第6話 鬼とおにぎりはデカい方がお得

「ちょ……アンタ、何やってんのよ!?」


 三体の邪鬼をあっさりと討伐した恭一に美森が詰め寄った。


「どうして5級の初心者が3級妖怪を倒せるのよ!? 馬鹿なの? 馬鹿よねっ!」


「五月蠅えなあ、倒せるものは倒せるんだから仕方がないだろうが。どんな抗議だよ」


 距離を詰めて騒いでくる女に辟易しながら、恭一は退魔師カードを取り出して裏面を確認する。


「ちゃんと記録されているな。邪鬼が三体……これでいくらになるんだ?」


「……3級妖怪の相場は一体あたり10万円よ」


「じゅうま…………ハアッ!?」


 美森が口にした金額に恭一は愕然とさせられる。

 一つ退治して10万円ということは、三匹で三十万ということだ。

 小鬼をチマチマ倒していた時間が徒労に思えるほど金額に差があった。


「冗談だろ……小鬼とそんなに手間は変わらなかったのに、二百倍も差があるのか!?」


「当たり前でしょう? 3級妖怪を倒せる人間は日本に五百人くらいしかいないのよ?」


 美森が呆れた様子で説明をする。


 退魔師協会に所属している人間はおよそ一万人。その大部分が5級または4級退魔師だった。

 妖怪の等級は強さと危険度によって区分されているが、そのおおよその基準は以下のとおりである。


5級

一般人が刃物や鈍器などを使用して退治することができる。


4級 

訓練を受けた一般人が銃火器などを使用して退治することができる。


3級 

術者が特殊な装備または技術を使用して退治することができる。


2級 

十分な経験を積んだ術者が複数人で退治することができる。


1級 

国を脅かすほどの危険度を有している。


 ここで指定されている『一般人』とは『術者』の対義語であり、陰陽道や魔術を使うことができない人間のことである。

 銃を持った警察官などが退治することができるのは4級妖怪まで。

 3級以上の妖怪に対しては、陰陽師や魔術師などの特殊技術を持った人間でなければ立ち向かうことはできない。

 流派や職種を問わず、現在、日本にいる陰陽師などの『術者』は一千人ほど。現役として危険地帯に入って妖怪と戦っているのはその半分に満たなかった。


「4級以下の妖怪はしっかりと訓練を積んでさえいれば誰にだって倒すことができる。だけど……3級以上の妖怪は生まれながらの術者の才能が必要になるわ」


 美森は疑うような目を恭一に向ける。


「さっきの貴方の攻撃だけど……いったい、どうやったの? 普通に殴ったりしただけに見えたけど、蘆屋家に伝わる秘伝の呪いか何かなのかしら?」


「いや、別に。本当にただ殴っただけだが」


「殴っただけで邪鬼が倒せるわけないでしょうが! 馬鹿なの? 馬鹿よねっ!」


 美森が地団太を踏んで叫ぶ。

 恭一からしてみれば、どうやって倒したのかだなんてどうでも良いことである。

 大事なのは……妖怪を倒したことで、どれだけの金が懐に入ってくるかだけだった。


(ああ、畜生! こんなに金額に差があるってわかってたら、チマチマと小鬼を潰してないで大物を狙っていたものを……時間を無駄にしちまったじゃねえか!)


 楽して稼ぐのが信条の恭一にとって、金と労力が釣り合っていないのは何よりも腹立たしいことだった。

 小鬼狩りがボロい儲けで得だと思っていたのに、それ以上の儲け話がすぐそばに転がっていたことを見逃していた。

 それは許しがたいほどに悔しいことである。


「……これからは3級以上を狙うことにするか。今日中に新しい住処の資金が貯まりそうだな」


 すでに懐には三十万円。

 安めのアパートであれば、数ヵ月分の家賃を支払うことができるだろう。

 十分に稼いだからもう帰っても良いのだが……何度も山登りをするよりも、今日中に何年か遊んで暮らせる金額を稼いだ方が効率が良い。


 できる限り働かない。

 働くのであれば、効率よく稼ぐ。

 それが蘆屋恭一という男の生き方なのだから。


「よし、さっさと進んで金袋を探すか」


「ちょ……待ちなさいよ!」


 スタスタと先を歩いていく恭一を美森が慌てて追いかける。

 二人は高尾山をさらに奥へと進んでいき、自然とレッドゾーンの中心である『薬王院』に近づいていくのであった。

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