カップヤキソバを食う女
それなりに重い買い物袋を両手にさげてやっと自宅に帰りついたところその女はちゃぶ台に座って1人ずるずるずるとカップヤキソバをすすっていた。
なぜだかどっと疲れが押し寄せてきてその疲労の原因を思って次いで怒りが湧き上がってきた。
マンション自室の玄関を開けた時にはすでにソースの濃い匂いが鼻をついていたせいでこの状況は薄々察していた。そのためぎりぎり踏みとどまることができた。
危うく右手に持った袋でその女の頭を殴り飛ばすところだった。もしそうなってたら中身は缶ビールが詰まっていたから頭蓋の1つぐらい砕いていたかもしれない。
いや缶ビールがあたったぐらいで骨は割れるのか? 確かに頭にぶつけたら結構痛そうだけど。あたりどころによるのかもしれない。それ言い出したら頭蓋砕くまでもなくお陀仏の可能性もあるな。
まあたとえそうなっていたとしても情状酌量の余地は大いにあっただろうけど。
楽だからという理由で黒髪を短めに切りそろえたその女はあからさまに『やばい』という顔をして私から目をそらした。つまりは自分のやらかしたことに察しがついたのだろう。
息を吐きだしつつその場に荷物を置く。早くしまった方がいいものもあるが少しぐらいならだいじょうぶだtと思う。今日買ったものを思い浮かべる、うん、多分だいじょうぶっぽい、
あえてゆっくりとした動作で彼女の前に私は腰を下ろす。それからポケットに入れたスマートフォンを取り出した。間違いない、今日であってる。
今日は2人でいっしょに暮らし始めた記念日だ。だから1週間ぐらい前からこの日は家で料理作って2人で盛大にお祝いしようと話していた。というか今朝もその話をした。まちがいなくした。
ちゃぶ台の上に音がしないようにそっとスマホを置く。再び正面に向き直ればプラスチックの白い容器をはさんで彼女がいる。
それがどうして私が帰ってくる前に1人でカップヤキソバを食べているのだろうか?
「申し開きがあるなら聞きましょう」
自分でもちょっと驚くほど冷たい声が出ててびびった。どうやら私はずいぶんと今日という日を楽しみにしてたらしい。あるいは相当くたびれているのかもしれない。
沈黙。彼女は何も言わない。
正直なところこんなことで私は怒り狂って暴れまわったりはしない。この件でもって同棲解消、きっぱり別れるなんてこともありえない。
だいたい彼女がそういういい加減な人間だというのはわかったいたことだし、そういう奔放な部分に惹かれてたりもするのだ。そうかしこまるような状況でもない。
さてどうやってこの場を収めたものかとぼんやり考える。いやまあ詰めてる私の方が考えることじゃないかもしれないけど。無難に一言謝ってくれればそれでいいかな。
なんて思っていたところようやく彼女は口を開いてくれた。
「カップヤキソバは駄菓子なんだよ」
ちょっと待って欲しい。話を切り上げようとしてたのになんでそんなこと言うんだ。気になってしょうがないじゃないか。私は無言でつづきをうながすことにした。
「カップヤキソバはヤキソバを謳いながら焼かれてはいない。つまりは本物ではないわけだ。あくまで偽物であること、これが1つ」
よく言われてるやつだ。確かに焼かれてはいない。その心意気は駄菓子に通じるところがある。
「それから味付けがソースであること。ソースだったら駄菓子だということはないが、駄菓子であればソースである可能性は高い、これが2つ目」
2つ目にしてもうかなり無理があるような気がする。多分今思いついたことを適当にしゃべってるんだろうからそこのところは大目に見てあげよう。
「そして3つ目。こういう時に根拠が3つあると話として形がまとまってると思うんだけど3つ目は思いつかないから思いついたら採用します」
なんだそれは。理由が3つあるとそれっぽいというのはわかる、そして2つで打ち止めでどうしても思いつかないこともよくある、ただそこで諦めるな。
再び気まずい沈黙。この沈黙が何によるものなのかよくわかんなくなってきた。当初の通りにパーティーの前に1人でカプヤキソバを食べてたことによるのか、それとも言い訳があまりに不出来だったことによるのか。
私はわざとらしく大きくため息をついてやった。これ以上掘っても特におもしろいことは出てこないっぽい。
「それで結論は何?」
「ご飯の前に食べるには量が多いので半分食べてください」
「りょーかい」
隣に置いてた袋から缶ビールを1本取り出す。後で料理も作んなくちゃだからそんなに飲まなくていい。2人で回し飲みすればそれで十分だろう。
疲れた体にジャンクな味付けがしみとおっていく。不健康なんだか健康なんだかよくわからない。よくわからないけれど生きているという実感だけ湧いてくる。それでいいのか、いいんだろう。
カップヤキソバを肴にビールを飲みつつなんとなく献立を考えていた。食材たちよ、冷蔵庫にしまうのはあと少しだけ待ってくれ。
いや面倒な作業は全部、目の前にいるこの女に任せてしまえばいいのかもしれない、のどをうるおしつつそんなことを私は思った。
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