第16話 裏切りの花

 ドドドドド、という音がした後、私の足が突然宙に浮いた。その隙間に違う床が現れた。

「っ何?」

 寝室まで走っていると、突然目の前に大きな書斎が入ってきた。いや、違う。目の前の部屋が移動してきて私を物理的にぶっ込んだのだ。

 いや、荒技すぎない??

「書斎…いや、絵…」

 沢山の絵画が飾られているが、どれも不気味な真っ黒な女性の人型のシルエットが入っている。しかも、動いている。

 恨みったらしい声が部屋中に響いていて、何とも不快だ。それにさっきから耳にキーンとした音が頭に直接届いてきている。

 頭がぼーっとしてきた。脳を覚醒させるために風魔法から雷を出そうかとも思ったけれど、何か訴えかけてくるかのような気がしてきて朦朧とする意識に身を任せた。

 体に衝撃がきたが、それでも意識は戻らない。

 やがて、頭にどこかで聞いたような声が流れ込んできた。


 むかぁしむかし、あるところに。闇の子と呼ばれた少女がいました。

 人々から嫌われて、たった1人で生きてきた彼女は愛を知りませんでした。

 しかし、そんな彼女を愛する男性が居ました。やがて、2人は恋に落ちました。

 2人はやがて結ばれて、幸せになりました。


 幸せそうな、少女の声で語られたその物語を塗り潰すような真っ黒な、憎悪に満ちた声がまた私の頭に入ってきた。


 それでもアイツは、青い宝石を渡してきた!!あの女の瞳の様な、真っ青な宝石を!!あの女に奪われたアイツはのうのうと私に渡してきたんだ!!


       愛していたのに


 その声も徐々に小さくなって、目の前がハッキリしてきた。

 先程までの絵は真っ黒になり、黒いシルエットの女からは血の涙が流れていた。

 とても強い幻術で、私の感情が揺さぶられた。

 私ですら涙が出てきた。愛していたのに、か。1度でも愛して貰えたなら、いい方だと思うけどね。

 なんて、私が言えたことじゃないよね。


「リド…」

 杖を強く握る。思い出してもいいことなんてひとつも無い。情を持ったら終わりだ。

「そろそろ姿を表して」

 書斎が消えた。目を開ければ、真っ暗な中に花が1輪、置かれているだけだ。何故、こんなことになってしまったのか。

「…エリカ」

 部屋の奥から、真っ白なワンピースと真っ黒な髪をもつ、赤い瞳の少女が現れた。闇の子。本当に存在しているなんて思わなかったけれど。

 まさか、黒い髪を持つ大昔の少女のことだったなんて。

「…本当よ」

「知ってるよ」

「本当に、愛していたのよ。」

「分かってる、このブローチを探すためだけに、外に出られるようになった位だもんね」

「…光と闇じゃ、光が愛されるのが普通だけど。皮肉なものよね」

「貴女が愛した男から貰ったのも、光の子の瞳と同じ色の宝石だから?」

「たまたまって分かってる。でも許せなかった…だから私、何人も殺したのよ」

 そう言ってまた涙を流す。先程からずっと涙を流す彼女を見て私は、ただ目線を下げることしか出来なかった。

 あの頃みたいに、何も考えていなかったらよかったのに。

 そしたら、慰めることくらい出来たのかな

「…エリカ、恋って辛いよね。目の色と髪の色だけでも左右されちゃうんだから」

「紫髪に緑の瞳を持つ貴女に言われても、説得力ないわよ…」

 私だって分かってる。みんな好きで自分の髪色目の色に生まれてないのに。

 誰だって、それで差別されるのは嫌なのに。

 固定概念が根強すぎるんだ。生まれてからずっと決められてるんだから。

「まぁ、私は最高の色だし天才だし。努力なんてしなくても大抵のことは叶うけど」


「__流石に、人の心なんて分かんないよ。」


「それこそ、魔法とか奇跡が起こらない限りね。」


 その言葉を皮切りに、私たちは衝突した。

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