第3話 消失
「俺たちに何か?」と阿部が話しかけると、
「あの、ここを須賀さんが・・・
ううん、じゃなくて、少し前にここを通った若い男性がいるはずなんですが、どちらへ行ったかわかりますでしょうか」
その女性の表情も口調もいたって真剣だったので、阿部も真面目に応じた。
「ここをさっき通った男ですか。
ええ、ひとりいましたよ。しかし・・・」
阿部の言葉を終りまで聞かずに、若い女性は早口でせかすように、
「そ、その男性はどっちへ行きましたか?
ここを通って真っ直ぐですか、それとも左ですか?
これはわたしにとって、とっても大事なことなんです」
話をさえぎられたのにいささか腹を立てた短気の阿部は、むっとしたように相手をにらんだ。
「そんなことは僕の知ったことではないですけどね。
まあ確かに、さっきここを通った人間はいますが、あなたが探している須賀とかいう人ではないと思いますよ。
だって、しばらく前から、ここを通ったのは佐藤という僕らの友人ひとりだけですから」
「え? あなたがたの友人だけ?」
予期せぬ返答にとまどいの表情をあからさまに浮かべながら、
「そうなんですか?
それは絶対に確かですか?」
「ええ、確かですよ」という阿部の言葉に、奥田と早苗もうなずいた。
その反応を見て、若い女性はややいら立った口調で、
「そ、そんなはずはないんです。
今から十分か十五分くらい前に、彼は絶対にここを通ったはずなんです。
通ったのは、本当にあなたがたのご友人ひとりだけですか」
「間違いありませんよ。
僕らは一時間近く前からずっとここにいますけど、十五分以内ということであれば、ここを通ったのは佐藤だけですよ。
ええと、それよりもっと前なら、何人かここを通りましたがね。
その中には、確か若い男もいたけど…」
「あの、くどいようですけど、その佐藤という人以外に、十分か十五分くらい前にここを通った人が絶対にいるはずなんです。
こんな言い方失礼ですけど、あの、あなたがたは見落としてしまった、あるいは忘れてしまっている、なんていうことも・・・
だって、あの、かなり酔っ払ってらっしゃるようだから…」
「確かに僕らは酔っていますがね。
しかし、もしここを人が通ったら、気づかないはずはありません」と、憮然として阿部は断言した。
しばらく若い女性は沈黙したが、やがて、
「じゃ、じゃあ、本当にあなたがたが見たのはご友人でしたか」
「そりゃあ、どういう意味です?」
「つまり、顔をしっかりと確認したんでしょうか。
あたりは暗いですから、見間違えたかも、なんて…」
「暗いかもしれませんけど、友達の顔ぐらい分かりますよ」
「しかし、絶対そうだとは言い切れないのでは?」
「言い切れますね。
僕は佐藤の顔をしっかりと見たし、ちゃんと会話もしたんですよ。
今はちょっと場を外していますがね。
とにかく、間違いないです」
阿部は力強い口調で断定した。
若い女性は再び沈黙したが、ややあって口を開いた。
「そうですか…
須賀という男は、特に特徴のない男性なんですけど…
年齢はわたしたちと同じくらいで二十代前半でしょうけど、体つきも中肉中背という感じで、ごく平凡な顔立ちで・・・
あまり特徴がないだけに、あなたがたがご友人と間違えてしまうこともあるんじゃないかなんて思ったんですけど、会話をしたというんでしたら間違うこともないですよね。
でも、おかしいんです、こんなはずはないんです。
須賀は確かにこの橋の向こう側から、この橋に入って渡ったんです。
だから必ず、ここを通るはず。
でも、ここを通っていないなんて…
これでは須賀は消えてしまったことになる・・・」
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