ALL YOU NEED IS HEAVEN

危山イチハチ

EPISODE I ALL YOU NEED IS RETURN

Heaven does not extend a helping hand to those who do not act on their own


(自分で行動しない者に天は救いの手を差し伸べない)


   ────ウィリアム•シェイクスピア


I


目が覚めた。


左手首のデジタル表示は、20:14分と表示されている。


ヤバい、取り引きは20:30分からだ、遅れる訳にはいかない。


僕は、ベッドから飛び起きて、慌てて外に出た。


部屋を出て、荒々しくエレベーターのボタンを連打する。


頼む、早く来てくれ、そう心の中で祈りながらエレベーターの扉を睨んだ。


こんな肝心な時に寝坊なんかすれば、チョウの兄貴にマジで殺されるハメになってしまう。


頭の中を悪い妄想が駆け巡るうちに、エレベーターの扉が開いた。


急げ、急げ、一階のボタンを押した後、閉まるのボタンを連打する。


エレベーターの扉が開いた瞬間、全ての邪念を振り払って走り出した。


マンションの入り口から飛び出して、集合場所の満園会館へ向かう。


通りを歩く人々が邪魔だった。


全員、通せんぼをして来る障害物に見えて、フラストレーションが溜まる。


人生でこんなに焦るのは何度目だろう、そんな事を考えてもしょうがないのに、考えずにはいられなかった。


満園会館へは、マンションからたったの五分で着くはずだ。


そう自分に言い聞かせながら、慌てて、とにかく走る。


角を曲がる時、金髪に碧眼の小柄なノーム《人間》女とすれ違った。


もう少しでぶつかる所だった、印象的な出来事のように、何故か、記憶に残る。


「すいません、遅れてないですよね?」


満園会館のドアを開けて僕が尋ねても、誰からも返事がない。


「すいません、遅れて…」


店内を見渡すとそこには、誰も居なかった。


しまったと思いながら、左手首に巻かれた腕時計に視線を落とすと、20:29分のデジタル表示が青く光っている。


良かった、間に合ってんじゃないかと、少しだけ冷静さを取り戻したが、何故、誰もいないのか?新たな疑問に頭の中を支配されてきた。


誰もいないのか、いや、集合場所は本当にここなのか?

迷いながら、とりあえずニ階に行く事にして階段を駆け上がる。


ありえない、視界に入ったのは、仲間の切り刻まれた死体だった。


床に大量の血液が流れ出している。


頭がどうにかなりそうだ、一体なにが起こっているんだ。


この場に居ると自分も同じ目に遭うのだろうか、とにかくヤバい、早くここを出なければ殺される。


焦り過ぎて変な呻き声を出して、急いで階段へ向かおうとした時、


「探せ、まだ生き残りがいるぞ」


階段下から声が聞こえた、階段を降りるのは無しだ。


他の脱出経路を、無い頭をフル回転させて、

思考しながら周囲に視線をやると、四角い窓の所で止まった。


飛び降りるしかない、階段を上がってくる、得体の知れない奴等と鉢合わせたら終わりだ。


ゆっくり、なるべく音を立てずに窓を開けて下を見る、少し高い程度で無理な高さではない。


階段が軋む音が階下からしたのが聴こえて、僕は飛び降りた。


着地した瞬間、右足に激痛が走って、体勢を崩して地面に転がる。 


右足を押さえてのたうち回っていると、通行人の悲鳴が聴こえた。


黒髪ポニテの黒スーツノーム女が、ニメートルぐらいあるミュート《変異体》相手に、殴り合いを仕掛けて撲殺していた。


なんかよく分からないけどヤバい、早く仲間の所へ行かなければ、そうだ、チョウの兄貴の所へ行こう。


右足の痛みを堪えて立ち上がり、僕は走り出した。


大柄なミュートが、黒髪ポニーテールノーム女にボコられている所とは、逆方向に向かって走ろうとした時、目の前にいきなりトラックが横の脇道から突っ込んで来た。


ドーンという衝撃音が、全身に響き渡る前に、


「こっちだ、早くこっちに来い!」


トラックに轢かれなかったのは、ラッキーだったとか、考えるよりも早く、周囲を見渡すと、頭から血を流したチョウの兄貴が、僕を呼んでいる。


「何してる、早くこっちに来い」


「はい」


チョウの兄貴がいる方へ駆け寄ると、


「ほれ、これ持っとけ」


ハンドガンと、見覚えのある黒いカードキーを雑に渡された。


「お前、遅れて来て運が良かったな」 


そう言いながらチョウの兄貴と共に、隠れ家にしているBARに入った。


II


二人で店内に入ると、テーブルの上に銃火器とナイフが散乱していた。


「ハメられたんだよ俺達は、20:10分ぐらいに金髪ノーム女が入って来てよ、ブツは何処だって聞いてきてよー言うわけねえだろ!だから、とりあえず半殺しにしてやろうかと思ったら、いきなしナイフで斬りつけやがって、慌てて逃げたのよ」


チョウの兄貴が咥えた煙草に火を点けようとした時、

入り口の扉が開いて、さっき大柄なミュートを撲殺していた黒髪ポニテノーム女が、何か凄く嫌な殺気を漂わせて、入って来るのが視界に入る。


「何だてめえ!何しに来やがった?」


チョウの兄貴は怒声を吐きながら銃を握り、黒髪ポニテノーム女に銃口を向けた。


「ブツは何処にありますか?抵抗しないなら殺しませんよ」


「ふざけんなこのクソノームが」


チョウの兄貴が銃をぶっ放した。


黒髪ポニテノーム女は、ありえない速度で銃弾を掻い潜り、チョウの兄貴の銃を握った右腕を、チョップでスパッと切り落とした。


「ぎゃああああああああああ」


銃を握ったままの右腕が、床にゴトっと落ちて、チョウの兄貴の喚き声が店内に響き渡り、ドス黒い血液が切り落とされた右腕の傷口から大量に床にぶちまけられた。 


「で、ブツは何処にありますか?」


腕をチョップで切り落としといて、こんなに冷静にいられるなんて尋常じゃない、異常だ。


「分かった、そこのレジカウンターの下からニ番目の引出しの中だ」


「嘘ですね、騙されませんよ、ブツは何処ですか?」


「くっ、上からニ番目の引き出し」


チョウの兄貴の言葉を遮って、黒髪ポニテノーム女が、ハンドガンの銃口をチョウの兄貴の眉間に突きつけた。


「で、ブツは何処ですか?」


「待ってくれ、俺は知らないんだ、本当に、こ、ここにはねえんだよ、ブツは」


「動かないで下さい、そこのあなた、バックヤードを探して来て下さい」 


黒髪ポニテノーム女が視線を僕の顔に向けた。


「クソノームが、ノームの分際で舐めんじゃねぇ」


チョウの兄貴が切られた右腕を、ぬるりとした体液を垂らしながら再生させて、黒髪ポニテノーム女に両手で掴みかかった。


「最悪」


黒髪ポニテノーム女は、僕の顔を見たまま、ノン•テレグラフィックモーションで、右拳をチョウの兄貴のこめかみにめり込ませたまま床に叩きつけた。


チョウの兄貴の眼球がひっくり返り、白眼を向いて泡を吹いている。


逃げよう、そう思ってハンドガンを握り、銃口をあの黒髪ポニテノーム女に向けるや否や、あの拳でぶちのめされて殺された事があるような、不思議な感覚に戦慄した。 


こんなボロくて安いハンドガン一丁で、この状況を打開出来ない事は明白だ。


とにかく、このままではこの異様な殺気を放つ、黒髪ポニテノーム女に殴り殺されてしまうと思い、チョウの兄貴の方は振り返らずに必死で、バックヤードへ駆け出した。


何かが破裂する様な嫌な音を背に、バックヤードの先にある裏口から店を出られると思い出した僕は、BARの裏口扉を急いで開けた。


「十四回目って事よね、やっと理解したわ」


裏口の扉を開けると、角でぶつかりかけた黒いスーツ姿の小柄な金髪碧眼ノーム女が立っていた。


「え?はぁ」


金髪碧眼ノーム女の邪悪で歪んだ笑みを浮かべた表情が視界に入ったと思ったら、黒い拳が僕の顔面に迫ってくる。


鈍い衝撃と共に脳が揺れて、意識が飛んだ。



PM.22:10──────


「起きろータコ助、起きろー!」


「ユーコさん手加減したんですか?殺したんじゃないですか?そのタコ太郎?」


「殺してないわよ、そんなに強く殴ってないって、あんたじゃあるまいし」 


「私がいつ、殴り殺したんですか?」


「は?あんた、手加減出来た事ないじゃない」


「まあ、それは…」


「も〜起きてよ〜タコ助ー、もう一発殴ったら起きるかな?」


目が覚めた。


自分が何処にいるか分からなかった。


何処かの事務所内のようだ。


「起きてます、起きてます、だから殴らないで下さい、お願いします」


目の前には、金髪碧眼ノーム女と黒髪ポニテノーム女がじっと僕を見ている。


「い、一体、何なんですか?あなた達は、誰ですか?僕が何かしましたか?」


「あんたの所属している江州会こうしゅうかいが、毒蜘蛛っていうチャイニーズマフィアから横取りしたブツを探してるの、教えてくんない?」


毒蜘蛛?チャイニーズマフィア?知らない。


確かにチョウの兄貴は堅気ではないが、僕みたいな下っ端のバイトみたいな身分に、知る由もない事だ。


「知らないです、僕、バイトですし…」


金髪碧眼ノーム女の顔色が暗くなり、さっきまでとは打って変わって、目つきが急に鋭くなり嫌な予感がした。


「そう、面倒くさいわね」


金髪碧眼ノーム女が、ハンドガンの銃口を僕の眉間に押し当てる。


「え?」


こんな近くで銃声を聞いたのは、初めてだった。


頭が急に重く、おも、い。


事務所の壁にかけられた時計の針は、22:17分を差していた。


「もーユーコさん!誰が掃除するんです…」


そう、声が聞こえて意識が飛んだ。


PM.22:11──────


「起きろータコ助、起きろー!」


「ユーコさん手加減したんですか?殺したんじゃないですか?そのタコ太郎?」 


「殺してないわよ、そんなに強く殴ってないってあんたじゃあるまいし」


「私がいつ、殴り殺したんですか?」


「は?あんた、手加減出来た事ないじゃない」


「まあ、それは…」 


「も〜起きてよ〜タコ助ー、もう一発殴ったら起きるかな?」


目が覚めた。


頭を銃で撃ち抜かれた様な記憶が、うっすらと残っている。


「起きてます、起きてます、だから銃で殺さないで下さい、お願いします」


目の前には、僕を躊躇いなく銃で頭をぶち抜いた金髪碧眼ノーム女と、黒髪ポニテノーム女が、じっと僕を見ている。


「い、一体、何なんですか?あなた達は、誰ですか?僕が何かしましたか?」 


「あんたの所属している江州会が、毒蜘蛛っていうチャイニーズマフィアから横取りしたブツを探してるの、教えてくんない?」


毒蜘蛛、知っている。


南南町を拠点にしている、チャイニーズマフィアだ。


確かにチョウの兄貴は堅気ではないが、僕みたいな下っ端のバイトみたいな身分には、知っていても噂話のネタぐらいにしかならない事だ。


「毒蜘蛛は、噂話程度しか知らないです、僕、バイトですし…」


金髪碧眼ノーム女の顔色が暗くなり、さっきまでとは打って変わって、碧いひとみがギラリと鈍く輝き、声のトーンが明らかに低くなり嫌な予感がした。


「そう、面倒く…」


「お願いです、殺さないで下さい、本当にブツが何なのか、何処にあるのか、僕は、知らないんです」


金髪碧眼ノーム女がハンドガンの銃口を、僕の眉間に押し当てる前に、口走っていた。


「ふーん、じゃあ、あんた私に殺されて戻って来たって事?」


金髪碧眼ノーム女の表情が邪悪に歪み、ニチャアと口角が上がって僕を見ている。


「カ、カカ、カードキーを預かりました、チョウの兄貴から…」


金髪碧眼ノーム女のポケットから、チョウの兄貴から雑に渡された、何故か見覚えのある黒いカードキーを、すっと僕の顔の前に差し出した。


「これね、あんたを事務所に運んだ時に見つけたわ、それでこれは、何なの?」


慎重に答えないとこの金髪碧眼ノーム女は、また必ず何の躊躇いもなく銃口を僕の眉間に突きつけて、引き金を引く事は明らかだ。


黒いカードキーには、中遠解運國際貨運有限公司(キャスコ)と書かれている。


「た、たぶん第三突堤にある倉庫のカードキーです」


「そこにブツを隠してるってわけね」


金髪碧眼ノーム女は、事務所内をうろうろしながらスマホを操作して、何処かに電話をかけている。


黒髪ポニテノーム女は、ノートPCを凝視しながら、カタカタと軽快にキーボードを叩いていた。


「あ、あの、僕は、もう帰らせて貰えるんでしょうか?」


気不味い暫しの沈黙を破り、我慢出来ずに口が動いてしまった。


黒髪ポニテノーム女が、ノートPCを操作しながら、冷たい視線だけをチラリと僕に向けている。


「決まりね、倉庫に行きましょう」


金髪碧眼ノーム女が、不敵な笑みを浮かべながら、黒髪ポニテノーム女にそう問いかけた。


「あ、あの、僕は…」


絶対聞こえてたよな?僕は、無視すんなよと、言いたくても言えない言葉を飲み込んだ。


「タコ助、あんたには、ナビをしてもらうわ」


「え、ええ、僕も行くんですか?」


「そうよ、倉庫に一緒に行ってもらう、なんか使えそうなのよねーあんた」


僕の顔を覗きこむ、金髪碧眼ノーム女の碧い瞳の奥が鈍く輝いていた。



絶え間ない既視感の連続。


それだけの回数、僕は死んだという事なのだろう。


前向きに考えれば、今、生きているのだからマシだろう。


金髪碧眼ノーム女と、黒い4WD車の後部座席に座って、ずっと考え込んでいた。


黒髪ポニテノーム女は、丁寧な運転で第三突堤にある、倉庫に向かって車を走らせている。


なんでこうなっちまったのか、異様な既視感が、僕の脳裏を掠めていった。


金髪碧眼ノーム女は、スマホのディスプレイに視線を落としたまま、ずっとスマホを操作している。


自分の能力について考えたが、未来が見える訳じゃない。


ただ異様な既視感と死に値する危険を、ほんの数秒早く感じ取れるだけなのだろう。


このノーム女二人は、かなり強い。


もし、これから倉庫に行って毒蜘蛛と一戦交えたとしても、何とかなるんじゃないかと楽観的に思考を終わらせようとした時、


「あんたさ、競馬の結果見た後に、自分で自殺して当たり馬券、買えたりしないの?」


金髪碧眼ノーム女の予想外の質問に僕が当惑していると、


「それが可能なら今頃、タコ太郎は大金持ちなんじゃないですか?私達に捕まったり、しないんじゃないですか?」


「まあ、そうね、で、どうなの?」


黒髪ポニテノーム女の正論を、聞いた金髪碧眼ノーム女が、微笑を浮かべて僕に問いかける。


「も、もし、自殺して死に戻れなかったら、怖いんで自殺をした事はありません」


「ふーん、まあリスク高過ぎってことね」


その時だった、何故か、この会話の流れに奇妙な既視感を覚えた。 


「あ、あの、その、倉庫の周りは、毒蜘蛛の連中が沢山待ち構えています」


「興味深い話ね、あんた、もう死んで戻って来たの?」


「い、いや、そんな気が凄くするだけです」


「だってよ片田へんでん、どうする?ある程度武装はあるけど、足りるかな?」 


金髪碧眼ノーム女の言葉を聞いた、片田という名前の黒髪ポニテ女が、車を左に寄せて停車させる。


「この前使ったヤツがあるんで、まあ、相手の数によりますけど」 


黒髪ポニテノーム女は、車を降りてバックドアを開け武器を見繕い出した。 


金髪碧眼ノーム女も加わって、ニ人で何か言い合いながら武装している。


「さっさと倉庫でブツをもらって帰りましょう」


「了解です」


月光に照らされる金髪が、ほとんど白色に見えて、碧く凶々しい瞳に顔を邪悪に歪ませた金髪碧眼ノーム女が、ニチャアと口角を上げ、ナイフとサブマシンガンを装備して、後部座席に乗り込んで来た。


黒髪ポニテノーム女も続いて、運転席に乗り込んでハンドルを握ると、倉庫へ向かって、アクセルペダルをこれまでより強く踏み込んだ。



第三突堤、倉庫前──────


左手首のデジタル表示は、23:12分を差していた。


車を停めた黒髪ポニテノーム女が、先に運転席から降りて辺りの様子を伺っている。


寝坊しかけた朝から、もうこんなに時間が過ぎてしまったのかと思っていると、


「見張りが五、六人ぐらいですかね」


「そう、じゃあ中に居るか、あるいは…」


黒髪ポニテノーム女の報告を受けた金髪碧眼ノーム女が、

僕の顔に視線を向けて来た。


「そ、倉庫の裏側に車、停まっていませんか?」


何故か口が動いた。


金髪碧眼ノーム女が、黒髪ポニテノーム女に指示を出している。


「裏側ですか」


黒髪ポニテノーム女が、再び倉庫の方へ偵察に出ていくと、


「裏に黒いワゴン車が七台停まってますね、青龍刀やら銃を持った、いかにもなチンピラも沢山いますね」


「面倒くさー、ていうかブツが倉庫にあるのバレてんじゃないの?最低ね、見張り殺っても裏から、うじゃうじゃ沸いてくるんじゃない?」


「いつも通りじゃないですか?こっそり倉庫内に入っても、どうせバレたらドンパチでしょ」


「まあ、そうね、どうせ薬でぶっ飛んだジャンキーだし」


この二人は、相当な数の修羅場を越えて来たのだろう、

作戦なしであの数のマフィアを、ジャンキー呼ばわりして、皆殺しにすると相談しているのだ。


金髪碧眼ノーム女が、黒髪ポニテノーム女にアイコンタクトをとって、謎のハンドサインをすると、黒髪ポニテノーム女が、日本刀を背中に装着して散弾銃を持って、倉庫の正面から堂々と入って行った。


「さあ、タコ助、私達は、裏口から行くわよ」


そう言って、金髪碧眼ノーム女と、そろりそろりと倉庫裏側へ向かう。


「你是誰? 《誰だてめえ?》」


「こんばんは…」


中国語で喚く毒蜘蛛のチンピラに律儀に挨拶してから、

黒髪ポニテノーム女の散弾銃が火を吹いた。


いきなり目の前で、仲間が散弾銃で木っ端微塵の肉片に変わると、隣りのチンピラが血相を変えて青龍刀で斬りかかる、当然だ。


黒髪ポニテノーム女は、散弾銃の空の薬莢を地面に落として、接近して来たチンピラを日本刀で真っ二つに斬り裂き、あっという間に残りの見張りのチンピラ達を始末した。


銃声を聞いたチンピラ達が、裏側のワゴン車から、わらわら沸いて来た。


薬をキメたチンピラ達の全身の皮膚や毛髪が剥がれ落ち、衣服が内側から裂けて真っ赤な内部が露わになり、全身が薄い紫色に変色し、屈強な身体に変貌していく。


醜く悍ましい容姿に成って、殺気に満ちた鋭い眼光で、黒髪ポニテノーム女を睨みつける。


「ヅァオオオオァ」


低く唸る様な叫び声を号令にして、グロテスクな姿のチンピラ達が、黒髪ポニテノーム女に襲いかかった。


僕は金髪碧眼ノーム女と二人で、倉庫裏側から、わらわらと何か中国語で叫びながら、倉庫正面に駆け出すチンピラ達の様子を横目に、暗闇に身を潜めながらガラ空きの倉庫裏側へ辿り着いた。


「さぁ、ブツを盗りに行きましょう」


金髪碧眼ノーム女が倉庫の裏口から、さっさと来いと、手招きしながら急かしてきた。


僕は恐る恐る周囲を警戒しながら、金髪碧眼ノーム女の背後に隠れるようにへばりついて、中に入る。


「何処にあるの?」


金髪碧眼ノーム女が、サブマシンガンを構えたまま、周囲に視線を走らせながら言った。


「は、はい、あのカードリーダーがある所です」


僕は倉庫内端にある扉の横に設置された、カードリーダーがある方を指差した。


素早く中腰で金髪碧眼ノーム女が、扉に近づき、カードリーダーに黒いカードキーを通すと、無機質な電子音を鳴らして、電気錠が解除され分厚い鉄扉が横にスライドした。


中に入ると、銀色のブリーフケースを開けて中身を確認する金髪碧眼ノーム女が立っていた。


「ビンゴね、それじゃあ退散しましょう」


ブリーフケースの中には緑色の薬品らしき物が入った、インジェクターが数本入っている。


そして、僕より先に金髪碧眼ノーム女が部屋を出ると、銃声を浴びた小柄な身体が跳ねた。


「做得好 《上出来だ》」 


長い黒髪を後ろに束ねたイカつい顔の、白毒こと毒蜘蛛の五毒将軍の一人、バイスー親分が、僕の強張った顔に視線を送っている。


僕の手に握られた、ハンドガンの銃口から、硝煙が上がっている。


「タコ助、あんた…」


青龍刀を持った毒蜘蛛のチンピラ達が、バイスー親分の指示で、金髪碧眼ノーム女の両腕をスパッと斬り落として、血塗れの身体が床に倒れた。


僕は金髪碧眼ノーム女の切り離された左腕から、

ブリーフケースを奪い取ってバイスー親分に渡そうと歩み寄ろうとした瞬間、サブマシンガンの連射音が僕の足元を通過した。


直後、稲妻な様な激痛が右足に走り、僕は体勢を崩してその場に倒れた。


「你這個怪物你還活著 《化け物め、まだ生きてやがる》」


僕が床に倒れて、撃たれた右足を庇う様にして転がっていると、毒蜘蛛のチンピラ達が次々に銃弾に弾かれて、黒い血飛沫を噴水みたく撒き散らしながら倒れていく。


「你是玩家嗎? 《お前が再生者か?》」 


手下が殺られても冷静なバイスー親分は、その場を一歩も動かずに仁王立ちしている。


ありえない、僕が確かにこの手で銃弾を撃ち込み、毒蜘蛛のチンピラ達に両腕を斬り落とされたはずの金髪碧眼ノーム女が、サブマシンガンを構えて立っていた。


「正如所料,混蛋 《想定内よ、クソ野郎》」


金髪碧眼ノーム女が唇の端から赤い血を垂らして、バイスー親分に流暢な中国語で吐き捨てた。


「直到我不能玩它,直到我毀掉它 《再生できなくなるまで、壊すまでだ》」


バイスー親分が白いチャイナ服の両袖から、青龍刀をシュッと出して握ると、全身の筋肉が盛り上がり、皮膚は紫色に変色して異形の身体に変貌していく。


僕は床に転がるブリーフケースを素早く掻っ払って、右足の激痛を堪え、睨み合う二人から逃げる様に床を這いつくばって離れた。


金髪碧眼ノーム女の口角が少し上がり、目が細くなった瞬間、サブマシンガンをバイスー親分に容赦なく撃ち込み始めた。


異形に変貌したバイスー親分は銃弾を浴びても気にせず、

距離を詰めて斬りかかる。


金髪碧眼ノーム女のサブマシンガンが弾切れを起こして、

銃を落としてナイフを抜こうした時、バイスー親分の青龍刀が金髪碧眼ノーム女の両膝を斬り裂いた。


膝から先を失い、地面に跪く格好になった金髪碧眼ノーム女の両腕をさらに斬り落として、


「這個怎麼樣?蜥蜴女人 《これならどうだ?トカゲ女》」


バイスー親分が、両手に握った青龍刀を金髪碧眼ノーム女の胸に突き刺して笑った。


金髪碧眼ノーム女の切り離された傷口から、赤い血液に混じって白いきめ細かな糸の様なものが切り離された肉片とゆっくり結合していく奇妙な現象が僕の目が捉えた。


「是結束嗎 《終わりだ》」


口が裂けた様に笑う醜悪な形相のバイスー親分が、突き刺した青龍刀ごと金髪碧眼ノーム女の身体を持ち上げる。


口から血を吐き、焦点が定まってない金髪碧眼ノーム女の碧い瞳に、再び凶々しい黒い炎が宿るのを、僕は見逃さなかった。


「你完成了 《あんたが終わりよ》」 


「什麼? 《何?》」


その瞬間、バイスー親分の頭上から電撃の様な刃が真っ直ぐ下に走り、バイスー親分の身体が左右に分かれて黒い血飛沫を噴射しながら地面に倒れ込んだ。


「遅い」


地面に転がる金髪碧眼ノーム女がかすれた声で呟いた。


バイスー親分の背後に日本刀を振り抜き、大量の黒い返り血を浴びた黒髪ポニテノーム女が立っているのが見えた。



「こりゃまた、派手にやりましたねユーコさん」


「連絡したでしょ、毒蜘蛛がいるからヤバイって、高くつくわよ、このギャラ」


「はい、分かってますよ、いつも助かっておりますんで」


不機嫌そうに血に塗れ、破れたスーツを気にする金髪碧眼ノーム女が倉庫内に突入して来た警察官と雑談している。


「で、このタコ太郎どうするんですか?」


「そうね、魚家うおいえさんに任すわ」


黒髪ポニテノーム女に何か話した金髪碧眼ノーム女が、床にへたれ込んだ僕に近づいて来て、


「あ、そうだ、タコ助あんた名前は?」 


「え、名前ですか?」


「聞いてなかったから」


「えーと、ザカリヤロス•ルーチェフ•マーエダです」


ポカンとした表情をする、金髪碧眼ノーム女が、


「ながっ、やっぱりタコ助でいいわ」 


「タコ太郎のがしっくりきますよー、だって、顔から蛸みたいな触手が、髭みたいに垂れてるし…」


黒髪ポニテノーム女が、金髪碧眼ノーム女にさっきまでの殺伐とした状況とは打って変わって、全く緊張感なく話しかけている。


何なんだこいつらは?一体何が起こっているんだ。


右足の銃創から黒い血が流れる僕に、


「じゃあ行こうかタコ助くん、その怪我じゃ立てないよね、おい、誰か、ストレッチャーを持ってきて運んでくれ」


中年ノーム警官が、頭を掻きながら仲間のノーム警官を呼んでいる。


「あ、あのユーコさん、僕を殺さないんですか?」


ストレッチャーに横になったまま金髪碧眼ノーム女に問いかけた。


「は?あんたが私を撃ったから?想定内よ、だってあんた、元々毒蜘蛛のスパイでしょ?もし、あんたを殺すとすれば、あんたがハメた江州会の連中ね、まあ、もう誰も生きてないけどねー」 


金髪碧眼ノーム女が、不敵な笑みを浮かべて僕を見ている。


参ったな、全部バレてたのか、凄い連中だ。


僕は腰の後ろに隠したハンドガンを握ると、ストレッチャーに横になったまま、自分のこめかみに銃口を向けて引き金を引いた。


鼓膜が振動して意識が遠のく最中、慌てるノーム警官の背後でニチャリと笑う金髪碧眼ノーム女の碧い瞳の奥に、歓喜が見えた。



──────

See you in the next heaven…

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