いっしょに百合営業してたVが隣に住んでる幼馴染だった話

「はじめまして」

 白い丸テーブルの上にウェーブのかかったピンク髪の少女のアクキーを見つけた時、私は反射的に声をかけていた。長い黒髪の、私と同じ高校生ぐらいの、少女がうつむきがちに座っていて多分あってると確信が持てた。個人でVtuberなんてやってるのは十中八九こんな感じの陰キャだろう。

 まちがった偏見か? 確かに顔バレしてる中にはわりとイケイケな感じの人もいるな。そもそも配信活動なんてやってるんだからそこそこ積極的な性格かもしれない。そういう意味では私の想像してた人とはちょっとイメージが異なる。けれどもやっぱりアクキーを置いてあるからにはこの人で多分まちがいない。

「こちらこそはじめまして」

 向こうも私が手首にぶらさげているそれに気づいたのだろう、ゆっくりと顔をあげた。

 正面から目と目が合う。その瞬間に2人同時に固まった。

『え……?』

 驚きのあまり声が漏れるタイミングすらほとんど同じだった。


 私はVtuber活動をしている。今年で2年目、ものすごくたくさんの人に知られているということはないが、まあそれなりの登録者がいて、そこそこの人が配信を見に来てくれている。

 個人でやってるはずだが、企業もしくはグループに所属していると勘違いされることが結構ある。簡単な話で配信の半分以上が特定の人物とのコラボだというのがその理由だ。

 週に5回配信するとすればそのうち3回は確実にコラボで、逆にソロの方が珍しいと言われる始末。その相手というのも同じ頃に始めた個人Vで、出会ったのはVが大人数が集まった企画の時で意気投合した。

 作業しながら雑談してたら案外近くに住んでることがわかってそれなら今度の週末にオフで会おうという話になって目印に互いのキャラのアクキーを持ってくることが決まってちょっと繁華街まで足を伸ばして待ち合わせ場所のおしゃれな喫茶店に出向いたら――隣に住んでる同い年の幼なじみが待っていた


 ひとまず席につきながら問いかける。わずかな希望にすがる気持ちで。

「ミサキ、であってる、よね?」

「うん。そっちこそ、ハルカであってる?」

「あってるあってる」

 互いのキャラクター名を確認し合う。残念ながら正解だったらしい。

 水を運んできた店員さんにアイスコーヒーとケーキを注文、向こうはすでに頼んでたようでちまちまとクッキーをつまんでいる。


 ためいきをついてから、私は言った。

「そりゃ話があうわけだわ」

「昔見てたアニメとかかぶってて当然だよね」

「だっていっしょに見てたんだから」

 実のところ彼女とはちょっと疎遠になっていた。同じ高校に通ってはいるがグループが違うせいで話す機会が減っていた。だからVをはじめてみたという側面もあった。自分の好きなものについて語る場所が欲しくって。うん、そんなことをしなくても隣の家を訪ねればそれで十分用はすんだわけだ。


 ふと疑問が思い浮かぶ。そのまま口にする。

「……もしかして前から私って気づいてた?」

「気づいてたらそれとなく教えるか、もしくはオフで会わないようにしてた」

「それもそうだ」

 私だったら、うーん、どっちかわかんないや。少なくともこうした形で会わないようにするという点については同意見だ。


「声つくりすぎててわからなかった」

 紅茶を飲みながら彼女はぽつりとつぶやく。

「そっちこそ性格普段と違いすぎでしょ」

 私も言い返す。気づかなかったとしてもあれは仕方がないと思う。

「私の素のテンションで話してたら放送事故だよ」

 それはそれでありだとは思うけどまあかなり特殊な層向けになりそうだ。


 店員さんがショートケーキとアイスコーヒーを持ってきてくれる。来たことなかったけど評判いいだけあってやっぱりいい雰囲気のお店だ。来てよかった、今日の収穫はそれだ、他は忘れても構わない。

「Vやってること周り知ってるの?」

 私は知らなかったけど。

「お父さんとお母さんは知ってる。けど具体的な名前までは教えてない」

「私も同じ。そこは秘密にしてる。知ってる人に見られてると思うとなんかやりづらい」

「キャラクターに入るのに一段とエネルギーが必要になる」

「そんな感じ」

 まあその周りの人の1人と、あー、いっしょに配信してたわけだけど。思い出すと少し、いやかなーり恥ずかしくなってきた。今までだって画面の向こうに誰かいるとは考えていたけどそれがこいつだったとはこれっぽっちも想定してなかった。


「百合営業してたね」

 言いにくいことをはっきり言ってくれる。昔から引っ込み思案なところがある癖に人が踏み込んで行きづらい場所にずばっと踏み分けていくことがある。長所のような短所のような。

「……正直きつい」

「それはこっちだってそう」

 お互い忘れられるものなら忘れてしまった方が幸せになれるかもしれない。


 無言。

 昔はさんざん2人で遊びまわったし、最近は最近でネット通じてだけど毎晩のように語り合ってる。今さら沈黙することもないだろうに話題が途切れる。別段気まずくはない。静寂が心地いいということもないが。

 私はぐいっとアイスコーヒーを飲み干した。

「どうする?」

「これからのこと?」

「今まで通りやれたら一番いいと思う」

 問題はVの方をどうするかということ。オフで会ってみたら幼馴染でなんかやりづらいので今後はコラボはしません、みたいな事情を打ち明けるわけにもいかない。


「できるの、それ?」

 もっとな疑問を投げかけてくる。

「……かなり難しい」

 私はそう答えざるを得ない。

「……ひとまず頑張ってみるってことで」

 何かをあきらめたように彼女は私に同意した。


 その後どうなったのか手短に話そう。

 私たちは変わらずVtuber活動をして変わらずコラボ配信を行った。事情を話していないにも関わらず見てる人は気づくものでなんかやりとりがぎくしゃくしてると言われるようになった。

 逆にそれが受けた。

 なんか営業を超えたガチ感があるということで両方とも登録者数がぐっと増えた。正直よくわかんないけど人間の感性などどこまでいっても読み切れるものではないということか。

 さすがに――オフコラボはできてない、いつもたいして離れていないところで配信してるのだけれど。

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