第9話 直接対決
「我々はシャムスヌール帝国より、罪人であるブルービット公爵を逮捕しにきた。屋敷の使用人は全員動くな、おとなしく降伏せよ。動けば、命の保証はしないぞ!!」
「ブルービット公爵はどこだ?」
帝国軍のバビット将軍を通じて、ブルービット公爵の罪は公式に明らかとなりラムヌール帝王に伝えられた。
屋敷に同行していたラツィオール侯爵、アリスター伯爵、レッドロック伯爵の3人は、ノートに自分達の娘が書いた悲惨な言葉を見つけ、怒りに震えながら涙を流した。
私達はラムヌール帝王の指示の元、バビット将軍と1000名の剣士と共に、即座にスン国のハノイ公爵家の屋敷へとブルービット公爵の身柄を拘束する為に、強行軍で馬を走らせた。
屋敷の周りを取り囲んでから踏み込んだか、なぜかブルービット公爵とハノイ公爵の姿が見つからない。
「執事長はお前か? この屋敷の主とブルービット公爵の二人のはどこにいる? 正直に答えろ!!」
「そ、それは……」
将軍が問い詰め、やっとのことで年老いた執事長が口を開いた。
二人は、本館の脇にある小屋の地下室にいるらしい。
地下室と聞いただけで、イヤな予感がした。
「バビット将軍、行こう!」
「よし、この場はライアン副隊長に任せる。第一小隊の幹部は、私とアドラー王についてこい」
私達は20名ほどで、急ぎ地下室へと向かう。
鉄の扉の向こうからは、若い女性の悲鳴が聞こえてきた。
――――奴らは、まだおぞましい所業を繰り返しているのか?
過去の忌わしい記憶が瞬時によみがえり、つい奥歯をギリっと噛みしめた。
鉄の味を感じながら、ただただ、強い怒りが体中に沸き起こるのを覚えた。
奴らをこれ以上、野放しにはしておけない。
これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。
今日ここで、ケリをつけなくては!!
内鍵をこじ開け、扉をひらくと、そこには二人の公爵と、鞭で打たれ傷だらけになった若い女性の姿があった。
「ブルービット公爵、シャムスヌール帝国ラムヌール帝王の名において、御身を拘束する。容疑は、ご自身が一番わかっているだろう。大人しく従えば、帝国までの命は保証する。ハノイ公爵、あなたにも帝国までご同行願おう。御国には話を通してある。アドラー王への虚言、そして我が帝国内でのブルービット公爵の殺人幇助、または関与について調べさせて頂く」
将軍の言葉に、ハノイ公爵は青ざめ、膝から崩れ落ちた。その口からは、違う、これは違う、私じゃないという言葉が漏れ聞こえてくる。
一方、ブルービット公爵は、憎々しげにこちらを睨みつけてこう告げた。
「それ以上近寄ると、この女の命はないぞ。私を捕まえる為に、平民とはいえ、スン国民に無駄な犠牲者をだしてよいのか?」
首に剣先を突きつけられた、まだ10代であろう少女は、血まみれの体を震わせて涙を流している。
「その少女はかなり弱っている。長くはもたないでしょう。私がかわりに人質になります」
そう言いながら、私は剣を置き、鎧を脱いだ。
チュニック姿で両手を上げながら、ゆっくりと奴らに近づく。
ハノイ公爵はパニック状態のまま、部屋の奥に座り込んだまま動かない。
ブルービット公爵は、鋭い目をこちらに向けながら、思案しているのがわかる。
「待て、ルイ! 危険過ぎる!」
「しかし、あの少女は出血しています。このまま長引けば、命を落とすかもしれない。ほら、みろ。私は丸腰だ。後ろを向きながら、そちらに近づくぞ」
「ルイ、待て……!」
アドラー王の焦りにも似た表情を見ながら、奴らの方向へと後ろ向けに進む。
急に後ろからガッと体を拘束され、冷たい感触が首に押し付けられたのを感じた。同時に、少女が王とバビット将軍達の方に押されて倒れるのが見える。
「よし、お前らは一度この部屋から出ろ。さもなくば、この女の首を切る。アドラー王よ、役立たずな女兵士とはいえ、自国民をむざむざ殺したくはないだろう?」
ブルービットの腕が私の体を覆っていることに、吐き気がする。
こんな至近距離で奴の声を聞く等、心底ゾッとする。
しかし、うまく喰い付いてくれた事に安堵した。
奴なら、兵士である私であっても、女だからと油断してくれるだろと思ったのだ。
「ルイ、そいつを殺してはならない! 生かして帝王に届けるぞ」
アドラー王のよく通る声が地下室に響く。
私は王の顔を見て、小さく頷いた。
「フハハハ、バカめ! 女に何ができるというのだ? ほれ、怖いだろう? このまま、この首に剣を突き刺してやろうか?」
「ッ……ククッ、アハハ……」
私は、笑った。
剣先を首につけられ、体を拘束されながら、私は声を出して笑った。
そう、
でも、今は違う。
「ブルービット公爵、女とはいえ、私は兵士ですよ。こんなに近づいて、危険ではありませんか?」
「ほう、これはまたじゃじゃ馬だな。調教するのが楽しみだ。女はいくら兵として訓練を積んだとて、男の私にかなうわけがあるまい」
「なるほど、あなたの中では、女は永遠に男の下にある存在なのですね。では、私が教えてさしあげましょう」
私は素早く彼の左腕を払い、右手首を捻って剣を奪い、ブルービットを地に叩きつけた。
「グハ……ッッ!」
左手で奴の左肘を確保し、両膝を背中から腰へ乗せ、動きを封じた。
「っくっ……、は、離せ……!」
「ブルービット様、男に善人と悪人がいるように、女にも弱者もいれば強者もおります。あなたは散々、女や弱者をいたぶってきた。今度はあなたの番だ。女にいたぶられる番が、ついにまわってきたのですよ」
私は奴の首に剣を当て、薄っすらと笑みを浮かべながら、そう囁いた。
「やっ、やめろ……。やめてくれ……!」
「そこまでだ、ルイ殿。その者の裁きは、我が帝国で行う」
バベット将軍の言葉に、私は迷った。
この男をこのまま、引き渡さなくてはならないのか?
イヤだ、殺してやりたい。殺してやりたい……!
私の、殺された妻達の、犠牲になった皆の無念を晴らしたい!!
どれだけこの男によって苦しめられてきたか。
どれだけ多くの人間が苦痛に苛まれてきたか。
この男を殺せるなら、私の命をなげうってもかまわない!
「ルイ、よくやった。お前は、その男より、強い。今、そやつを殺す必要はない。わかるだろう?」
私は、声をかけてきた王を、アルを見つめた。
前世で、ドス黒い思いに呑まれかけていた
今生で、己の意志を持ち行動する
王のお陰で、奴をここまで追い詰める事ができた。
今、ここで私がブルービットを殺せば、今度は私が罪人となる。
そうなれば、私個人の問題ではなくなり、国間の対立へと向かってしまうかもしれない。
それは……イヤだ。
アルを困らせたくはない。私は彼に受けた恩を返したいのだ。
私が逡巡している間に、ブルービットは私から逃れようともがいた。私は無意識に、剣を握る手を動かした。
「ぎゃあああ――――!!」
奴が、叫びながら股間を抑えて胎児のように体を丸めた。
男性である、その場にいた私以外の全員の顔が、青くなるのがわかった。
私は、剣で奴の股間を切りつけてしまったようだ。
「……申し訳ございません。彼が逃げようとしたので、無意識に手が動いてしまいました」
「ああ、いや……わかった……。おい、誰か館内の医師を呼んでこい。ハノイ公爵は拘束せよ。」
帝国兵が慌ただしく動くなか、私はアドラー王の下へ傅いた。
「またもや、勝手な動きをして申し訳ございません」
「全くだ……。お前はオレの命令を何だと思っている? 危険なことばかりして……。だが、よくやったな、ルイ。お前の提案と働きにより、帝国はブルービット公爵を罪人と認めた。お前の功績だ」
王がそう言いながら、私の肩に手を置いた。
その手の温もりに、私は長かった闇の時代が、ひと区切りついた事を実感した。
********
あれから三ヶ月。
シャムスヌール帝国と隣国からは、ブルービット公爵の件で感謝状が届いた。
今日は、城内の広間でその慰労会が催される。
王とギルディアスらと共に、執務室から大広間に移動する直前、私は王に止められた。
「ルイに少し話がある。ギルディアス、1分で追いつくので先に行ってくれ」
「かしこまりました。2分までお待ちしております」
王と二人きりで話すのは、前世の記憶があると告白した時以来だ。
王はまっすぐに私の目を見ながら、話はじめた。
「ルイ、一つ聞いておきたい。お前は、……オレが怖くはないか?」
「こわい、ですか?」
「お前にとって、アルは天使だったのだろう? だが、今のオレは違う。周りの国から鷲と呼ばれる乱暴者だ。国をとるために、前王妃や側妃、兄、そしてオレに反旗を翻した貴族達を粛清した。ある意味、オレも権力をかさに殺戮を繰りかえす血塗られた手を持つ人間だ」
アドラーはそう言いながら、彼の掌を私に広げてみせた。
「……王は、その事を後悔しておいでなのですか」
「後悔……していないといえば、嘘になる。だが、オレは兄を、王の座に据える訳にはいかなかった。あのバカが王になれば、それこそオレはなぜ止めなかったのかと、今と比べ物にならぬほど悔いただろう。……人間は慣れる。オレは、権力をもつ事に慣れ、オレが軽蔑していたような奴らのようになってしまう自分が怖い」
王がそのように考えているとは、思ってもみなかった。
彼は、いつも自信満々で、恐れ知らずの堂々たる王にみえた。
「私は、王を怖いと感じたことはありません。そして、自分の行いを内省する事ができる王を、尊敬します」
アドラーはホッとした表情をしながら続ける。
「オレは、今までの慣例にとらわれず、自由な発想で国をつくりなおしたい。過去の仕組みを一度、ブチこわしてみたいのだ。女と男、平民と貴族、それらの差別を完全になくすのは難しいだろう。また、身分の差をなくす事が本当に正しいのかどうか、正直わからぬ。だが、平等を望む者にはそれを選ぶ選択肢を与えたいと、オレは思う。ルイ、そういった改革を続けていく為の、オレの片腕になってくれないか?」
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