第10話 予想外のポジションへ

片腕、とは? どういう意味ですか?」


 私は既に、王の家臣だ。そして、王の周りには鷲の目のメンバーがいる。

 片腕の意味がわからず、率直に尋ねた。


「まあ、なんというか……。オレはお前に、王妃にならないかと誘っているんだ、ルイ」


「王妃? 私が? なぜ……?」


「なぜ……、とそうくるか。つまり、……オレの……初恋の相手は、サラディナーサだ。彼女の凛とした目に惚れた。そして、今は。国王であるオレに媚びず、冷淡で頭が切れ、物怖じせず意見を言う、勇気ある剣士でもあり、たまに笑うと可愛らしい、ルイ、お前に惹かれている。オレはどうやら、同じ人物に2度惚れたらしい。できれば、お前にオレの隣に立ってほしい。この国を変えるパートナーとして、そして愛する妻として。一生、共に生きてほしいと願っている。この提案、お前はどう思う?」


 王のサラリとした告白に、驚きのあまり、言葉がでてこない。


 サラディナーサが、王の初恋の相手? そして、今は、私を……? そんな事が現実にあり得るのだろうか?

 王と私の間に、そのような恋愛物語に書かれているような、甘い空気が漂った事は一度もない。

 

 私も、王をそのような対象として考えた事はない。

 アドラーはルイであり、恩人であり、尊敬する主君であり、近くによっても嫌悪感を感じない、家族以外で唯一の存在である。

 彼は、私にとっても心から大切な存在であることは確かだ。

 

 王が私の前に跪き、私の手にキスする。


「オレはまだ道半ばにいる。以前にお前が呟いていたように、新しい時代を歓迎する者もいれば、今までの制度に執着する貴族連中もいる。国民全員にとって納得のいく社会をつくるのは、どだい無理な話だろう。どこで妥協点とするのか、バランスをとるのが難しい。それでも、できるだけ良い国をつくるには、色々な知識と意見を持った人間が必要だ。ルイ、オレにとって、お前は唯一無二の、大切で有用な人材だ。どうか、オレの片腕として生きてくれ」

「……女性を口説くには、あまりにも色気のないセリフですね」

「嫌いか?」

「いえ……、悪い気はしませんね。……別件ですが、先に伺っておきたい事があります。王は、なぜ私がサラディナーサだと信じて下さったのですか?」


 突然の求婚に混乱しながらも、私は疑問に思っていた事を質問した。


「お前が嘘をつく人間だとは思っていなかった。そして、少年時代にオレの目は青かったと言っただろ。あれが、決定的だったな。遺伝なのかわからないが、子供の頃は青色だった瞳が、成長と共に黒色に変化した。その瞳の色がかわった事実を知っているのは、今では鷲の盾の連中位だ」

「なるほど、そうでしたか」


 だから、私が前世の記憶があることを完全に信じてくれたのかと合点がいった。


「ルイ、あなたからもらった、勇気のある人だとう言葉が、オレをかえた。あなたはオレにとって特別な人だ。これからの人生を、共に歩んでいきたい」


 王が真剣な目で、私を見つめる。


 私は王と同じように、膝をついた。

 そして、王の手に、同じようにキスを返す。


「私も王を、とても大切に思っております」

「……それだけか?」

「それだけとは?」

「王妃になってくれるかどうかの返事は? そしてオレは、お前を愛していると言ったのだぞ。その点もどうなのだ?」


 至近距離でみる王の顔には、照れとふてくされたような拗ねた表情が見て取れた。

 私は、つい噴き出してしまった。


「……っぷっ……! し、失礼しました……」

「……なにがおかしい?」

「王があまりにもお可愛い顔をなさったもので……」


 憮然とする王の手を離し、そのごつごつとした身体に、フワりと腕をまわした。

 

 他人と接触したくない自分が、自ら王を抱きしめている。

 抱きしめるという行動で、あたなに近寄りたいという自分の心を、彼に伝えたいと思った。


 つまり、そういう事なのだろう。


 気づいていないうちに、いつの間にか私も、アドラーに惹かれていたのだ。


「王、お返事は後ほど致します。返事をする前に、どうか私の願いを聞いて頂けませんか?」

「……お前の願いとは?」

「この後の祝賀会で、あの日の練習試合の続きがしたいのです」




 祝賀会がはじまると同時に、大広間は熱気に包まれた。


「軍事大国シャムスヌール帝国ラムヌール帝王、並びにスン国からも感謝状と贈答品が届けられた。我々が、罪人ブルービットの罪を暴き、彼らの犯罪を未然に防いだ功績が認められた。これも、鷲の盾のみなのお陰だ。私は諸君を誇りに思う」


 アドラーの言葉に、大広間の200名近い兵士は口々に喜びの声をあげる。


「王! 我らがアドラー王!!」

「王! アドラー王、万歳!」

「我らが王! アドラー王!!」

「鷲の盾となれた事は私の誇りです!!」


 王の隣に立つギルティアスが手を上げ、発言する。


「祝いの会をはじめる前に、余興を行う。新人達の練習試合の途中で、今回の事件が起きたため、勝負がついていない。あの日の続きを行う。ハン、ルイ、ゴドゥイン、前へ出よ」


 ハン、ゴドゥインと私は、王の御前へと傅いた。


「ギルディアス、3人でどう勝負をつける?」

「さようですね。このなかで一番強い者と私でひと試合致しましょう」

「では、私にギルティアス様と剣を合わせる機会をお与えください」


 即座にハンがそう願いでた。すごい自信だが、あの日もギルティアスはハンの腕を認めていた。実際に、一番強いのはハンだろう。


「よし、ではギルティアスとハン、そしてゴドゥインとルイの練習試合をはじめる。みな、場所をあけよ」


 うおーーーー、っと歓声が上がる。

 祝いの席の為、真剣ではなく細身の木刀が手渡された。

 私とゴドゥインは、木刀を握り対峙する。


「ルイ、なぜ今回の遠征にお前が同行したのかはしらないが、これ以上お前が注目されることは許さない」

「私は注目されたくてこの場にいるのではない。王の為、この国の為にここに在るのだ。勘違いされては困る」

「……女のくせに、偉そうに……」


 眉をひそめ、そう言いながらも優雅に構えるゴドゥインの姿に、さすが貴族の子息だと感心する。


――――あの日、試合をしていたら負けていたかもしれない。でも、今日の試合なら、勝てる。


 軽く剣を打ち合いながら、私は体験するという事の、影響力の大きさを感じた。


 ブルービットに剣を突き付けられたあの瞬間、私は死と隣り合わせになった。

 その経験は、訓練だけでは得られない何かを、相手の能力をはかる感覚的なものを、私にもたらした。


 ゴドゥインは確かに強い。だが、隙をつけば、私が勝つ。

 今の私には、それがわかる。


 私は彼の側面から打ち込むとみせかけ、彼が防御しようと動いた瞬間に、木刀をクルリと回し、彼の手元を軽く打った。


「……ックッッ……!!」

 

 細身とはいえ、木で手首を叩かれれば相当な痛さだ。

 カラカラ、とゴドゥインの手から、木刀が落ちた。


「勝負あり、勝者ルイ」


 まさか、こんなことが……、と戸惑うようなざわめきの中、明るい元気な声が耳に届いた。


「ルイ―サ様! ルイ……様、やりましたね!」


 駆け寄ってきたローレライの満面の笑みに、こちらも肩の力が抜けた。


「ありがとう、ローレライ]

「本当に、ルイ―サ様からはいつも、私達女性にもまだまだ可能性があるって教えてもらってます!」

「……そうね。もっともっと、先を、上を目指さなければね。一緒にがんばりましょう、ローレライ」

「はい! 私もがんばります!」


 その後のハンとの試合で、私は負けた。

 皆の視線を浴びながら、ハンと私は王から言葉をかけてもらう。


「城外警防隊ハン、見事だ。これからも皆の手本となるよう、努めてくれ」

「ハッ、もったいないお言葉です。これからも王の真の盾となれるよう、訓練に励みます」

「宜しく頼む」

「ありがとうございます!」


 アドラー王がハンを褒め、城外警防隊の隊員たちが歓声をあげた。

 次に、王は私を見た。


「城内護衛隊ルイ、よくやったな。女性も男性と肩を並べていけることを、これからも示してくれ」

「ありがとうございます。王にご提案したい事がございます。申し上げてもよろしいでしょうか?」

「かまわん。申せ」

「はい。王は女性も男性と肩を並べていけるとおっしゃいましたが、女性は男性より劣っていると考える人間はまだまだ多いかと存じます。私は、そのような古い考えを払拭し、女性も男性と同じように努力すれば望む職につける社会を希望致します。そういった改革を実行する為に、私は地位が欲しい。アドラー王、私を王の妃として採用してはいただけませんか?」


 隊員の前での、私の前代未聞の発言に、アドラーだけでなく、周囲に陣取るギルティアスやシュナイゼル達鷲の目全員の目が丸くなったのがわかった。


 ついで、聞いたことがある新人組からの罵声がとんできた。


「バカか……っ! ルイ、お前失礼にも程があるぞ!!」

「王を守る兵士が妃の座をねだる等と、いい加減にしろ!!」

「寝言を言うな!! ……ったく、これだから女は!」


 自分への批判が聞こえないふりをして、私は王に向かってニッコリとほほ笑んだ。

 アドラーは、驚きの時間が過ぎると、大声で笑出だした。


「っくっ……、ハハハハハハッ……。さすがだ、ルイ。鷲の盾が、妃として隣に立ってくれれば、これほど心強いことはない。その提案、採用しよう」


 今度は、王の言葉に、隊員たちが固まった。

 王に手をとられて、私は王の隣に並んだ。


「よいか、皆の者。私はルイを王妃に迎える事を決めた。今、この瞬間から、ルイは私の婚約者となる。勿論、皆と同じ隊員でもあるが、未来の王妃だ。ルイに敬意をもって接するよう、頼んでおく。私は私の意志で、私の望む者を王妃とする。ルイと力を合わせ、皆の力をかりながら、この国をより良いものにするようここに改めて誓う。これは、公式な宣言だ。再度言うぞ、私は、ルイを王妃に迎える。図書教育隊、きちんと記録しておいてくれ」


 鷲の目の5人を横目で見ると、突然こんな場所で仕方ないな、という風に苦笑している。

 ふとローレライを見ると、驚愕という表情のまま、微動だにしない。ゴドウィンやフランシス、そして他の新人組の兵士達も、思考停止した状態で固まったままだ。 


 王の言葉を受けて、即座に図書教育隊隊長のガムランが祝福の言葉を述べた。


「アドラー王と未来の王妃となられるルイ殿は、本日この場でご婚約された。おめでとうございます!! 王が妃を迎えられる日を、我ら鷲の盾は待ち望んでおりました! この祝賀会で、めでたいご婚約が成立したことを、心よりお慶び申し上げます。アドラー王、万歳!!」

「王、おめでとうございます!!」

「王、ルイ殿、おめでとうございます!」


 鷲の目の5人が、口々に祝いを口にする。

 他の隊員達は、呆気にとられたままだ。


 王自身が、この婚約を公式なものと宣言し、図書教育隊隊長が、国の歴史として認めたのだ。

 誰も表立って反対することなどできない。


「よし、では目出度き日を皆で祝おう! グラスを手に取れ」


 シュナイゼルの言葉に、放心状態の隊員達も、言われるがままにグラスをとる。

 こうして、家臣から王へ、女性から男性へという、この国ではあり得ない求婚劇は、あっという間に幕を閉じ、なし崩し的に怒濤の祝宴へと移行した。


 後にアドラーは、この日の出来事を笑いながら何度も口にした。

 彼にとっても、私の言動は予想外だったようだ。


「ルイのような大胆な人間は、この国にはいない。いや、今の時代、他国にとっても希少な存在だろう。オレは得難い人材を手にいれる事ができた幸運な男だ」


 今日もアドラーはそう言って、私を抱きしめ、つむじにキスを落とす。

 不思議な気分だ。


 あれ程嫌悪していた男性との接触だが、アドラーが相手だというだけで、こんなに嬉しくて安心できるものとなるなんて。

 人の肌の温もりが、こんなにも心地よいなんて、夢にも思わなかった。


 祝賀会のあの日から半年、私は今日、アドラー王の妃となる。


 この日の為に、純白ではなく、鮮やかな青色のドレスを用意した。

 王妃が結婚式で、男性の色とされる青色を纏うのは、多分この国の歴史上はじめての事だろう。


 バアヤから小言をもらうのは間違いない。

 保守派の人間からも、非難を浴びる事必須の事案だが、私は譲らなかった。


 これは、私の決意表明なのだ。

 不要な慣例は破っていくという、私から国民への挨拶状ともいえる。



 この人生で、私には2つの目標があった。

 権力、財力を得て、昔の私のような人間を少しでも減らすよう尽力する事。

 そして、私の天使、アルに会うこと。


 アルに会いたいという望みは、既に叶った。

 美しい天使のような少年は、鷲に例えられる屈強な戦士へと姿をかえ、そして思ってもみなかった地位についていた。

 

 アドラー王、革新的で器の大きなこの王に仕える事は、私の誇りだ。


 そして、その鷲の王は、私のもう一つの望みを叶えるチャンスをくれた。

 か弱い、被害者だった貴族令嬢が、物理的な強さを努力によって手に入れ、今また高い地位と権力を得ようとしている。


 夢物語のようだと思う。


 嬉しさと共に、恐怖も感じる。

 王の隣の場所に立つ王妃という地位が、自分に務まるのか、と。


「では、いくか。我が妻よ」


 彼に手を預け、城の最上階のバルコニーへと移動する。

 王と妃の姿をより多くの民にみてもらえるよう、バルコニーからお披露目するのが伝統だ。


 城下には鷲の盾の兵士達は勿論、有力な貴族達や私の家族である父とバアヤ、そして執事長達の姿も見える。

 ローレライやサイラス、学園の教師や同級生だった皆も手を振ってくれている。

 そして城の外からも、多くの民がこちらを見ながら祝いの言葉をかけてくれいた。

 

「アドラー王様、万歳!!」

「ご結婚おめでとうございます~~」

「アドラー王様、ルイ―サ王妃様、万歳!!」


 皆の声援に応えるように、二人で手を振る。


 私が、今日この場に在る事は、本当に不思議としかいいようがない。


 愛するアドラーに出会えた事、共に歩む機会をた事。

 

 そして、かっての私のような女性や、弱き立場の者が対等に意見を言える社会に向けて、改革できる地位を得られたこと。


 アドラーが言うように、まだまだ身分制度を支持する、保守派の人間は大勢いるのだろう。


 正義の定義は、人によって違う。

 私達が間違っていると捉える人達も多いだろう。


 それでも、私達は今までと違うやり方で、より良き社会を目指し、国をつくりかえていきたい。


 人は変わることができる。


 例え、踏みつけられても、もう二度と笑う事ができないと思うほど傷ついたとしても。


 人は、学び、考え、行動し、自分を、そして進む道をかえる力を、持っている。


 色んな人の手を借りながら、私は変わることができた。


 今度は、私がかわりたいと願う人達の後押しをしていきたい。

 人々が、自分と相手共に尊重するような社会へと、かえていきたい。


 私は、私自身に誓う。

 この王妃という予想外の立場ポジションを、決して無駄にしない。

 この地位を、民の為に有効につかうと。

  

 隣のアドラーが言う。


「王妃、これでお前は俺から一生逃げられないぞ」


 私は、笑顔で答える。


「逃げるつもりはありません。王がおイヤだと言っても、私はこの席に居座りますから、覚悟してください」

「頼もしいな。オレがおかしな方向に行きそうになったら、止めるのはルイ、お前の役目だぞ」

「王がおかしくなりそうでしたら、私がとめます。そして、私がおかしくなりそうな時は、王がおとめくださいね」

「ルイがおかしくなる事などあるのか?」

「勿論ですよ。私だって権力を握ったら、おかしくなってしまう事だってあり得るでしょう。私は王と、互いに切磋琢磨しながら、意見をぶつけ合い、助け合っていきたいと考えています」

「我が妻は冷静で、頼りになる。これからも宜しく頼む」


 そういうと、アドラーは私のあごを持ち上げ、私に口づけした。


 キャー――――、という黄色い声があちこちから上がった。


 普段は見せない、甘く優しい笑みを浮かべながら、彼が私を見つめる。

 大きな犬が、飼い主の側にいれて嬉しくて仕方ないというようなその笑顔に、私の心もあたたかくなる。


「アドラー様、愛しています。心から」


 私は素直に、気持ちを告げた。

 彼は一瞬、目を丸くしてから、私をガシッと抱きしめた。


「オレの方がずっとずっと愛している。ルイ、長年こじらしたオレのお前への愛は、重いぞ。覚悟しろよ」


 婚儀のバルコニーで、キスしたり抱き合う王と王妃というのも建国初だろうと思いながら、私は彼の背中に腕をまわす。


 前世サラディナーサ今生ルイーサ

 どちらの私も、一人で戦ってきた。

 だが、今は隣にアドラーがいる。


 彼の体温を感じながら、目を閉じる。

 

 これが神の思し召しなのか、それともただの偶然なのかは、わからない。

 なんであれ、私はこの導きに心から感謝した。


 今日、私は王妃となった。

 王と私のあらたな戦いが、これから始まるのだ。

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