第79話 保安

 クロイさんが運転するハイエースが勇者の泉に近づくと、そこにはすでに熊村さんが到着していて、作業員アンデッドマンたちと談笑しているのが見えた。熊村さんもすっかりアンデッドマンたちと仲良くなっているようだ。


 「熊村さん、おはよう!」

 「おはようございます!」


 ボクたちが挨拶すると、熊村さんがいつものように挨拶を返してくる。


 「今日も一日、ご安全に!」


 ボクもヘルメットをつけて、今日の朝礼をしなければならない。前日までのヒヤリハット事例をまとめたものを担当の作業員アンデッドマンから受け取り、目を通して気になる事がないかチェックする。どうやら、昨日はこれといった不安全な事は起こってないようだった。ただ、何もない状態が続くと気持ちのゆるみがおきて、ふとしたことで大事故が起こる可能性もあるので、ボクは朝礼で改めて気を引き締めて安全作業に徹するようにお願いしておいた。


 ひととおり朝礼などが終わると、様子を眺めていた和田さんがクロイさんと何やら話していた。どうやら、とりあえず現実世界側で会社を登記して、鉄道工事の経験者を募集することになったようだ。


 「とりあえず、ローラ姫とサマルトリア王に見せた事業計画を手直しして、親父オヤジにプレゼンして、当面の現実世界側の資金を借りるかなぁ…」

 「わしは地域の方には顔が利くからさ、土地のあたりはつけておくよ。」

 

 クロイさんは「親父オヤジすねかじりたくなかったんだけどなぁ…」とぼやいている。


 「そんなに心配すること無いですよ! ちゃんと事業を成功させて、きっちりお金を返済したらお父さんも喜ぶと思いますよ!」


 ボクはクロイさんにこう言った。言った後で、数日前にはボクも不安で押しつぶされそうだった事を思い出して、少し照れ臭くなったのだった。


 「それでな、クマイ。今日は朝の安全巡視が終わったら、ローレシア城に戻って企画を練り直して資料を作って欲しいんだ。親父オヤジに説明するためにも最新状況をまとめたものが必要なんだ。」

 「わかりました、車を一台借りて行っていいですか?」

 「それよりも、こっちの方がいいだろ。」


 そういうと、クロイさんは羽根のようなものがつづりになったものを一枚ちぎった。


 「なんですか、これ?」

 「ああ、キメラの翼の回数券だ。道具屋の親父にまとめて割引してくれって言ったら、回数券にしてくれたんだ。」


 タクシーチケットのようなつづりになった「キメラの翼回数券」を見て、ボクはなんとなく、ボクたちの社会の慣習がドラクエ世界と融合していっているのを感じるのだった。


 キメラの翼をつかうと、世界がもやっとして、気づくとボクはローレシアの城の入り口にいた。なんとなく狐につままれたような感じのまま部屋にもどると、ボクは計画の修正作業に入った。


 もともとの単線を環状線に計画変更することになったが、計画変更は言うほど簡単ではない。特にローレシア付近では土地が狭いために、急なカーブを作らざるを得なかった。いまはモーターカーによる牽引だからどのみち速度はそれほど出ないのだが、今後より高速な車両を走らせることになった際に大カーブは後々不利になる。とは言え土地は限られている。様々なジレンマに葛藤しながら、ボクは図面を何度も書き直したのだった。


 すこし頭がくらくらするまで集中して計画修正が終わった頃、気づけばもう、外は綺麗な夕焼け空になっていた。麦茶を飲みながら少し休憩していると、クロイさんたちが帰ってくるのが聞こえた。


 「オーッス!今帰ったぜ!」

 「どうも、ご安全に!」


 熊村さんは今日もローレシアに泊まるつもりのようだ。ウサギさんとスライムさんも帰ってきて、ローレシア城にはいつものメンバーがそろった。今日は、熊村さんから嬉しい情報があった。


 「明日にはローレシアまで光ケーブルが来て、インターネットが使えるようになりますよ!」

 「さすが、熊村さんですねぇ! これでクロジさんたちとの通信が出来るようになりますね!」


 クロイさんも工事の進捗に満足気な表情だ。


 「だいぶ苦労したけど、やりがいがあったぜ… そうだ、クマイ、修正計画の方はどうだ?」

 「ひととおり完成しました。夕食を食べた後で説明しようと思います。」


 今日のメニューはボンカレーゴールドと、異世界で撮れた野菜のサラダだった。忙しいので簡単なメニューになってしまうが、かまどで炊いたご飯にかけて食べるボンカレーゴールドは美味しかった。ボンカレーシリーズには、ボンカレーベジという動物性原料を使っていないシリーズがあるので、ウサギさんも安心して食べられるのだった。


 「このスパイシートマトカレー、美味しいね!」

 「なんだか、ボクも食べたくなっちゃいます!」

 「おれは王道の辛口だな!」

 「私は、安全第一で中辛にしておきます!」


 それぞれに好みのカレーを食べている。ハマダイコンで漬けたピリリと辛い福神漬けも中々美味しく、ボクたちはレトルトながらも充実した夕食を堪能たんのうした。


  …………………………………………………


 一休みした後、ボクは新しく路線を引き直した面をプロジェクターに映した。壁いっぱいに映し出された図面を前に、ボクは説明を始めた。


 「まず、図中赤で示された路線が「ローレシア環状線」です。そして、図中に水色で示されているのが「異世界貨物線」です。駅としては、ここ「ローレシア駅」から、「リリザ駅」「サマルトリア駅」と続き、「北砂漠貨物駅」を通ってまた「ローレシア駅」に戻る環状線です。」


 ここで、クロイさんから質問があった。


 「途中に書いてある「新駅(仮)」ってのはなんだ?」

 「これは、路線中にある平野部に仮に駅を配置したものです。駅を作って、そこを起点に住宅開発したら長期的に利用者の増加と、不動産業の発展が見込めると考えて配置しました。」

 「いい案だな。」


 熊村さんも質問する。


 「北砂漠貨物駅付近と、ローレシア駅 - リリザ駅の間にある2か所の複線区間はなんのためにあるんですか?」

 「ハイ、実は当初は1編成での運行を考えていましたが、やはり右回り・左回りの両方の列車があるほうが便利だと考え、2編成での運行に変えました。今考えているダイヤは、朝に異世界貨物駅を右回り、左回りにそれぞれ発車した列車が南砂漠信号所で待ち合わせをします。そこで相互に行き違って、再び北砂漠貨物駅で入れ替えを行う…という形で日中は環状運転を続ける計画です。詳しくは★★況ノートの「ローレシア環状線運転アニメーション」を参照してください。」

 「アニメーションだと、列車の動きがわかりやすいぜ…」


 アニメーションをいたく気に入ったクロイさんから、列車保安に関する質問があった。


 「逆回りにまわる列車が2つあるわけだが、正面衝突しないようにするためには、どういう対策を講じてるんだ?」

 「適宜※1塞区間を設けて信号機とWi-Fiを使った※2TSで衝突しないよう管理します。」


 新線計画もどんどん具体化してきている。議論はさらに白熱していくのだった。



★近況ノート どうぶつクエスト:異世界修正路線計画図 を参照ください。


★★近況ノート どうぶつクエスト:ローレシア環状線運転アニメーション を参照ください。


※1 閉塞:線路を一定の区間に区切り、その区間には必ず1編成の列車しか存在できないようにするルールの事。


※2 ATS:自動列車停止装置。列車が信号を無視しようとした場合、自動的に列車が動かなくなる安全装置の事。

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