幽霊の種

ちびまるフォイ

幽霊の二毛作

「うーーん、今年の野菜の種は高いなぁ」


「どこもそうですよ。これでも良心的な方です」


「うちも農家をたたまなくちゃいけない日が来るのかも……」


「でしたら、これはどうです?」


「ずいぶん安い種ですなぁ」

「売れてないんでね」


「で、なんの種なんです?」


「幽霊ですよ」



幽霊の種が入った袋を買って、家の畑に植えることにした。

数日もすると、畑に幽霊が出てくるようになった。


『うらめしやぁ~~……』


「すごい! 本当に幽霊ができるんだ!」


そして、農家は気づいてしまった。




「……で、こっからどうしよう」



種から幽霊を作ることまではできたものの、

この幽霊の使い道がまったく思い浮かばなかった。


そのまま畑産の幽霊を放置したままにしていると、

夜になると農場が騒がしくなっているのに気づいた。


「……なんだろう。こんな時間に」


畑を見ると、若い男女が肝試しでやってきていた。

腹立たしいことに足元の畑も踏み荒らしている。


「こらーー! 畑をあらすんじゃなーーい!!」


雷オヤジの一喝でその日は事なきを得たが、

翌日になると今度は別のグループが肝試しにやってきた。


「もういい加減にしてくれ……これじゃおちおち眠れもしない」


毎晩かわるがわる若い人が幽霊見たさにやってくるので睡眠不足。

立ち入り禁止の看板も、モスキート音も、電気柵すら通用しない。


「困った……。どうにか畑に入れさせないようにできないものか」


悩んだ視線の先に「幽霊の種」の袋が目に入った。

思いつくまま幽霊の種の品種改良をはじめた。


「もっと、とびきり怖いやつを作ってやる……!

 一歩でも立ち入ったら背筋が凍るような強烈なやつを……!」


品種改良を重ね、ついに新しい幽霊の種が完成した。

幽霊を栽培してできたのは強烈なビジュアルと、圧倒的な恐怖をかもしだす幽霊。


作り手ですら怖いと思えるものだった。


「ようし、これを畑の周りに配置しよう」


できあがった幽霊は畑を囲うように配置された。

360度どの場所から来ても幽霊がぶちあたるというわけだ。


この幽霊撃退作戦は大成功し、もう畑が踏み荒らされることもなくなった。

夜な夜な遠くで男女の悲鳴が聞こえるが慣れてしまえば平気。


それからしばらくして、畑にやってきたのは営業マンだった。


「うちのような小さな畑になにか用ですか?」


「実は、この畑で幽霊が栽培しているとうかがいまして……」


「栽培だなんてそんな。趣味でちょっと増やしただけですよ」


「いえいえ、この畑の周囲の幽霊は非常に恐ろしかったです。

 ぜひうちのガードマン商品として売り出しませんか!?」


「が、ガードマン!?」


「この世界には立ちってほしくない場所が山程あります。

 そこに幽霊を配置するんです。防犯カメラよりも効果ありますよ」


「なるほど……!」


「これはもうバカ売れ間違いなしです! 夢をつかみましょう!!」


営業マンのたくみな話に乗せられて契約を成立させた。

畑はこれまで作っていたトマトをよけて幽霊栽培へ切り替えた。


営業マンの見立て通りで、防犯幽霊は爆発的な人気になり生産が追いつかなくなるほど。


「大成功ですね!」


「ええ、うちの畑の幽霊が活躍しているのは嬉しいです」


「まだまだ売っていきますよ! どんどん作ってくださいね!!」


次第に販売エリアは拡大し、都心から郊外、地方へと広がり続け

今では知らん国の部族の墓のガードマンとしても使われるほどになった。


「いやぁ、売れに売れたなぁ。ガルウイングドアのトラクターでも新調しようかな」


札束風呂のセッティングを始めようかというときだった。

ぴたりと幽霊の注文が途絶えてしまった。


「あれ……最近、ぜんぜんうちの幽霊が売れてない。品質落ちたわけじゃないのに……」


営業マンの元を訪ねるとすでに自宅で自殺して幽霊になっていた。

幽霊になった彼にさっそく問い詰めた。


「あれだけ売れていたのに幽霊が急に売れなくなった。

 あんたなにか原因知ってるんじゃないか?」


『ええ、まあ……。なんていうか、慣れちゃったんですよ。世間が』


「慣れた?」


『畑で栽培される幽霊は基本的にほぼ同じ見た目でしょう?

 三角巾で、髪の長い女の幽霊』


「そうだが?」


『どこにいっても同じ幽霊が出迎えるんじゃ、

 "あこれ防犯用の幽霊だ"と気づかれるんですよ。

 そうなったら防犯としての抑止力は働きません』


「そんな……ガルウイングが……」


『あなたの幽霊は広く売れすぎてしまったんですよ……』


防犯幽霊としての需要を使い切ってしまった。

かといって、毎回違うデザインの幽霊を作り続けるのは不可能。


畑に戻ると、買い手をうしなった幽霊たちが魍魎跋扈もうりょうばっこしている。


持て余した幽霊の使い道がないので、

畑の作業をやらさせたりしている。


こうして新たに栽培された幽霊の販売先などないのにーー。


「いや、待てよ。まだ販売先はあるじゃないか!」


幽霊たちの姿を見てぴんとひらめいた。


慌てて家に戻ると使い古しのオーバーオールを脱いで、

真っ黒のスーツにパソコンを小脇にかかえたビジネスマンスタイルにメイクアップした。


そして、農家は都内の大企業へと売り込みにやってくる。


「この会社にどうしても紹介したい商品があるんです!」


「はあ……その手の営業はいつも断っているんだ。帰ってくれ」


「あなたの会社、もしかして人手不足に悩んでいませんか?」


「……だ、だからなんだというんだ」


「人手不足だが採用には時間と金がかかるし、

 雇ったあとも人件費でいつも会社は火の車……でしょう?」


「そんなのどこの会社も一緒だろう!

 だから、うちではエリートだけを採用して人件費を抑えてるんだ!」


「それがもし、人件費もなくて、病気にもならない社員を雇えるとしたら?」


「な、なんだと!? そんな美味しい話があるのか!?」


「体調不良にもならないし、勝手に休んだりもしない。

 ロボットよりも導入コストが低く、運用費が安い人材を紹介できますよ」


「最高すぎる!! はやく教えてくれ!! ぜひ契約したい!」


農家は口の端をにやりと持ち上げた。



「紹介します。うちの商品、"幽霊社員"です!」




ビジネススーツに身を包んだ幽霊は大ヒットを遂げ、

その後も日本の社会を支える欠かせない人材となった。

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