政略結婚をした“私”の行く末。
青冬夏
政略結婚をした“私”の行く末。
一七九〇年のある日のこと。
ユリアーヌ=オランド帝国に大きくそびえ立つ、ロココ様式で造られた教会である催し物が行われていた。
周囲に建物が並んでおり、都会の様相を人集りをつくる人々の網膜に映し出されるはずだったが、この日に限っては皆の網膜には荘厳な教会の様相しか映っていなかった。
その教会では──、そう。次期国王であるルリ=シャルル王子と、オランド王国の王女、マリリ=アランドの結婚式が営まれていた。
豪華絢爛で輝く教会で営まれる中、パイプオルガンを背中に、そして二つの王室の二人を前に白髭を色濃く生やし、白い三角帽子をかぶった牧師の男性が立つ。首から十字架がぶら下がっていた。
「……ルリ=シャルル王子、あなたは妻のことを愛しますか?」
そう問われると、シュッとした鼻筋にキリッとした目つきで、端麗な顔つきをしたルリ=シャルル王子が頷く。その時に白く長い髪が少しだけ揺らした。
「分かりました」そう言い、牧師は隣の女性に顔を向ける。その女性は、丸顔で子どもっぽい顔つきをしており、身体を見渡せばボン、キュッ、ボンという整ったスタイルが目に付いた。
「……マリリ=アランド王女。あなたは夫のことを愛しますか?」
牧師に言われ、マリリ=アランドは少しだけ大きな目をハッとさせる。
──どうして、私はこの人と婚約することになったのだろう。
彼女は今から数週間前のことを思い返した。
◇
「えぇ……!? けけけけけ、結婚!?」
マリリ=アランドは大きな声で驚く。
数週間前のオランド王国。王城は山々に囲まれ、まるでファンタジーのような様相を醸し出していた。
「な、なぜ私のような、ひひひ人に結婚を……」
彼女はその日の昼、父親つまり王に玉座の間に来るように言われていた。“何の用だろう”、“滅多に私に頼み事をしてこないのに、どうしたんだろう”と思いながら、彼女は言われるがままに父の待つ玉座の間を訪れたところ、突然隣国のユリアーヌ国の王子と婚約をしてくれ、と言われたのだった。
「嫌なのか?」と父。灰色の髪がバーコード状の髪型になっていることから、年の様相を窺えた。
「い、いいえ……」
肩をすくめてアランドは答えると、「なら良いな」と父は言う。椅子から立ち上がり、跪いているアランドに近づく。
「……あそこの王子様、なかなかのイケイケらしいぞ」
「何ですって!?」
ヒソヒソと話した父は、突然大声を出したアランドに対し、顔をしかめる。その反応を見たアランドは「あ、ごめんなさい……」と頭を下げた。
「でもなんですが」
「なんだ?」
「この婚約って、政略結婚……、なのですか?」
恐る恐るアランドは聞く。オランド王国の隣の隣では、市民による革命が起き、絶対王政が崩壊しかけていた。そのためだろうか、その波及が我が国にも来るのでは? と窺っていた王室の人々が何人かアランドないしは父の耳に届いていた。
少し間が空いたとき、父は「……ああ」と頷く。
「でも、なぜ」
「この国を守るためだ」
そう言い残すと、父は玉座の間から立ち去った。大きな扉の軋む音がアランドの鼓膜を響かせた。
◇
「……アランド王女?」
牧師の言葉に現実に呼び戻され、アランドは目をハッとさせる。目線を目の前の牧師にジッと向けた後、今の状況を思い出す。
(あ、そうだ……。私今、婚約式の最中だったんだ……)
アランドは心の内でそう呟く。そして、彼女は牧師に投げかけられた質問に対し「はい」と大きく首を上下に振った。
「分かりました」
そう言い、牧師は二人を交互に一瞥した後、息を吐いてまた口を開いた。
◆
婚約式が終わると、ルリ=シャルル王子とマリリ=アランド王女はこれまた大きくそびえ立ち、まるで革命が起きている某国の宮殿のような装いを持つ、宮殿の中にいた。
豪華絢爛でかつ、大きなシャンデリアが天井から吊されているのをアランド王女が細い首で見上げていると、シャルル王子が話しかけた。
「なぁ」
「ん?」
「僕たちの国って、本当に一緒になって良かったのか?」
「どういうこと?」と言ってアランド王女は大きな目をスッと細めた。
シャルル王子の言うとおり、ユリアーヌ国とオランド王国はこの二人の結婚と同時に、数時間経てば二つの国が一つの国になる予定だった。
「分からないよ。ただ、私たちは親の言いなりに……」
「言いなりになっても良かったのか?」
言葉を被せるようにシャルル王子が言うと、アランド王女は戸惑う。
(親の言うとおりにここまでやってきたから、正直このことに疑念ばかりが思い浮かぶばかり。自分がもし父の立場だったら……)
そう思考の海に耽っていると、突然背後から誰かに殴られるかのような感触を覚える。パッと振り返ると、そこにはシャルル王子がアランド王女の頭目掛けて鈍器のようなものを振りかざそうとしていた。
「ごめん‼」
そう言い、シャルル王子はアランド王女の頭目掛けて鈍器を振りかざす。だが、間一髪で彼女は彼の攻撃を避ける。「何するのよ‼」
「……君の国には悪いけど、僕の国が長きにわたって栄える為に、君にはここで犠牲になって貰わないといけないんだ。だから、ごめん」
シャルル王子のキリッとした目から一筋の涙が零れると、彼はアランド王女に近づいて両腕を片腕だけで拘束する。男の力は女性の力より強いが為に、アランド王女は「ぐぬぬ……」としか喘ぐことしか出来なかった。
鈍器をアランド王女の頭目掛けて再び振りかざす。
──その時だった。
「う、うぅ……」
シャルル王子は脇腹を押さえ、数歩後ずさりをしてアランド王女から離れる。彼女が持っていたのは、短刀だった。
「……こっちこそ、ごめん」
アランド王女はシャルル王子の脇腹を一瞥しながら呟く。彼の脇腹からは血が滲み出ていた。
「な、なんで……」
「最初……、婚約式の数日前までは気づかなかったんだ。君が私を襲った後、ユリアーヌ国がオランド王国を併合しようとすること。……でも、婚約式の前日、私は君と家来とコソコソと話しているところを見てしまった」
でも、という台詞から口調を暗くしてアランド王女は真っ直ぐシャルル王子の方を向く。「うぅ」と彼は脇腹を押さえながら喘いでいた。
数歩移動しながら、アランド王女は話を続けた。
「数週間前に私の父から政略結婚の話を聞いた時、とっても嬉しかったんだけど……。でも、結婚する相手の国がまさかユリアーヌ国だったなんて……。私、ちょっぴり疑念を抱いてしまったの」
「疑念?」
シャルル王子がギロリと目の色を変えて、おどけるアランド王女を見る。
「あれ、君の国のことで悪い噂が周辺国で出回っているの、気づきませんでした?」
「何の事だ」
「あれれ、その台詞じゃ気づいてないよう……。じゃあ、私が説明してあげます」
コホン、と咳払いをしてアランド王女は人差し指を顔の横に立てた。
「端的に言えば、君の国──ユリアーヌ国のことで広まっていた悪い噂、それは私の国──オランド王国を併合しようとすることなのです」
「……知るか、そんなこと」
「あらら、知らないんですね」
「だから知らないって、さっきから言ってるだろ‼」
怒鳴り声を宮殿内に響き渡すシャルル王子。だが、すぐに「うぅ」と小さく悲鳴を出して脇腹を押さえた。
「まあ、その噂は極秘に進められていた計画で、王子である君には直前に教えられてみたいですからね。無理もないです」
すると、シャルル王子は血の付いた右手でアランド王女の胸ぐらを掴む。ギロリと向いた彼の目つきが、若干アランド王女の姿勢をぐらつかせた。
「……恐らく、この計画に賛同している王室の人達は今頃、私の国の警察によってお勤めになっているはずです。あとは君を……」
そう言い、腰の辺りに手を添えてまだ使用していない、隠し持っている短刀に手を伸ばす。
「さようなら」
そう言って、アランド王女は短刀を取り出し、勢いをつけてシャルル王子の胸に突き刺す。
「うっ……」と彼はアランド王女にしがみつくが、彼女によって彼は床に激しくたたき付けられた。バン、という音が宮殿の中を響き渡した。
「……ごめんね」
瞳孔が開き、床に血を流すシャルル王子を一瞥した後、アランド王女は大股でその場を去った。
政略結婚をした“私”の行く末。 青冬夏 @lgm_manalar_writer
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