伝説の勇者の転生が勇者だと思ったら大間違いなので……

しかも・かくの

第1話 魔王軍襲来

 魔族、それは知性を持った魔物である。

 ただでさえ強力で危険な存在である魔物が、明確な意思と高度な思考能力までも備えているのだ。人族にとってはまさしく脅威に他ならなかったが、さらに恐るべき敵が現れた。


「我は人族に宣告する。この世を支配するのは我ら魔族だ」


 魔王の襲来であった。今より千年の昔のこと、強大な力を持った魔王が魔族の軍勢を率い、破竹の勢いで進撃を開始したのだ。

 人族は連戦連敗、為す術なく文字通り滅亡の淵へと追い込まれた。だがもはや未来が闇に閉ざされたかと思われた時、希望の光が輝いた。


「人族は決して負けない。この私が負けさせない。魔王と魔族を打ち破り、私達の世界を守り抜く!」


 彼女こそ正真正銘、絶対無双の勇者であった。奔流ほんりゅうのように押し寄せる敵の軍勢を前にして一歩も引かず、己の命を燃やすかのごとき激しさで戦いの中へ身を投じ、そのあふれんばかりの霊力を惜しみなく振るった。


 そして魔族の群れを撃破、盟主たる魔王を滅ぼしきるには至らなかったものの、ぎりぎりの攻防のすえ、ついに封印することを成し得たのだ。

 しかしその代償は大きかった。


「……私の命はもう尽きる。我が身に宿りし力は、もはや使い果たされた」


 衰弱は誰の目にも明らかだった。その身は痩せ細り、生気の一片も感じられない。勇者はこの世から去ろうとしていた。


「だがまだ終わりではない……魔王の封印はいつか解ける……そしてそのあかつきには、私もまた新たな人の身を得て蘇るだろう……」


 最期に転生の予言を残し、勇者は永き眠りについたのである。


 そして現在。

 世界最大にして最強の王国、ハイランド。その威勢にふさわしく、豪壮にして堅牢な王城は、いま重苦しい気配に満たされていた。


「申し上げます! 魔王軍は東方の辺境域を既に制圧、我が国の領土に迫るのも間近かと思われます!」


 ほこりまみれの軍装のまま、玉座の前にひざまずいた急使が告げる。

 名君として誉れ高いハイランド国王リヒテル三世は、眉間に深い皺を寄せ、顎から垂れるひげを重々しくしごいた。いつかその時が来るかもしれぬと覚悟はしていた。だが敵の侵攻の早さは予想をはるかに超えていた。


「宰相、魔王軍に抗するための策は?」


 無論、兵の備えはおこたりない。だが正面から戦って勝てる見込みは少ない。王は冷静にそう判断していた。

 有数の智者である宰相フリューゲルは、王より下された難題に、暫し思慮の間を取ってから応じた。


「一つ、ございます」

「それは?」

「勇者の転生を見つけ出すのです」


 国王が沈黙する。その代わりのように、玉座の間に集った者達の間でざわめきが生じた。

 短くない時間が過ぎる。やがて王は沈んだ風情で首を振った。


「それはただの伝説であろう。対して魔王軍は現実の脅威なのだ。おとぎ話にかまけているいとまはないぞ」

「おとぎ話ではございません」


 怒りの色さえにじませる王に、宰相はうやうやしくも毅然きぜんとした態度を保つ。


「魔王の復活が紛れもない事実であるように、勇者が今の世に転生していることもまた歴然たる事実――相違ないな?」

「ええ、ええ、さようにございますとも。なんならこのくびを賭けてもよろしい」


 とぼけた調子で応じたのは、宮廷魔術師のベルトランである。未だ三十代前半と、重臣の中にあっては若造扱いされる年齢だが、その実力については揺るぎない評価を得ている俊才だ。

 王も妄言として退けることはしなかった。射るような視線を、ベルトランの面上へと据える。


「勇者が転生している……もしまことならば、その者はどこにいるのだ。名は何とう?」

「我が霊知をもちましても、そこまではまだ。しかし三日の猶予をいただければ、必ずや突き止めてご覧にいれましょう」

「三日か」


 王は瞑目した。魔術師の託宣を待つ間に、魔王軍が国境線を越えてこないという保証はどこにもない。事はまさに重大を極める。しかしその決断を為すことこそ王の役目である。


「よかろう。ベルトラン、我が国と人の世の命運をそなたに委ねる。必ずや転生せし勇者を見つけ出せ!」


 かくして宮廷魔術師は三日三晩の瞑想に入った。そして四日目の太陽が昇る頃――。


「……見えた。勇者の転生は西の地におわす。すぐに陛下に言上ごんじょうしてお迎えを!」

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