EPISODE V ALL YOU NEED IS RESTORATION 前編

I


暗い部屋に一人、ユーコ•那加毛なかげは、親指の先で発光するスマホのディスプレイを見ていた。


地獄女@allyouneedishell

「マジ、クソみたいな仕事だった」


返信先: @allyouneedishell

メカ川片木@denden

「いつも通りじゃないですか?」


返信先: @allyouneedishell

まいどナルド@freewaeeyan

「まいど!」


返信先: @allyouneedishell

鮮烈中華美女@windofsouth

「ちょっとあんた、何この請求書?どういう計算?」


まいどナルド@freewaeeyanさんがあなたのキリサキをいいねしました。

地獄女@allyouneedishell

「マジ、クソみたいな仕事だった」


返信先: 鮮烈中華美女@windofsouth

地獄女@allyouneedishell

「は?あんたが死体操作術ミスって、ゾンビキョンシーどうにかしてって言うから当然でしょ?あのガントレット、バカ高かったんだから」


返信先: @allyouneedishell

鮮烈中華美女@windofsouth

「ガン何とかは知らない私は助けてって言ただけ、やり方はあんたの所の機械人が勝手にやたことよ!」


希望の轍…広告@kibounowadachi_promo


あなたの人生の不安や悩み聞かせて下さい。


「すべてはひとつ」


共に歩んでくれる仲間がたくさんいます。


返信先: @allyouneedishell

メカ川片木@denden

「地獄女さんも鮮烈中華美女さんも、皆んな無事で良かったじゃないですか。」


返信先: @denden

地獄女@allyouneedishell

「だいたい、あんたが自爆モード勝手に起動するから、あんな大脱出する事になったんじゃない」


返信先: @denden

鮮烈中華美女@windofsouth

「そうよビルは燃やす倉庫は爆発させるあんたどうかしてるよ?」


返信先: @denden

まいどナルド@freewaeeyan

「まいど!」


返信先: @allyouneedishell

メカ川片木@denden

「あの状況では、あれが最善策でした。

あなた達二人は、訳の分からない喧嘩を始めてましたから。」


返信先: @allyouneedishell

鮮烈中華美女@windofsouth

「そうねあんたが喧嘩売ってきたから機械人が気を遣てくれたんじゃない、だからもうちょい安くしてよ」


返信先: 鮮烈中華美女@windofsouth

地獄女@allyouneedishell

「何コラタココラ!言った言わないの話しじゃねぇぞタココラ!形変えるぞコラ!」


返信先: @allyouneedishell

鮮烈中華美女@windofsouth

「誰がタコじゃコラ!このチビ女コラ!ふざけるなこの野郎」


神解市広報@kokaikoho


アライグマは噛みついたり、引っ掻く危険があります!


感染症を媒介したりするので、絶対に近寄らないで下さい。


変異体のアライグマも発見されていて、大変危険です、アライグマアブナイ!!!


「鳥獣保護相談ダイヤル」で検索


武器屋@death_metal4life さんがあなたのキリサキをいいねしました。

地獄女@allyouneedishell

「何コラタココラ!言った言わないの話しじゃねぇぞタココラ!形変えるぞコラ!」


シンセシス(公式)@synthese

限界を超えたいあなたへ。

#シンセシス の最新技術で、あなたの身体能力を最大限に引き出せます。 #エクソスケルトン #脳機インターフェース #強化人間


ユーコはスマホのホームボタンを押して、

SNSアプリ、Slasher (スラッシャー、180文字以内の文章を投稿する無料のウェブサービスのこと) を小さなアイコンに戻し、親指で横にホーム画面をスワイプした。


あのデカ尻女狐イカれてる、窮地を助けたのに、礼を言われて然るべきなのに、逆ギレして来やがった。


ユーコは怒りを通り越し呆れた顔で、へふへふと気味の悪い声をだしながら笑うしかなかった。


気味の悪い笑が落ち着いた後、自分のキリサキにいいねをくれた、まいどナルド@freewaeeyanの事を思い出した。


「あの包帯ぐるぐる巻き男、門田かどただっけ?まだ生きてたんだ」


と、頭の中で思っただけなのにユーコは無意識に呟いていた。


II

 

ミュート(変異体)とノーム(非変異体)がおびただしい無数の点になり、雑多に、カオスに、入り乱れる街並みを背に、門田は四ノしのみや駅から唖々噛對ああかむへ向かって歩いていた。


三年前、門田は凶異商会きょういしょうかいに所属する業界最大手の雇われクリーナーだった。


しかし、大震災により、この街の全てが変わった現在、門田は悩んでいた。


なんでや、なんでや、なんでや、フリーになったら中抜き無しで、依頼料貰えるのに凶商時代より儲からへんやんけ。


フリーランスとか只の言い方やんけ、要は自営業者、仕事こんかったら給料ゼロや。


ユーコさんと俺との違いはなんや?いや、ユーコさんになくて俺にあるもの、根性?根性だけ、あかんあかん、根性以外なんもあらへんやんけ、深いため息を吐いてさらに思考する。


魚家さんみたいな、公安のぶっといパイプが俺にはないからか?まあ魚家さんの依頼は、受けたとしても俺一人でやるには危な過ぎる。


だから、ユーコさん達にってなるんやけど、やっぱ片田へんでんさんみたいな強い相棒がおらな無理かなぁ、忍者のおっさんが生きてたら、クソが、良かったのになぁ。


有刺鉄線が巻かれたバットを右肩に担ぎ、黒い背広に身を包んだ顔面包帯。


思考を撒き散らしながら歩く門田の姿は、この街では特に目立った存在ではなかった。


まぁ、それでも細々と何とかこの三年、フリーでやってこれたのは、凶商時代のコネがデカい、そう逡巡しゅんじゅんして立ち止まり、咥えた煙草に火を点けた。


紫煙を吐いて、また懲りずに答えなどない自問自答を繰り返す。


結局、要は相方見つけりゃええやんって話し何かなあ、むずい、むず過ぎる、ギャラ折半やろ?イヤ、俺が代表やからロクヨン?むう、そんなんより、おらん相方との事、考えてもしゃあないか。


そんな、終わりなき自問自答をしながら背を丸くして歩いていると、声をかけられた。


「すいません、あなた、不安や悩みはありますか?」


白い袈裟を纏い、白い頭巾の顔面の部分に、縦書きで希望と書かれた、いかにも怪しげな勧誘者がチラシを渡して来たのだ。


あぁんと、ドスの効いた低音を放ってから、門田は包帯で隠された顔面を話しかけて来た白頭巾の方を睨んで、チラシを雑に受け取った。


睨みを効かした直後、門田は包帯の合間から見える両の眼をかっと開いた。


この白頭巾、エグい殺気やな、それに、聞かずにはおれん、聞かずには、


「ふ、不安だらけや、悩みもぎょうさんあり過ぎてもうハゲそうや、ちょ、その前に、ちょい顔見してくれへんか?」


白頭巾の勧誘者は、門田の急なリクエストに、少し戸惑ったが、断る理由もないので顔面に希望と書かれた頭巾を上にひょいと捲った。


べっぴんや、普通にべっぴんや、ショートカットもポイントが高い。


当たりや、見つけたやん、こんな美人な相棒が俺にもおれば、まるで片田へんでんはんみたいな相棒が、いや、アシスタント?事務員?何でもええわ、間違いない。


「えーわたくし、こういう者です」


門田は、フリーランスクリーナーとは書かれていない、門田商会CEOという役職名が書かれた名前と電話番号、メールアドレスが記載された名刺を、キリッと真っ直ぐ射抜くような視線を送りながら男前に差し出した。


「は、はあ、門田商会、CEO?門田さん、CEOってどーゆう意味ですか?役職?」


突然、受け取らされた名刺を見ながら、勧誘者は困惑気味に質問した、単純に分からないのだ意味が。


「CEOは、チーフ•エエヤン•オーガナイザーや、門田商会CEOの門田や、クリーナーやっとる、金で厄介事を解決したり、ヤバい奴等とたたこうとるっちゅうわけや、もし良かったら、もしやで、うちで働かへんかあんた?」


決まったな、なんかよー分からんけどCEOは、決まった、好印象えげつない、間違いなしや。


「あの〜私、希望のわだちという団体の者でして、何か不安や悩みを聞いているんです、クリーナーのお仕事はちょっと厳しいと…」


「分かる、分かるで、初めは誰でも不安やし悩むよなぁ、俺もそうやった、大丈夫や、休みは多い方やし、ギャラもちゃんと払う、イカれたピンハネもせえへんしな」


全く話が噛み合わないというか、噛み合わせる気が全くないのだ。


「ちょっとさっきから何を言ってるんですかあなた?どうして私があなたとクリーナーの仕事をしなければいけ…な…」


「あかんのは重々承知や、駄目元上等、しかしな、俺の目は誤魔化せんのよ、あんたサイボーグ化しとるやろ、足か、その辺の奴には絶対負けへんやろ?俺の見立てでは、かなりのもんや、どや?」


鋭い目つきで門田が勧誘者を凝視して言った。


「サ、サイボーグ化?」


勧誘者は、急なヘッドハンティングに訳が分からないと、気を落ち着かせるようにチラシの束を纏めて門田から距離をとり離れて行く。


「待ちーや、なら、入る、その団体に俺が入って、あんたともっとなかよーして、また誘う、あきらめへんよ」


その凶暴な眼差し、獲物を逃さない偽りのない物言いに、勧誘者は立ち去るのを逡巡した。


「で、では、道場の方へご案内致しますね」


「おう、いこや」


これはチャンスや、この女、いや、相棒になるかもしれんしな、あ、名前、


「道場でもどこでも行くで、そや、あんた名前は?」


「希望の轍、信者の阿部守あべまもりです」


そう言うと、阿部が門田を先導しながら、雑踏の中へと消えて行った。



「昨夜未明、唖々噛對商店街四丁目付近にある駐車場で、惨殺された男性の遺体が発見されました。死亡が確認された男性は、自営業を営む、自称探偵業を営む、綾部満あやべみつるさん四十歳だった事が判明しました。」


「ここ二週間で同様の手口による惨殺事件が、三件も起こっています」


「これは、同じ犯人による犯行なら連続殺人事件の可能性が高いですね」


「しかし、死亡した三名にこれといった共通点は無く、同じ犯人と決めつけるにはまだ早いかと..,」


幽合会事務所内に、ユーコがスマホで流したニュース番組の音声が漂う。


「この前の赤いバイクちゃんと持ち主の方に返したんですか?」


片田の冷たい眼差しが、ノートPC越しにソファに座るユーコに向けられた。


「返したわよ、謝礼も渡したし、それでさあ、お姉さんお茶でも行きませんか?ってナンパされちゃってさあ…」


ユーコは話しながら、テーブルに置いてあるコーヒーに手を伸ばした。


「あの、この前の装備の請求書、武器屋さんから来てたんですけど」


片田がユーコにそう言いかけた時、


「この前っていつ?あっ!あのデカ尻女狐から幾らかふんだくらないと納得いかない、忘れてた」


これぞまさに晴天の霹靂、目から鱗、千載一遇、見敵必殺サーチアンドデストロイ、百発百中、一網打尽という謎の言葉を呟くユーコが、片田の方は見向きもしないでソファから立ち上がると、上着を驚くべき素早さで身に纏い、逃げるように事務所を出て行った。


「ちょ、話し聞けよ」


ぼそりと呟いた片田が、顔を曇らせ嘆息した。



門田が阿部に案内されたのは、白い外観の宗教団体の施設というよりは、どちらかと言うと、第一印象は病院、精神病院のように見える不気味なビルだった。


「ここでなんや、修行したら俺の話し聞いてくれるんかな阿部ちゃん?」


「修行というか、入信手続きと教義の説明を受けてもらいます」


無駄のない、いや、隙のない説明で門田との会話んバッサリ切り捨てると、阿部は門田を一階にある受付へ連れて行った。


「御入信ですか?」


「はい」


つまらなそうに待機する門田を置き去りにして、阿部が受付の信者と手続きを進めている。


なんか昔、こういう所に来たことあるよなぁと不気味な雰囲気の施設内に既視感を感じていると、


「そうですか、では先ずはメディテーションから始めて頂きましょう」


希望と描かれた頭巾で表情は全く読めないが、実に和やかな雰囲気で促された。


「メデテーなんやそれ?まあ、ええわ、阿部ちゃん、ほな、いこか?」


「いえ、私はここまでです、修行頑張って下さい、きっと上手く行きますように、希望の轍があなたを導いてくださいますよう」


そう言って一礼した阿部が、門田に背を向けて去って行った。


「ちょ待ってぇやあ、そりゃないって、なあ、あんたもそう思わへん?」


阿部の背中に恨み節をぶつける門田の問いを無視して、何事もなかったかのように信者がメディテーション用個室に案内する。


「この部屋に入って、メディテーションの映像と教義説明を見てもらいます」


「長いの?そのメデテーなんちゃら?」


「一時間ぐらいですよ」


しゃあないかと頷いた門田は、ローマは一日にしてならずや、食は万里を越える、餃子の王将やと、自分を納得させて個室に入った。


ガラんとした何も無い四畳半ぐらいの部屋に希望パンと書かれた宣伝用のポスターが壁に貼られているのと、一台の液晶モニターが設置してある。


門田がモニターの前に胡座をかいて座ると、

無機質な起動音を伴いモニターが光った。


モニター画面に、宇宙空間をCGで再現した背景に、希望の轍というタイトルロゴが映し出される。


「私たち人間ノームは、決して一人ではありません。変異体ミュートと呼ばれる存在と共に、この世界を生きています。」


「違いを恐れず、互いを尊重し合うこと。それが、真の平和への第一歩です。」


「あなたの心が、希望の光で満たされますように。」


「すべてはひとつ」


と、音声生成AIで作られた人間味のないナレーションとテキストが流れた。


明朝体のテキストが、ゆっくり画面に浮かんでは消えて、アンビエントなシンセサイザーのBGMが徐々に門田の脳に浸透していく。


「すべてはひとつ」


このスローガンが門田の頭の中を駆け巡り、考える事が煩わしくなり、やがて考える事を止めた。



ユーコは事務所を出てから、春燕チュンイェンがいる南風なんぷうの事務所がある南南町なんなんまちへと向かっていた。


全く、片田の支払い見積もりの話は、毎度聞いてられないのだ。


道中、険しい表情を作る練習をしながらユーコは、春燕から取り立てる練習を頭の中で何度もシミュレーションしていた。


感情的になっては、また喧嘩になってしまうからだ。


しかし、そのシミュレーションは、無駄になってしまう。


南風の事務所について、インターホンのボタンを親指で連射した。


何度鳴らしても誰も出ない、ユーコは硬く握られた右拳を南風の扉に向かって叩きつけて、


「幽合会や!」


と、怒鳴った。


こみ上げる怒りを抑えて、スマホを操作して春燕に電話をかけたが出ない。


クソが、あのデカ尻女狐どこに行ったんだと逡巡したが、唾を地面にピッとチンピラみたいに吐き捨て、これ以上は時間の無駄だと踵を返して帰路に着いた。


その帰り道、事務所近くまで来た時、路地の溝からひょっこり頭を出した一匹のアライグマと目が合った。


「可愛い〜ぽん太、ぽん太!」


ユーコは、ぬいぐるみの様に愛らしいそのアライグマに腰を落として、満面の笑みで手を振った。


アライグマは、手を地面に着いて器用に溝から出て来ると、鼻をひくひくさせてから、すっと人間の様に、二足で立ち上がりユーコの方を向いた。


「やっかっしやい!誰がぽん太やねん?アホかアライグマやし、どっちかと言えばポン吉やろ?あぁ金髪!」


アライグマが喋った、それもどぎつい関西弁、ぽん太よりポン吉、まあまあ近いじゃないか、理解が思考を追い越して、ユーコは虚無顔で固まった。


アライグマはだらりと垂らした前脚を胸の前で交差させ、さながら頑固おやじのラーメン店主のように仁王立ちになった。


「だいたいな、お前らノームはあら可愛い〜って、どいつもこいつも手を振って来てバリうっといねん!あぁ!こちとらボランティアちゃうねん!野生をしのいどんねん!

たまには食いもんよこせや!あぁ?

ケツに炒飯詰めてこんがり焼いてセルフサンクスギビングキメたろかい!?」


ケツに炒飯詰めてこんがり焼いてセルフサンクスギビングをキメる、七面鳥の事だろうか、それより中華なのか欧米なのか、とにかく理不尽なアライグマだ。


「あとな、変なあだ名付けて呼んでくんなよ!ぽん太もポン吉も、全部違うぞ、なあ、

わしはアライグマや!狸ちゃうねん!殺すぞ!」


ユーコは開いた手の平をぎゅっと握ると、


「えろうすんまへん」


と、アライグマに謝り、全く腑に落ちないが頭を下げて一礼した。


「おぅ、分かったらええねや、ほいでな、

わし昨日からなんも食っとらんねん、だからコンビニでサラダチキンと水買うて来てくれやネーチャン?あ、水は硬水あかんで腹壊すから軟水な?」


ユーコが小さく頷いてから立ち上がると、

街中ではありえない程の凄まじい爆発音が、轟いた。


「こっわ、なんやねんどないなっとんねん」


小さい前脚で耳を押さえたアライグマが言った。


鋭い視線を周囲に向けたユーコが、スマホを取り出して、片田に電話をかけながらアライグマに軽く手を振ると、路地から事務所の方へ駆け出した。


「どこ行くねん、なあ金髪のネーチャン!

これやからノームは信用できひん」


アライグマの叫び声を背に走っていると、幽合会事務所が入っている雑居ビルから、黒煙が上がるのが見える。


片田は電話に出ない、デカい舌打ち一つ、

ユーコは、歩道に溢れるスマホを掲げる野次馬の列を掻き分けて、事務所へと再び走り出そうとした時、事務所を背に走り去る一台の白いハイエースとすれ違った。


運転手の装いが白装束に白い頭巾、顔面部分に垂れ下がった布に縦書きで希望の二文字、


「まさか、あいつら…片田!?」


耳に押し当てたスマホから聴こえる通話呼び出し音の間隔を、ユーコの鼓動が追い越していく。


──────

See you in the next heaven


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ALL YOU NEED IS HEAVEN 危山一八 @ryuloop

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