蒼雷の退魔師 妖怪と陰陽師ばかりの国だけど神の子だから余裕で生きるし女も抱く

レオナールD

第0話 その男、ヒモにして


「君さ、そろそろ出ていってくれないかな?」


「あ?」


 恋人であったはずの女性の言葉に、青年――蘆屋恭一は目を白黒とさせた。


 恭一がいるのは寄生先の彼女の部屋だ。

 自分の家を持っていない恭一は恋人の家に一年以上も住まわせてもらっていたのだが……リビングのソファで寛いでいたところ、突如として退去要請をされてしまった。


「何で? 俺、なんかしたっけ?」


「うーん……どちらかというと、何もしないことが問題かな?」


 恭一の恋人……相葉乃亜は頬に手を添えて、困ったような顔で言う。


「高校を卒業して男子寮から追い出されたからってウチの部屋に転がり込んできたけど……恭一くん、何もしないんだもの。働きもしないし、勉強もしていないし……毎日のようにパチンコか競馬。せめてバイトでもしてくれたら良かったんだけど……さすがに限界かなって」


「限界……」


「うん。私は恭一くんのお母さんじゃないからね。大学の学費もあるし生活費も必要。将来に備えてお金もためておきたいし……もう養ってあげられないかなって」


「…………」


 乃亜の言葉は非常にまっとうなものである。


 恭一と乃亜は高校の同級生であり、恋人同士だった。

 複雑な家庭に生まれた恭一は高校卒業後、大学に進学して一人暮らしをすることになった恋人の部屋に転がり込んだ。

 そのまま、怠惰を極めて恋人の世話になっていたのだが……彼女の方に限界がやってきてしまったようである。


「恭一くんが就職活動したり、奨学金もらって大学に通おうとしているなら応援してたけど……一年経っても、ヒモのままでしょ? 私もそんなにお金があるわけでもないし、無理だよ。いくらなんでも」


「…………」


「だからさ、もう出ていってくれない? これ、最後だから餞別せんべつにあげる。返しに来なくても良いから、もうウチに来ないでね?」


 やんわりとであるが、取り付く島もない強い拒絶。

 恭一は呆然と差し出された万札を見つめる。


 乃亜は良い彼女だった。

 無一文で転がり込んできた恭一のことを二つ返事で受け入れて部屋に済ませてくれて、大学に通いながらバイトをして生活費を稼ぎ、家事までこなしていた。

 恭一が浮気心を起こして他の女性と遊んでしまった際にも、往復ビンタだけで許してくれた。


 どう考えても、見捨てられた恭一が悪い。

 それはヒモでクズな恭一でさえも、疑いようもなく理解できることだった。


「……りょーかい。荷物まとめるから待っててくれ」


 ゆえに、恭一はあっさりと破談を受け入れる。

 その日のうちに少ない荷物をまとめさせられ、彼女のアパートから出ていくことになった。

 持ち出す荷物は大きめのリュックサック一つ分に収まるほど。恭一は物に執着しない性格のため、こういう時には身支度が早い。


「……世話になったな。この金も感謝する」


「いいよ。こっちこそ良い思い出をありがとう。恭一君の彼女でいられて、わりと楽しかったわ」


「…………そうかよ」


 乃亜の言葉に、恭一はわずかに表情を歪めた。

 愛情はあるし、未練がないわけではないのだが……乃亜の言葉には揺るぎない意思がある。

 仮に恭一が泣きついて懇願したとしても、意見を変えることはないだろう。


(俺だって最後くらいは潔く終わりたいからな。女にカッコ悪い背中を見せられるかよ……)


 恋人の善意に寄生していた恭一であったが、その程度のプライドは持っている。

 大人しくまとめた荷物と渡された金を持って、一年間暮らしたアパートの部屋から出ていった。

 トボトボと歩いていく恭一であったが……その背中に乃亜が声をかける。


「恭一くんさ、たしか有名な陰陽師の子孫なんだよね」


「…………?」


「だったらさ……『退魔師』とかやってみたらどう? 頑張ったら、結構、稼げるんじゃない?」


「…………おい」


 振り返ると、同時に部屋の扉が閉められた。

 乃亜の顔はもう見えない。ひょっとしたら、二度と会うことはないかもしれない。


「退魔師って……俺がか? どう考えてもガラじゃねえだろ」


 閉じられた扉に向かって言葉を投げるが……返答は戻ってこなかった。


 その日、青年……蘆屋恭一は恋人と帰る家を一度に失くした。

 天涯孤独となった恭一はわずかばかりの金と荷物を手に、力ない足取りで東京の街を歩いていくのである。



     ▷          ▷          ▷



 この世界には、魔物やモンスターと呼ばれる人外の怪物が当たり前のように存在している。

 日本では『妖怪』と呼ばれており、人々の生活を脅かしていた。


 河童に川に引きずり込まれて溺死する人間がいる。

 天狗に空から落とされて墜落死する人間がいる。

 鬼に捕まって喰い殺されてしまう人間がいる。

 狐狸こりに化かされて死ぬまで森を彷徨う人間がいる。


 日本で発生している行方不明者の七割は妖怪が原因とされており、毎日のようにテレビで妖怪の被害を報じるニュースや避難命令が流されていた。


 もちろん、人間側も黙って妖怪に殺されているわけではない。

 人の生命を脅かす敵がいるのであれば、それに立ち向かう人間がいるのも道理である。

 陰陽師や外法師、魔術師、エクソシスト、妖怪ハンターなどといった職種についている人間……総じて『退魔師』と呼ばれる者達が妖怪と戦って人々の生活を守り続けていた。


「俺が退魔師って……冗談が過ぎるだろ」


 肩を落として街を歩きながら、恭一は溜息と共につぶやいた。


 恭一は背が高くて、髪の色は金色。瞳は青で日本人離れした容姿をしている。

 しかし、戸籍上は立派な日本人であり、乃亜が口にしていたように高名な陰陽師の子孫だったりする。

 恭一の祖先……『蘆屋道満』はかの有名な『安倍晴明』の宿敵として知られており、陰陽師の世界ではそれなりに名の通った家系だった。


 しかし、恭一自身は蘆屋家の分家筋である母親からは最低限の教育しか受けていない。

 仕事の鬼だった母親からネグレクトされており、実家にあった陰陽師の経典を何冊か暇つぶしに読んだことがあるくらいだ。

 偉そうに『陰陽師』などと名乗れるほどの腕前はないし、母親とも高校入学して男子寮に入ってから一度も顔を合わせていない。


(行くアテはないが、実家に帰るのもしゃくだよな……だからといって、乃亜に言われたように退魔師になるのも馬鹿馬鹿しいだろ)


「……結論を出すのは早いな。まずは軍資金を増やそう」


 乃亜から受け取った金は五万円ほど。

 恭一にとってはそれなりに大金であるが、これっぽっちの金では部屋を借りる頭金にもならない。


「当面の生活費がいる……だったら、ここしかないな!」


 恭一は生活費を工面するべく、とある場所へと向かった。

 バスに乗って訪れたのは恭一が日常的に通ってきている場所。

 即ち……競馬場であった。


「今日のレースは勝ち筋ができてるんだよな。何はともあれ、まずは金……せいぜい稼がせてもらうとしよう」


 恭一は確固たる勝利の確信を持って、競馬場へと入っていく。

 恋人から与えられた最後の金で事前に決めておいた馬券を購入する恭一であったが……彼がたどった末路は予想通りのものである。


 数時間後。

 一文無しの素寒貧すかんぴんになった恭一がガックリと肩を落として、競馬場から出てくることになるのであった。

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