってまたバナナクレープに齧り付いた。

私はイチゴホイップのクレープを眺める。綺麗に半円の形がついたクレープを眺める。栞が齧ったクレープを眺める。これって…間接き―――


「間接キスだね」

「っ!」


耳元で囁かれてドキッとして振り向いた。

目の前には口元をニヤニヤさせて目を細めて私を見つめる栞がいた。


「今更照れてるの?こんなの昔っからしてたじゃん。ペットボトルの飲み物なんてしょっちゅう――」

「照れてない!」


私は大きく口を開けてクレープに齧り付いた。イチゴホイップ美味しい!!

昔なんて私は子供だった。今だってまだ子供だけど最近になってこういうのを強く意識するようになっちゃったんだから仕方ないじゃないか。それでも前までは平気だったのに…ここまで意識した事なかったのに……

私は目の前のクレープの残りを一口で平らげた。


「ほら、口の横ついてるよ」

「ん?」


そう言って栞はハンカチで私の口元を拭ってくれた。


「こういうところは子供だよね沙織は」

「ありがと」


いつの間にか栞もクレープを食べ終えていてハンカチで手を拭いてからポケットにしまっていた。私は栞の手を目で追った。栞の手はいつも綺麗に整えられていて、爪も綺麗に磨かれて艶がある。細くて長い指で暖かい手が私は昔から大好きだった。


「それじゃ帰ろうか」


栞がそう言って立ち上がり、私の目の前に手を差し出してきた。手から腕、肩、首、口、鼻、瞳に視線を向けるとニコッと目が細められて微笑んでいる。口元が動いた。


「手繋いで帰ろ?」


私は静かにその手を握って立ち上がった。暖かい。私が好きな温もり。

2人で帰り道を歩いていく。


でも、このまま帰る前に栞に言っておかないといけないことがある。


「栞」

「なに?」

「おばさんが帰りに牛乳とパン買ってきてって朝グループラインきてたの見てないでしょ」

「え?そんなの来てた?」


栞はカバンから携帯を取り出して眺める。


「……あ、来てるね」

「毎回私がいるグループラインに栞へのおつかいが送られてくるんだから、ちゃんと見ないとダメだよ」

「ふむ…お母さんも私も沙織への信頼が厚いからだね」


胸を張って誇らしげにいう栞に、軽くため息をついた。


「スーパーに寄ってから帰ろっか」


ぎゅっと手を握り直してスーパーを目指して2人で並んで歩いた。

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