第4話 両替男の素性

 以上のことを向かいの席に座る梅崎哲也に話したところ、意外にも梅崎はこう言った。

「実は、その出来事はオレも覚えていますよ。

 オレもその場に居合わせたことがありますから」

「え? そうだったんですね」

 僕は両替男の姿は鮮明に覚えているけど、さすがに周囲にいたお客さんの記憶まではなかった。

 しかし、梅崎が芳林堂の常連客であることを考えれば、彼の言うようにあの場に居合わせたとしても、なんら不思議ではなかった。

 梅崎はさらに意外な事実を口にした。

「その両替男はオレの友人なんですよ」

「え? そうなんですか? 

 じゃあ、今度、その方に僕を紹介してくれませんか?

 なんで、あんなことをしたのか、直接聞いてみたいなあ」

 すると梅崎はさびしそうに笑った。

「それは難しいですね。

 オレは彼とは仲の良い友人同士で、そりゃあ時にはケンカもしましたが、かけがえのない存在であることは間違いありません。

 ただ、あなたに紹介するとなると・・・

 つまり、彼はオレと同じアパートに住んでいた法学部の学生で、流籐洪作というんですけど、今はいないんですよ」

「いない?

 というと、そのアパートを引っ越した?」

「いえ、そうじゃないんです」と梅崎は無念そうに首を左右に振った。

「彼は、今年の一月に退学しました」

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