第38話 自分で撒いた種

 もう二度と思い出したくなんかなかった。でも、今だけは…この話をして、思い出の清算をしないと。


 

 三年前のことだ。この世界に来たばかりだった私は、不安で堪らなかった。あと一年の間に、試練をクリアしなければ…今いる学生寮を追い出されてしまうことになったからだ。


 なぜこんなことになったのか、と言われればそれは単純なことだ。私があまりにも弱かったから。当たり前だ、つい一ヶ月前までは魔法なんか無縁だったのに。


 突然やれと言われてできる芸当じゃない。


 ただ、それをわかってくれるのは…私と同じように、魔法のない世界から来たような人だけだろう。もちろん、そんなのはいない。


 だから、私は国王に冷たくそう言われた。


「炎の輪っかを作る…噴水を作る…氷の矢を放つ…大地を隆起させる…」


 全くイメージがわかない。自分でそれができるという、イメージが。


 そんな時だった。彼と出会ったのは。


「ねぇ君…えっとエフェクターさん?そろそろ休んだら?」


 魔法練習所で出会った、オレンジの髪に黄緑の瞳をしたドラゴン族の男の子。


 それが、 リカルド・ブラウン だった。


 リカルドは優しかった。優しすぎた。突然現れた、完璧な色を持った私を怖がったり、疎んだりしない。


 誰に対しても平等で、優しい人。この人のおかげで、私は魔法を極められた。…いつしか、魔法学園の中で一番の使い手と言われた彼を抜かすほどに。


「三学期のBクラス主席は…ティーナ・エフェクターさんです!」


 そう言われた時、どんなに嬉しかったか。Cクラスの最低レベルから、一気にBクラス主席になった。いつしか、私への視線は尊敬のものへと変わった。


 …そう、それがよくなかった。


 結局、どんな時でも私を苦しめるのは『周りの評価』だ。


「ティナ、おめでとう」


「リド!ありがとう」


「まさか僕を超えるなんてね。さすがだよ」


「リドのおかげだよ」


 お互い、愛称で呼び合うほどには仲良くなっていた。いつからか、私はあなたに恋をしていた。


 そしてまた月日が経ち、私がAクラス主席になった日…


 私が部屋に篭る二日前のことだ。


「ティナ、Aクラスになったんでしょ?」


「うん。…でも、周りからの期待が辛いの。目が怖いの。どうしたらいいのかな…」


「ティナは僕が守るよ。…って、ティナは僕より強いか。」


 そう言いながら、リドは私に細長い箱を渡してきた。黒いケースだ。不思議に思いつつ、開けてみると…それは、杖だった。


「銀製の…杖?」


「守りの魔法を付与した、特別な杖。ティナの名前も彫ったんだ。」


「綺麗…すごい細工。高かったでしょ、いいの?」


「ティナだから渡したかったんだ。…うん、やっぱり似合うよ。ティナは、その髪と目の色だけじゃない。元々綺麗な色だけど、どんな色にも溶け込める。

だから、銀にしたんだ」


 涙が止まらなかった。私が感じていたプレッシャーを、全部解き放ってくれた。やっぱり、リドが好き。


 …後に、リドも同じ気持ちだったことを知った。


 最悪な方法で。


「ティーナって、リカルドから杖貰ったんだろ?」


「え、うん」


「それって、ドラゴン族の中では好きなやつにやるもんなんだぜ」


「えっ」


 その時は純粋に嬉しくて、持っていた杖が何倍も綺麗に見えた。


「恥知らずだよなー!次期の稀代の魔女、しかも完璧なティーナに!」


「…え?」


 全く気が付かなかった。彼が、酷いいじめに遭っていたということに。その理由が、まさか。


『完璧な色を持った次期稀代の魔女様のティーナに恋をした』


 自分が原因だったと、自己嫌悪に陥っている暇もなかった。走って学生寮に行くと、すでに彼の荷物はなかった。


「…リカルドのこと、探してんのか?」


「キリさん…!リドはどこ?」


「…学校辞めて出ていった。今日、突然」


 信じられなかった。信じたくなかった。この魔法も杖も何もかも、私を作ったその人がもう、いないだなんて。


 それからも、学校に行ってもリドの話をする人は誰一人としていなかった。それどころか、まるで存在ごとなかったかのようになってしまった。


「陛下…!リドは…リドは…私のせいで…!」


「ティーナのせいじゃないさ。全部、そいつが君に恋をしたのが悪かったんだ」


 頼っていた大人は、キリさん以外そんなことを言った。全部全部、嫌になった。これ以上、自分が被害者で、リドが恥知らずだった、なんてそんな嘘が聞きたくない。


 もしも、プレッシャーが酷かっただけなら。


 もしも、リドが学園を去っただけなら。


 私だって、部屋に閉じ籠ることなんかしなかったはずなのに。もう何も知りたくなかった。自分の強さも、才能も、生まれ持った何もかも。


 固く閉ざしたそのドアは、もう二度と、開けるつもりはなかった。

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