閉じ込められた2人の少女はまず
『セックスしないと出られません』
扉の上のディスプレイにはゴシック体ででかでかとそれだけ表示されていた。
なるほど、簡単明瞭だ。一応ドアノブに手をかけてがちゃがちゃやってみたが開かない。他から出ようにも小さな窓すら見つからない。
つまりは恐らくその指示に従うしかない。ただし問題があるとすればここには私と、それから楓香の2人しかいないということだ。
私と楓香は中学生に上がった時に出会った。寮で同室になってから2年、なんだかんだもっとも親しい友達としてつきあっている。
それ以上でもそれ以下でもない。
なぜこんな状況になっているのか、わからない。記憶がきれいに1時間分ぐらい抜け落ちている。その間に何かがあったのは確実だが、手がかりがまったくない。
「どうすりゃいいのよ……」私はつぶやく。
「ねえねえルナちゃん、私、わかんないことがあるんだけど」それに反応したのか、楓香が話しかけてきた。
「何よ」多少ぶっきらぼうになってしまったが、状況が状況だけにしかたのないことだ。
聞き返したにもかかわらず楓香は黙っている。自分で話を切り出したくせにまだ何か迷っているようだ。とっとと話せばいいのに面倒くさい。
見た目ふわふわして話し方もおっとりしてる、そんな外見的特徴にたがわず楓香はちょっととろくさいところがある。いっしょの部屋じゃなかったら多分私とは生涯関わらなかったろう。
せかしたところでどうにもならないことは経験上わかっている。やることもないので隣に座って若干いらいらしつつ待ってたらようやく楓香は口を開いた。
「セックスってなに?」
体と心が同時に固まった。
私たちこれでも女子中学生でまさかそんな知らないなんてことがあるだろうか。楓香はいいとこの娘っぽい感じがある。それでも学校の保健体育で習ったはずだ。
だとしたらこの状況で知らないふりをしているということになるわけだが、私に対してそんな清純派なんて気取っていったい何の意味があるのか。答えのない思考が入り乱れる。
そんな私の混乱を傍から見て理解してくれたのか、楓香はぽんと手を叩いた。
「ごめんね。ちょっと質問が悪かった。セックスが何かはわかってるよ」
「それはよかった。説明の手間が省けて大助かりね」
「そんな嫌味な言い方しないでよー」
「はいはい。で、じゃあ何がわからないってのよ」
「うん、この場においてのセックスって何なのかわからないってことだよ」
「どゆこと? もっと詳しくお願い」
「私たち両方とも性別女でしょ、何したらセックスした認定されるのかな」
言われてみれば確かにそうだ。
男女のペアだったら男が膣内に射精したらそれでセックス成立のような気がする。厳密な定義はわからないがそこまでやったらおっけーもらえそう。
だったら女同士はどうすればいいのか。セックス的な行為をやっているとは聞いたことがあるがそのうちの何をどこまでやれば第三者にセックスと認められることになるのか。
基準がない。
「どちらか一方が指または舌を使って性器に刺激を与えることでもう一方を絶頂させることができたら条件クリアかな」
「具体的に言うのやめなさい」
「それとも攻守交替含めて1回ずつイかせあうとか。同時に絶頂とか求められたら条件厳しくて初心者には難易度高そうだよねー」
「知らないってば」
「もっと過激にいくなら貝合わせとかもあるかも? でもあれって絵面はいいけどたいして気持ちよくないって話聞くけどどうなんだろ」
私に同意を求めるな。楓香はもっと恥じらいを持って欲しい。いやまあここには私たち2人しかいなくて、そんなこと気にしてる状況じゃないと言われればそれまでだけど。
なんだか心臓がどきどきしてきた。楓香がへんなこと言うからだ。想像してしまった。というか今も想像してしまっている。この想像を頭の中から一刻も早く追い出したい。
しかしやるしかないのだろうか。私が今やってるのは単なる現実逃避にすぎないのかもしれない。ディスプレイ上には先と同じ文字が踊っている。
私は深く、肺の奥底にたまった空気を吐き出した。
「誤解がないように言っておくけどね」楓香が不意に言った。
「何よ」私は依然として彼女の方を見れない。
「私はルナちゃんとならしてもいいと思ってる。もちろん常日頃からやりたいと思ってたってわけじゃなくてね、緊急事態で他の手段がないならってことだよ」その声は少し震えて聞こえた。
「そう、ありがと……私もよ」まあこっちの方がもっと震えてきたけど。
「デレた?」
ぐーで殴るのをぎりぎりのところで我慢できた私をほめて欲しい。
覚悟を決める。こんなとこでぐだぐだやってても仕方がない。お腹もすいてきた。さっさとやることやって帰るとしよう。
考えてみたら帰っても楓香と面突き合わせることになるのか。ちょっと気まずいかもしれない。まあそのあたりはお互い何もなかったふりするから大丈夫だろう。
「で、何からすればいいの」向き合う。近い。
「キスとか?」唇に目が引き寄せられる。やわらかそう。
「わかった、あんたから来なさいよね」心臓が痛い。
「……その性格でルナちゃんリードされる側なんだ」
「別にいいでしょうが!」
指先が絡み合う。2人の少女の距離は極限まで接近して――その瞬間ファンファーレが鳴り響いた。少し間を置いて扉が開く。
ちょっと待った、どういうことなの、これは。セックスしないと出られないんじゃなかったっけ。そんなたいそうなことした覚えはまったくないんだけど。
ディスプレイの文字が変化していた。そこにはたった一言だけ。きらきら光るエフェクト付きで。
『実質セックス!』
ふざっけんな、なんだそれは。立ち上がる気力もない。無事に脱出できたわけだけどなんだか釈然としないものが心に残る。めっちゃもやもやするわ。
座り込んだままごちゃごちゃになった頭の中を整理する。ずっと手をつないでいたことに気づいたのは結構時間が経ってからだった。
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