第6話「ジェネリア家のネガティブお嬢様」

ハート「はぁ……………」


ジェネリア家の豪華な自室。レースのカーテンが揺れる窓辺で、私、ハートは深いため息をついた。

ヌヌ様とらぶ様が、街の異変を調査するためにカラフルプロダクションへ向かってから、もうどれくらい経っただろう。


ハート「わたしも、お二人のお役に立ちたいのに……。どうせ、わたしなんていても足手まといになるだけ……。うぅ……」


ベッドに突っ伏して、いつものネガティブ思考に沈み込む。

表向きは。


ハート「(……なんて、言ってる場合じゃないわよね!)」


がばっと顔を上げると、私の表情は一変していた。そこには、先程までの気弱な少女ではなく、鋭い光を宿した勝気な少女の顔があった。これこそが、私の裏の顔。


ハート「うふふ、今日のSNSも順調ね」


私は愛用のタブレットを手に取り、慣れた手つきで指を滑らせる。私の趣味はSNS。だけど、ただの日記じゃない。様々なアカウントを使い分け、膨大な情報を収集・分析する、私だけの武器だ。


ハート「さて……と。『街から笑顔が消える』、『子供たちの表情がなくなる』……。ここ数時間で、同じような書き込みが爆発的に増えているわね。発生源は……どうやら、あの新しい公園の周辺に集中しているみたい」


地図アプリとSNSの投稿時間を照らし合わせ、情報の精度を高めていく。

指先が、高速で画面をタップしていく。


ハート「(ヌヌ様……。あなたが調査している事件、わたしも一緒に戦っているつもりよ。あなたの力になりたい。ただ、それだけなの)」


ヌヌ様の、あの太陽みたいな笑顔を思い出すだけで、胸がきゅっと締め付けられる。おっちょこちょいで、マイペースで、でも、友達が傷つけられた時は、誰よりも強く、静かな怒りを見せる人。

私は、そんな彼のことが……気になっていた。


ハート「……よし。関連キーワードをさらに絞り込んで……『公園』、『笑顔』、『人形』……。ん?」


検索結果に、一件だけ、奇妙なブログ記事がヒットした。

タイトルは「マッドサイエンティストの憂鬱」。


ハート「なにこれ……。ふざけた名前ね」


半信半疑でタップすると、そこにはカラフルプロダクションの地下ラボで行われたであろう、レトリバー金と名乗る科学者の支離滅裂な実験記録が綴られていた。


『――街の空気を分析した結果、極めて微弱なエネルギー波を検出。人間の“幸福感”に類するエネルギーが、急速に消失していることを確認。原因は不明。まるで、目に見えない何者かが“ハッピー”だけを吸い取っているようだ――』


ハート「! これって……!」


ベロスさんが言っていた「匂いがしない」という感覚的な情報と、この科学的なデータが、ぴたりと一致する。


ハート「(……間違いない。この事件は、オカルトなんかじゃない。誰かが、意図的に引き起こしている!)」


さらに読み進めると、記事の最後に、走り書きのような一文があった。


『追伸:このエネルギー消失現象、微弱ながら指向性がある模様。全てのエネルギーは、街の中心部……あの忌まわしい“黒の塔”の方角へ吸い寄せられている……?まさか、あいつらが……?いや、考えすぎか』


ハート「黒の塔……?」


そんな名前の建物、この街にあったかしら?

私はすぐに街のデータベースをハッキング……もとい、検索をかける。しかし、該当する施設は見当たらない。


ハート「(隠された施設……?あるいは、ごく最近になって現れた……?)」


思考を巡らせていると、不意に部屋のドアがノックされた。


マギ「ハートお嬢様、執事のマギでございます。らぶ様とヌヌ様がお戻りになりました。お茶の準備ができておりますが、いかがなさいますか?」


ハート「! ヌヌ様が……!」


私の心臓が、どくんと大きく跳ねる。

いけない、いけない。今は裏の顔。平静を装わないと。


ハート「……はぁ。どうせ、わたしが行っても誰も喜びませんし……。でも、マギがそういうなら、仕方なく、行ってあげます……」


私は再びネガティブな仮面を被り、ゆっくりとドアを開けた。

ラウンジへ向かう廊下を歩きながら、私の頭の中は先程の情報でいっぱいだった。


ハート「(黒の塔……。そして、この事件を引き起こしている犯人……。一体、誰が、何のために……?)」


ラウン-ジの扉を開けると、そこにはヌヌ様とらぶ様、そしてカラフルプロダクションの皆さんが集まっていた。


ヌヌ「あ、ハートちゃんだ!やっほー!さっきは美味しいクッキーありがとうね!」


らぶ「ふんっ!僕様にはくれなかったくせに……」


ヌヌ様が、いつものように屈託なく笑いかけてくれる。

それだけで、私の心は満たされる。でも、今はそれだけじゃダメ。


ハート「……別に、あなたのために作ったわけじゃありませんから。たまたま、余っていただけです……」


そっけなく答えながら、私は皆に聞こえるように、わざとらしく、そしてか細く呟いた。


ハート「はぁ……。どうせ、わたしなんかが何を言っても、無駄なんでしょうけど……。事件の犯人……もしかしたら、あのリトル4リトルとかいう、新しくデビューしたユニットが怪しい、なんて……誰も思いませんよね……。すみません、忘れてください……」


私の言葉に、その場にいた全員の視線が、一斉に私に突き刺さった。


グレーケル「……ハートさん。今、なんて……?」


うふふ。食いついたわね。

ネガティブな少女の情報戦は、まだ始まったばかりよ。

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