第3話 整体マッサージ

さあ、もう一本、お願いします!


えっ、もうおしまいですか?


まだまだいけます!


お願いします、コーチ!


あ、はい……


そう……ですよね


もっともっと練習したいですけど……


オーバーワークになってもよくないですよね


決勝戦前の大事な調整の時期ですもんね


はい、コーチの判断にしたがいます


信頼、していますから


じゃあ、今日はここまでにします


ありがとうございましたっ!


えっ、ボディチェックですか?


後半から、かなり動きが固かった……


はい、自分でもちょっと自覚はあります


決勝戦を前に緊張してしまったんでしょうか


「それだけの可能性もあるけど念のため」ですか?


はいっ、もちろんお願いしたいです


じゃあ、マットに横になりますね


(青山咲久、仰向けに寝転がる)

あ、あの、コーチ……


わたし汗臭くないでしょうか?


「小学生がつまらないことを気にするな」って


急に小学生扱いしないでください!


汗の匂いは努力のあかし……


た、たしかにっ……!


さすがコーチです!


そう言われてみると


わたしもコーチの汗の匂い、好きでしたっ!


「わざわざ言わなくていい」ですか?


うみゅう、コーチの言ってること


たまに難しいです……


あ、はい、では、よろしくお願いします


コーチは、整体師さんの資格も持ってるんですよね


「意外と多い」?


そうなんですか?


へえ~、格闘家から整体師さんになる人って


少なくないんですね


そうですよね


どっちも、自分や相手の身体のこと


たくさん気にかけるお仕事ですもんね


「治すか壊すかの違い」って


なんか、その言い方こわいですよ~


んっ……はい、そこ押されると……


ちょっとだけ痛いです……


んっ……くっ……んんっ……


はい、引っ張られるとちょっとだけ……


ど、どうですか?


「筋肉がかなり張っていた」?


腰のあたりが特に……


ええっ!?


ほっとくとぎっくり腰になっちゃう可能性もあるんですか!?


ぎっくり腰って、おじいちゃん、おばあちゃんの病気かと


わたし、思ってました


そんなことないんですか?


誰でもなりうる……


運動不足か、逆に激しい運動のせいで……


そうなんですね


ううぅぅ、でもでも、困ります


決勝戦を前に腰が動かなくなっちゃったら……


チカちゃんと戦えません!


「そうなる前に、しっかりほぐしておけば大丈夫」?


ほんとですか!?


ぜひぜひ、お願いします、コーチ!


そしたら、簡易ベッドに移動して……


はい、うつ伏せになって……


(青山咲久、簡易ベッドにうつ伏せになる)

肩と背中のほうからですね


お願いします


んっ……ふぎゅっ……ふぐっ……んんっ……


はい、大丈夫です、苦しくないです


むしろ気持ちいいです


遠慮なくぎゅっ、ぎゅっ、と押しちゃってください!


んぎゅっ……ふぎゅっ……みゅぎっ……きゅうっ……


へっ? ぜんぜん平気ですよ?


「悲鳴上げてるから苦しいのかと思った」?


わたし、そんな声出してました?


自分ではよく分からないです


いえ、ぜんぜん苦しくないです


コーチのてのひらで押してもらうと


筋肉がほぐれてく感じがします


おうどんになったみたいな気持ちです


「よく分からん」ですか?


ええ~、いい例えだと思ったのになぁ


「腰と腿の辺りもやっていいか」って……


もちろん、お願いしたいですっ


なんで改めて聞くんですか?


「嫌じゃないか」って


イヤなわけないじゃないですか!


それに、いまさら遠慮なんてしないでください


コーチにはたくさんサブミッションをかけてもらったり……


マウントからの抜け方を教えてもらったり……


寝技の特訓もたくさんしたじゃないですか!


わたしの身体でコーチの手が触ってないとこ


もうどこにもないと思いますっ!


ですので、今さら遠慮なんてしてほしく……


ふぇっ!?


……「言い方」ですか?


では、なんと言えばいいんでしょう?


はぁ、とりあえず他の人に言わなければいいんですね?


特にお母さんとお父さんには、ですか?


よく分からないけど、分かりましたっ!


はぅぅっ……ふうぅ……んんんっ……


ふぎゅっ……みゅみゅっ……んきゅう……


だ、大丈夫です


ちょっと痛いけど


気持ちいいほうがまさってます!


やめないで欲しいです


もっと気持ちよくしてほしいです


ふみゅうぅぅ……ふうぅぅん……ふぎゅうぅぅ……


はうぅ、なんだか奥のほうまで届いてる感じで……


とっても気持ちいいです


はふぅぅぅ……ふひぃぃぃ……ほえぇぇぇぇ……


おしまい、ですか?


はい、ありがとうございました!


(青山咲久、起き上がる)

さすが、コーチです!


ただ手で押してるだけみたいなのに


身体がどんどん軽くなってきました!


今なら、もっともっと


たくさん練習できそうです


分かってますよ~


冗談です~


今日は大事を取ってもう休みます


えっ、明日もお休みですか!?


「念のために」って、そんな~


あっ、そうか、もともとジムもお休みの日でしたね


そしたらランニングとシャドウくらいにしておきます


え~、それもダメなんですか?


「それよりもしっかり身体を休めろ」?


う~ん、でも……


どうしても、お休みしないとダメですか?


休むのが一番の治療法……


はい……しゅん……


えっ、その代わりに……


ご褒美……ですか?


決勝進出の?


わたしがコーチにしてほしいこと?


トレーニング以外で?


もし何かあれば?


あっ、ありますっ!


すっごくしてほしいこと、ありますっ!


あのですね、えっと……


その、もしできればなんですけど……


明日、花火大会があるんです


ちょっと家から離れたとこで


電車に乗ってかないと行けなくて


お父さんとお母さんは仕事があるし


お友達も都合が合わなくて……


さすがに一人で行くのはお母さんも許してくれなくて


だから行くの諦めてたんです


さっきまでそのことも忘れてました


でも、コーチ……


もし、コーチが一緒に行ってくれるなら……


やっぱり花火、見たいです!


わたしと一緒に花火大会


行って頂けませんか?


ほんとですかっ


やったぁ!

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