普通の日常。

「今日も出かけるから」


 第一声がそれだった。

 時刻はまだ昼過ぎ。

 すでに準備を済ませていた彼女が、腰かけていたベッドから立ち上がってそんなことを言う。


「……はい?」


 無論、俺のこの反応はおかしくないだろう。

 というか何だこのデジャブ。


「しばらく外出許可がでたから。だからその間はとことん遊ぶの」


 堂々とそう言い放つ。そしてすごい笑顔だった。それはもう不気味なくらいに。


「あ……、えっと、そうか」


 この時点で俺はもう、考えるのをやめることにした。





 どうやら今日は遊園地らしい。

 地元にある、休日でも賑わうかどうかの場所。

 それでも春休みだけあってそれなりに客は入っているみたいだ。


「よし、じゃあ最初はあれね」


「ん? あれって……もしかしてあれか?」


 彼女の視線の先にあるのは、


「そう、ジェットコースター」


 すごく楽しそうなのは伝わってくるんだが、最初にそのチョイスなのはどうなんだ。


「最初なんだからもっと緩めのやつでもいいんじゃないか? ていうか大丈夫なのかお前」


「もう、うるさいなぁ。いいから行くよ」


 彼女は自然に俺の手を握ると、そのまま半ば強引に俺を引っ張っていった。


 その後もいろんなアトラクションに乗って、それから休憩して、また乗ってを繰り返した。

 終始引っ張りまわされてかなり疲れてはいたが、ずっと楽しそうにはしゃぐ彼女を見ていると、なんだかこんなのも悪くないと感じてしまう。まぁ、当然といえば当然か……。


 それから時間が経つのは割とあっという間だった。

 そうしてそろそろ日も暮れ始めてきたころ、


「最後はこれね」


 そうして連れてこられたのは、観覧車。


 ど定番もいいとこだ。

 その後すぐに、俺たちは順番を待つことなく観覧車に乗り込んだ。


「高いね。もうこんなとこまで登ってる」


 夕日の差し込む窓の外を見つめた彼女がそういう。


「だな。そういや、気分悪くないか? 体は大丈夫か?」


「もう、それ何回目?」


「ああ、いや、ごめん」


「平気。ありがとう、心配かけてごめん」


「いや、こっちこそごめん。大丈夫ならいいんだ」


 久しぶりに遊ぶことができて嬉しいのだろうが、やっぱり元の彼女のことを考えると心配ばかりしてしまう。

 だけどそれで彼女が楽しめなくなってしまうのはなんか嫌だ。


「ねぇ」


 考え込んでいた俺に、彼女がぽつりと呟いた。


「なんかこうしてると、デートみたいだね」


「……はい?」


 視線を戻すと、そこに彼女の笑顔があった。

 夕日のせいか若干頬が赤い気はするが、それ以外は普通だ。

 かくいう俺は、内心ドキドキし始めている。


「あ……、えっと、急にどうした?」


「いや、なんかね。もしあたしが普通に生活して、恋人とか作ってさ、そしたらこんな感じなのかなぁって」


 普通、か……。


「あ、ああ……。そうだな。なんか、相手が俺でごめんな」


 冗談っぽくそう言って笑って見せる。


「まぁ、しかたないからあんたで我慢してあげる。光栄に思いなさい」


 そう言っていたずらな笑みを浮かべる。


「はいはい、そうですか」


 そんな彼女の様子を見て、俺は呆れたようなため息を一つ。


「なんてね……、むしろ嬉しかったり……」


「ん、なんだって?」


 何かをぽつりとつぶやいたかと思うと、急にあたふたし始める彼女。


「あ、いや、えっと、何でもないからっ……」


 最後に顔を背けた彼女の頬は、やっぱり少し、赤いような気がした。

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