本当の気持ち。

「――おいっ! こんなとこで何やってんだよ!」


 彼女はそこにいた。

 桜の木の下でずぶ濡れになりながら膝を抱えていた。

 幸い、雨の勢いもだいぶ弱まってきていた。


「えっと、大丈夫か? とりあえず一旦病院に帰ろう、な?」


 ついさっきあんな別れ方をした手前、どうも会話がぎこちなくなってしまう。

 理由はわからないが、なんにせよまだ怒っているには違いない。

 それでも彼女を放っておくことはできない。とりあえず一旦病院に戻ってそれからあとのことは考えよう。


 それから、俺の声に反応した彼女が顔を上げると、顔をくしゃくしゃにして涙を流し始めた。


「えっ、えっと、その……」


 突然の状況に困惑していると、彼女はゆっくりと立ち上がり、体重を預けるように俺の胸に顔をうずめた。

 もちろん、俺はさらに混乱して、おまけに胸の鼓動も急激に高鳴っていく。


「っ!? ……ど、どうした? あぁっ、寒いのか! よし、早く病院に戻ろうっ」


 肌は濡れて冷たくなっているというのに、心なしか体が熱く感じる。

 彼女がこんなに近くにいることなんて今までなかったせいか、いつもより激しく意識してしまっているのだ。


 そんな俺の顔を、いつの間にか泣き止んでいた彼女が見つめていた。

 なぜだか、なにか吹っ切れたような表情で微笑むと、瞳に滴を残したまま彼女はこう言ったんだ。



「あたしね――あんたが好き」



 頬を若干紅く染め、それでも俺から目を逸らそうとはしない。


「いつからだかわからないけど、気づいたらもう好きになってたの。昔からずっと一緒で、いろんなあんたを見てたからかな」


 それは、俺にとって突然の告白。

 長い時間を彼女と過ごして、それでも言い出せなかった言葉。



「あたしはいついなくなるかもわからない。だから、これだけはちゃんと言いたかったの。最後まで後悔しないために」


 今の関係が崩れるのが怖くて。そして、彼女を失うのが怖くて。

 いつまでもあんな日々が続けばいいとさえ思っていた。

 だからだろう。急にあんなことを言ってしまったのは。


 彼女がもし完全に回復して、新しい人生を歩んでいけるようになったなら、彼女の人生に俺は必要なのかと。そんな思ってもどうしようもないようなことばかり考えてしまっていた。


 だけどそれは間違いだった。

 大事なのはまず自分の気持ちを伝えることなんだと、今ようやく気付かされたんだ。

 彼女は言ってくれた。自分の本心を。

 だったらこっちも言わないわけにはいかない。


「かっこ悪いなぁ……、俺」


「……ほんとにね」


 そう呟いて一歩離れてから、彼女は意地悪そうに笑って見せる。


「それで、……返事は?」


 そんなのはとっくの前から決まっている。


「俺も、お前が好きだ。もうずっと、ずっと前から、好きでした」


 やっと言えた。ずっとしまっていたこの気持ち。


「だから、これからも俺とずっと一緒にいてほしい」


 そういうと、彼女はまた瞳いっぱいに滴を溜めた笑顔で、こういう。




「――はい、喜んでっ」




 それから彼女がゆっくり顔を近づけて、俺にそっとキスをした――。

 彼女の暖かで眩しげな笑顔を背に、引いた雨雲から茜色の空が顔をのぞかせる。


「雨、上がったね」


「……だな」


 すっかり雨の止んだ地面には、無数の桜の花びらが散乱している。


「そろそろ桜も終わりかな……、花散っちゃたし」


「かもなぁ……。ん、いや、そうとも限らないかもな。ほら」


 そう言って俺が指をさす。

 そこには、激しい豪雨の中で、唯一散りはしなかった花が一輪。

 小さく弱々しくも、木の枝に必死にしがみついて離れはしなかった。まるで、誰かの願いに繋ぎ止められているかのように。


「まだもう少し続きそうだな」


「そうだね。ならもう少し、この季節を楽しまないとね――」

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