第三章 五十円玉二十枚の物語

第1話 大垣発東京行き

 午後十時半を過ぎた大垣駅のプラットホームには、僕が子どもの頃から慣れ親しんできた、グリーンとオレンジの二色でデザインされた車体がその姿を見せていた。

 大垣発東京行きの東海道本線である。

 午後九時過ぎに京都駅を出発し、途中、米原駅で乗り換え、深夜に近いこの時間帯に大垣駅に到着した僕は、他の乗客と同様に少し早足で、向かいのホームに停車している列車に乗り込んだ。

 夜行列車とはいえ今は夏休み期間であったから車内の入りは八割程度。

 ゆっくりと好みの座席を探す余裕はなく、僕は手近な窓際の席に腰を下ろした。

 あらためて車内を見回すとほとんどは男性客で、僕と同様に学生らしき乗客も多かった。

 青春18きっぷを使えば普通列車や快速列車が一日乗り放題だから、暇と時間を持て余している僕のような学生にはうってつけの路線だったのである。

 とはいえ、正直なところ、本当ならば僕は新幹線を利用して一刻も早く東京に向かいたいところだった。

 僕には東京に暮らす恋人がいるのだ。

 元々は大学で僕の一年先輩だったが、今年の四月の就職を機に、地元である東京に帰ってしまった。

 僕たちは彼女が帰郷する前に何度も話し合って、お互いの気持ちを確かめ合った。

 その結果、京都と東京間での遠距離恋愛を選択したわけで、これまでもすでに二回、彼女に会いに行っている。

 今回が三度目だが、もっと頻度を増やしたいと切望しているところだ。

 だが、貧乏学生の資金は潤沢とはいいがたく、なるべく多く京都と東京を往復する費用を捻出するためにはこうするしかなかったのだ。

 しばらくすると列車が動き出したが、深夜のこととて窓外の景色は味気なく、朧気な輪郭の中にちらほらと明かりが浮かび上がるだけだった

 どうせ朝の四時過ぎにならないと東京には着かないのだし、とはやる気持ちをぐっと抑えて、僕はひと眠りしようと思った。

 窓から正面に視線を移したところで、見覚えのある顔と向き合った。

 相手も僕のことを見知っているようで、にこやかに微笑みながらさっそく話しかけてきた。

「やあ、あなたも東京ですか」

「ええ、そうなんです。

 ということは、あなたも?」

 旅の途中の気安さからか、そんなふうに会話が始まって、僕たちはお互いに井上康雄、梅崎哲也と自己紹介をし合った。

 僕はQ大学の文学部の四回生だったが、梅崎は法学部の三回生だった。

 僕は嵐電の帷子ノ辻駅のそばにある芳林堂でアルバイトをしているが、梅崎はその書店の常連客だったのである。

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