第2話 スパーリング
まずはいつものように
ストレッチとマット運動からですね
よろしくお願いします
いっち、に、さん、しっ、にぃに、さん、しっ……
ふっ……ん……んんっ……うんっ……
んん……んっ……ふっ……やっ……
「あいかわらず柔らかいな」って
ありがとうございます
えへへへ、身体の柔らかさだけは
コーチに勝ってる、たった一つのことですから
こんなポーズもできますよっ
やっ!
こんなのも……
それっ!
お母さんが見てたヨガのビデオで覚えたんです
えへへ~、どうですか?
いえ、ぜんぜん痛くないです
もともと、お母さんはわたしに
新体操を習わせたかったみたいですけど……
「初耳」って言ってませんでしたっけ?
申し訳なくなんかないです
コーチが謝ることなんて一つもありません!
わたしこそ、こんな話してすみません
今はお母さんもわたしのこと
応援してくれてますし
総合格闘技のほうがゼッタイ
わたしの性に合ってたんだと思います!
自分でも意外ですけど……
はいっ、毎日練習楽しいです
それは、キツイことも多いし
まだまだだな~っていっつも思いますけど
「そうでなきゃおかしい」ですか?
あははははっ、そうですよね
まだ小学生のわたしが“まだまだ”じゃなかったら
逆に変ですよね
オトナの会員さんも
みんな「キツイ」「死ぬ」って毎日言ってますし
ふふふふっ
鬼コーチって呼ばれてますもんね
ふえっ?
わたしは……そんなこと言ってません!
コーチはいつも優しいですもん
ほんとです~
信じてください~
みなさんだってそうですよ
口ではそんなふうに言ってても、みんな楽しそうです
このジムが好きなんだと思います
もちろん、わたしも……
ジムも、総合格闘技も、えっと、
こ、コーチのことも……
な、なんでもないですっ!!
そろそろ打撃のトレーニング、いいですか?
はいっ、お願いします
(青山咲久、コーチ、リングに上がる)
……「今日からは決勝戦を想定したトレーニング」ですか?
はい、もちろんお願いします!
決勝戦の相手はやっぱりチカちゃんですね
はい、きっと勝ち上がると思ってました
南智花ちゃん……
チカちゃん、お父さんとお母さんの影響で
わたしよりずっと早く格闘技を始めてて……
そうです、空手家さんとレスラーさんですもんね
コーチもファンだったんですか?
チカちゃんのお母さんのプロレスの試合、よく観てた?
へ~、それは初めて聞きました!
……でも、それだけじゃないですよね
誰よりもたくさん、マジメに練習してるから
試合で会うたびに、強くなってるの、分かります
「練習量ならわたしも負けてない」?
ありがとうございますっ!
えへへ、コーチがそう言ってくれるなら
自信が持てます!
ジムの設備はチカちゃんのとこのほうが
ずっと立派かもしれませんけど……
わたしにはコーチが付いてますし!
なんで落ち込むんですか、コーチ!?
「貧乏ジムでごめんな」って
そんなことありません!
たしかに、チカちゃんと合同練習したとき
ビルの三階分使った広いジムで
マシンも高そうなものばかりで
びっくりしちゃいましたけど……
ああ、ますます落ち込まないでください~
わたしは、ⅤR映像付きのランニングマシンなんかより
コーチと密着して
手取り足取り一対一でトレーニングしてもらえるほうが
ずっとずっと嬉しいですっ
心の底からそう思います!
「誤解を招く表現」ですか?
なにがでしょう?
「分からないならいい」ですか?
はぁ……
はいっ、気を取り直します!
結局、練習試合では一度も勝てませんでしたけど……
でも、大丈夫です!
わたしだって、練習試合のときより
ずっとずっと強くなってますから!
大会本番までにも、強くなりますよ~
SE:拳が宙を裂く音
SE:マットの上で足を踏み込む音
しッ……しッ……しッ……ふッ……
はッ……たァッ……やッ……しゃッ……
(心の声ココから)
ワンツー……ミドル……ニー……かわして……ミドル……
フック……スイッチ……もっと小刻みに……
一瞬引き寄せて……タックル切って……膝!
もっと速く……!
もっと鋭く……!
もっと、もっと、もっと、もっと……!
チカちゃんの打撃の鋭さは、こんなもんじゃない!
(心の声ココまで)
しッ……やッ……せいッ……せいッ……
はい、次はスパーリングお願いします、コーチ!
(心の声ココから)
コーチのこの動き……!
チカちゃんの戦い方をトレースしてる?
仮想決勝戦をわたしのために用意してくれてるんだ……
さすが、コーチですっ
ありがとうございます、コーチ
チカちゃん……負けないっ
ゼッタイに……!
あっ、しまッ! くっ、まだ抜け出せっ……あっ!
(心の声ココまで)
参りました……
タップです、コーチ
どこが悪かったか?
……はい
技をかけられる前、前に踏み込み過ぎてました
だから後ろにステップするのが一瞬遅れて……
「それだけじゃない」?
はい、ストレートのあと
次の打撃に意識が行き過ぎて
肘を引っ込めるのが遅れました
打撃は速く打つよりも、打ったあとのガードが肝心
そんな基礎を忘れてました
「それだけ分かってれば上出来」ですか?
でも……悔しいです
チカちゃん対策、ですか?
ぜひ、教えて欲しいです、コーチ
はいっ、よろしくお願いします!
なるほど……
ジャブとローキックで牽制を続けて……
はい……はいっ……!
相手に間合いに入らせず……
決して焦らないこと……
なるほどです
分かりましたっ
ガマン比べなら、チカちゃんにも負けません!
はい、もう一本、お願いします
ふっ……しっ……せいっ……やっ……
たあっ……やっ……ふっ……しゃっ……
ふぅ、ありがとうございましたっ!
少しコツ、つかめた気がします
あ、あの……少し休憩したら
次は寝技のトレーニング、いいですか?
はい、たしかにコーチとだと体重差があり過ぎますけど……
でも、コーチに見てほしいんです
チカちゃん相手に寝技で勝てるとは正直、思いません
はい、そこは経験の差ですから、仕方ないです
でも、極められそうになったとき
抜ける練習はたくさんしたいんですっ
はい、それにわたしには関節もあるって
チカちゃんに思ってもらったほうが
立ち技でもフェイントが決まると思うんです!
チカちゃんのことだから
きっと油断なんかしないはずです
わたしのこともたくさん分析してくれてると思います
はい、チカちゃん対策で自分で考えました
「そのために準決勝では三角締めで決めたのか」ですか?
あ、はい。そこまで余裕はなかったですけど……
もしできたら、関節技で一本取れれば
チカちゃんの記憶に残るんじゃないかなって
えへへ、うまくいってよかったです
あ、もちろん準決勝のお相手を甘く見てたとか
そういうつもりじゃないですよ
コーチにも言ってなくてごめんなさい
試合中にひらめいちゃって……
「末恐ろしい」って、それ、褒めてますか?
「最大級の褒め言葉」ですか?
えへへへへ、なんだかよく分からないけど、嬉しいです
じゃあ、寝技の特訓、お願いしますっ!
コーチ相手にうまくできれば
チカちゃんにも通用するかな~って
まさか! コーチのこと舐めてなんかいませんよ?
ふふっ、でもそうやってムキになってもらえるの
一人前の選手と認めてもらえたみたいで嬉しいです
はい、手加減なしでお願いします!
……くっ、あ、脇が……まだまだ……ふっ……やっ……
回り込まれたら……蹴りあげて……脱出……あっ、腕……
まだ……まだですっ! ……無理やりでもここは抜けて……
あっ、逆サイド……!?
くぅっ……だめ……
た、タップです……
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
参りました、コーチ
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
「い、息が上がってる」?
だ、大丈夫です、このくらい……
きっと試合では、もっと消耗すると思います
わたし、ガマン比べならチカちゃんに負けないって
言いました
だから、もっと、もっと……
ロックの外し方、練習したいです!
さあ、もう一本!
ふぇっ?
……「その前にユニフォームを直せ」?
ショートパンツが?
ふぇあぁっ!?
あうっ、ウェアがまくれて……
ふみゃあぁぁ!?
い、いまわたし、お尻半分くらい出てましたよねっ!?
ふえぇぇぇぇ!?
こ、こ、これはですね……
シャワーでびしょびしょに濡れたせいで、パンツが食い込んで……
たまたま、今日はいつもよりちょっと小さめなパンツで……
夏休み初日でちょっと背伸びしてしまったというか、その……
決してふだんからこんなオトナっぽい下着を履いてるわけじゃ……
「詳しく解説しなくていい」?
し、失礼しましたっ!
はい、大会本番でも重々気をつけます
みっともない格好は決してしません!
「でないと、観客全員の目を潰さないといけなくなる」?
ブッソウなこと言わないでください、コーチ!
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